第150話 このままでは終わらんよ、夏

「そうか……鳳蝶たちも帰るのか……」

「と言うことは、ネフェル嬢も?」

「ああ、本国に連絡が行ったようだ。父上と母上がいたく心配されているそうで……」


 と、言ってネフェル嬢が「あ」って顔をして、ちょっと気まずげに目線を落とす。

 訪れたネフェル嬢のヴィラのリビング。

 ソファにかける彼女の正面にいるのは私、つまり親と不仲なこども。

 まあ、私は別にあのひと達なんかどうでもいいんだけど。

 私の感想はいいとして、ネフェル嬢もやっぱり明後日には帰国の運びになったそうで、朝イチで海底海神神殿にご挨拶に行った後、イムホテップ隊長にそう言われたとか。


「折角友人になれたというのに、お忍びの旅ゆえ私の家名も名乗れないなんて……」

「お忍びの旅だったんです?」

「ああ。私の家は少し特殊で、本当なら気軽に旅行なんて出来ないんだ。しかし、自分が子供の頃にした不自由な思いを私にはさせたくないと、父上が私だけでもと海に来させてくださって……」

「なるほど。まあ、うん正直にいうと、私たちが貴方をお助けしたことを色々利用しようと思っている人がいるようです。でも、私たちはそんなことのために貴方をお助けした訳じゃない」

「ああ、解っているとも。しかし、立場というものが私にも鳳蝶にも、私に貸しを作って、その支払いを父上に求めたい者にもあるのは解っている……と思う」


 大人びた瞳で語るネフェル嬢に私も頷く。

 人脈作りとか立場の強化とか、外交の切り札になりそうな貸しを作るのは、守りたい何かを守り、貫きたい意思を貫くためには必要な手段で、非難されるようなことではない。

 離れても私たちは友達で、二度と会えなくても一緒に過ごして共有した気持ちは嘘じゃなし、彼女が助かって嬉しいと伝えた言葉は紛れもなく真実だ。

 固くネフェル嬢と握手して、私が手を離すと今度はレグルスくんがその手を握る。それも終わるとネフェル嬢は奏くんに手を差し出す。

 それに奏くんが少し迷う素振りを見せた。


「あのさ……。おれ、きぞくじゃなくて……」

「何処かの国の身分なんて、今の私には関係ない。だってお忍びだ」


 フッと唇を上げると、ネフェル嬢は自ら奏くんの手を取って握る。そしてその手を宇都宮さんにも差し出すと、宇都宮さんは私に視線を投げてから、ネフェル嬢の手を「僭越ながら」と握った。

 本当に、お別れなんだな。

 ちょっと目の奥が熱くなって来るのを堪えていると、奏くんがあわあわと口を開いた。


「あ、あのさ! タコとカニ、一緒に食お!」

「へ?」

「だ、だって、約束したじゃん! こっちにいる間に一緒にタコとカニ食べるって!」


 そう言えば初日のどさくさに紛れて、そんな約束をしたような。

 タコとカニはいつでも食べられるように、冒険者ギルドで食材の姿にしてもらったはずだし……。

 人魚族のこどもたちの話を聞いて、あのタコにはちょっと複雑なものがあるんだけど、でも尚更あれをちゃんと食べなきゃ、食べられた子たちの命が無駄になってしまう気がする。

 私だけじゃなく、ネフェル嬢や皆も同じく想ってるみたいだ。


「食べると言ってもどうやって……」

「えぇっとな、若さまの家でやるパーティーみたいにしたらいいと思う!」

「バーベキューパーティー? それならコンロとか用意しないとね」


 バーベキュー用の火自体は、魔術でなんとか出来るとして、コンロとか串とかあるんだろうか。

 宇都宮さんに目配せすると、すっと音も立てずに彼女が退出する。

 待つこと暫し、宇都宮さんが私に耳打ちするには、バーベキュー用のコンロ等々ちゃんとあって貸し出ししているそうな。

 そして食材も頼めるし、自分たちで用意してもいいという。

 今から準備すれば、明日のお昼にバーベキューは出来ると思う。

 カニはコンロで焼いても良いし、茹でて食べても良い。

 でも、タコはどうやって食べようか。

 茹で蛸は聞いたことあるけど、焼きタコなんて……と思って、ふっと浮かんできたものが。

 いや、でも、あれは準備がいるし、間に合うかな?

 考えていると、ひよこちゃんと奏くんがじっとこちらを見ていて。


「どうかしたの?」

「若さまがだまった時は、なんかスゴいこと考えてる時だってひよさまがいうから」

「にぃに、つぎはなにするのー? れー、てつだうからね!」


 キラキラと期待に満ち溢れた目で見られて、平静でいられるだろうか。いや、無理(反語表現)

 レグルスくんがワクワクした様子で、身体をピコピコ動かすのを見て、ネフェル嬢が笑う。

 これは、頑張るしかないかな。


「奏くん、ちょっと相談なんだけど」

「おう、おれは何をしたらいい?」


 そう言ってくれる奏くんに、彼がロマノフ先生から貰ったマジックバッグに入れてる鉄板を出してもらう。

 それからその鉄板に、球状の小さな窪みをいくつか作ってもらった。

 ボコボコのそれに、奏くんは見覚えがないという。

 後はこれが私の思うように使えるかなんだけど、それは試してみなきゃなんともだよね。

 それなら早速やってみよう。

 そんな訳でネフェル嬢に声をかける。


「これから明日バーベキューが出来るように先生たちにお願いしに行ってきます。準備しなきゃ」

「ああ、それなら私も行く。明後日には帰ってしまうんだから、一緒にいられるときは一緒にいたい」


 柔らかな笑みを浮かべるネフェル嬢は、相変わらず私のピンで前髪をあげている。

 夜明けの海の瑠璃色と、夜が明けた後の碧色の、それぞれ美しい瞳に、私やレグルスくん、奏くんに宇都宮さんの笑顔が写って綺麗だ。

 「じゃあ、皆で」と歩き出すと、ばあやさんが玄関で美しい礼をして送り出してくれる。

 とことこと向かったのは浜辺。

 宇都宮さんに頼んで、竹串、油を染ませた小さなガーゼと、小麦粉を水で溶いたものを少しだけ宿屋の厨房から貰って来てもらうと、奏くんが作ってくれたデコボコの鉄板を魔術の火で熱くする。

 鉄板の球状になってる部分に油をたっぷり塗ってから、小麦粉を水で溶いたものを流し込むと、たちまちジュワッと音が立った。


「鳳蝶、これはなんだ?」

「ちょっとした実験です。上手くしたら、美味しいものが食べられますよ」


 水で溶いた小麦粉が、ふつひつと熱で固まってくる。

 竹串でちょっとつついてみると、少し柔らかいけれどきちんと鉄板に触れている部分が固まって来ているのが解った。

 中はまだやわやわのとろとろだけど、これならいけるかな?

 すっと竹串を鉄板に沿わせると、気合いを込めて「えい!」と焼けた小麦粉を引っくり返す。

 すると綺麗な半円が現れて、レグルスくんが「わー!」と歓声を上げた。


「にぃに、まんまる! ボールみたい!」

「へー、あのボコボコ、こんな風にするために付けたのか!」

「そうだよ。これでタコが美味しく食べられる……と思う」


 だけどこれだけじゃ足りないんだよね。

 でも足りないなら足りるようにすればいいし、私が出来ないなら出来る人にお願いしに行けば良いわけで。

 その足で今度は私達のヴィラに向かうと、お目当てのロマノフ先生はソファで本を読んでいた。

 斯々然々と事情を話すと、ロマノフ先生は柔く微笑む。


「私にバーベキューパーティーの手配をして欲しいということですね?」

「はい。お願いできますか? 他にも調達して欲しい物もあったりするんですが」

「はい、勿論。君のしたいことを手伝うために、私はいるんですから」

「ありがとうございます」

「ありがとー、ちぇんちぇ」

「「ありがとうございます!」」


 私がお礼にぺこりと頭を下げると、レグルスくんもふわふわの綿毛みたいな頭を下げる。

 同じくネフェル嬢や奏くんも宇都宮さんもお礼をすると、ロマノフ先生は「どういたしまして」と晴れやかに言ってくれた。


「で、何が必要なんですか?」

「えぇっとですね……」


 何か書くものを探していると、すかさずレグルスくんがひよこのポーチから姫君に頂戴した羽ペンとお絵描き用の紙を出してくれる。

 それに必要な材料とスパイスや調味料を書いて、ロマノフ先生に渡すと、紙を一目見て苦笑した。


「鳳蝶君。『料理長』とありますが、これは……」

菊乃井うちの料理長です」

「なるほど。これは確かに私でなければ用意が出来ませんね」

「はい、お願いします!」


 そう言えばロマノフ先生の手が頭に伸びて、ワシワシと撫でていく。

 一頻り撫でると、先生は立ち上がり「では」と言って、光に包まれて姿を消した。

 転移魔術の発動に、ネフェル嬢が目を丸くする。

 さて、私達は先生が戻ってくるまでにやれることをしないと。

 ヴィラのキッチンに行くと包丁もまな板もあるし、ちょっと大きな鍋もあった。

 料理が出来る環境は整っているみたい。

 それならと、何故か他の部屋も探検みたいに観て回ること暫く。

 リビングのど真ん中にキラキラと光の粒が集まったと思うと、それが眩しく輝き、閃光が収まるとそこにはロマノフ先生と大荷物を背負ったコックコートの料理長、そして同じくコックコートにちょっと目付きが悪くて眉毛のないお兄さん、それからロマノフ先生の半分くらいの背丈だけど、幅が先生の二倍くらいありそうなずんぐりした髭もじゃお爺さんが現れた。

 眉なしのお兄さんは、菊乃井の街の宿屋のフィレオさんだけど、ずんぐりした髭もじゃお爺さんに心当たりがない。

 すると、傍にいた奏くんが「モッちゃんじいちゃん!」と嬉しそうに叫んで、たっと髭もじゃお爺さんに駆け寄った。

 お爺さんも飛び付いてきた奏くんを抱き止めて、ガハガハと笑っている。


「モッちゃんじいちゃん?」

「かなー、だれぇ?」

「じいちゃんの友達のモッちゃん! おれにかじを教えてくれた人!」


 モッちゃんと呼ばれたお爺さんが、ゆったりとお腹を揺らして笑う。


「俺はモト、この子んジイさんとは幼馴染みったい。いまだに、アイツ、俺んこと『モッちゃん』って呼ぶとよ。まぁ、俺も源ちゃんって呼んどるっちゃけど」

「ははぁ、そうなんですか」


 なんだか、千客万来です。

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