第132話 思いがけない夏休み?
「……また、貰っちゃったんですか」
「はい……。ご遠慮申し上げたんですけど、地上でどう受け取られていようと、姫君様には単なる桃なのだそうです」
「感覚が違いすぎるよね……」
「でも、滋養をつけるなら確かにこれ以上ないものだから、まんまるちゃんには良いことじゃないか」
翌朝、目が覚めた後のこと。
横に寝ていたレグルスくんと、枕元に鎮座していた仙桃のお陰で、神様方がいらっしゃったのが夢じゃなかったのは解った。
一度レグルスくんを部屋に帰し、身支度をしてからロッテンマイヤーさんを呼んで桃を見せたら、急いで先生たちを呼んできてくれて。
だってさぁ、仙桃だよ?
何にも知らなかったから、去年はソルベにして皆で食べたけど、この桃の正体を知ってしまったらそう言うわけにも行かない。
どうすべきか先生方に相談することに。
昨夜の話をかいつまんですると、ロマノフ先生が私の頭を撫でた。
「『皆で食せ』と仰ったなら、それで良いのではありませんか?」
「でも、前は大騒動でしたし……」
「そりゃ、どんな経緯で仙桃を貰った解らなかったし、姫君様はもしかしたらあーたんとれーたんだけに食べさせたかったのかも知れなかったしね」
「でも今回は何も言わなかったら、まんるちゃんが悩むだろうから『皆で食せ』って仰られたんじゃないかな」
「ああ、なるほど」
確かに言われてても悩むんだから、言われなかったらもっと悩むよね、私。
頷いていると、ラーラさんからもヴィクトルさんからも頭を撫でられて。
そういえばロッテンマイヤーさんからは、着替えのチェックの時に両手をぎゅっと握られたっけ。
皆、今日は何だかやたらと触れてくるけど、どうしたのかな。
ぼんやりと撫でる手を見ていると、ロマノフ先生が苦く笑った。
「氷輪公主様からありがたいお言葉を頂きまして」
「『こどもは瞬きをする間に大きくなる。そうなると容易に抱き上げることも、撫でることも出来なくなるぞ』ってさ」
「そうそう。人間のこども時代なんて幼年学校卒業するまででも十八年しかないし、そのうち抱っこしても撫でても嫌がられないなんて、生まれてから十年くらいの間だけだもんねぇ」
「はぁ……?」
「なので君が嫌でなければ、そういうことを許して貰えればいいかな、と」
「え、いや、別に嫌ではないですけど」
突然抱っこされたりはびっくりするので、そう言うときは先に言って貰えれば。
そう言うと三人はそれぞれ頷いてくれた。
そんな訳で桃は料理長に渡して、また出来るだけ皆で食べられるようにソルベにして貰うことに。
ソルベは一口でも万病を癒す効果を見せてくれたので、万が一の場合にそなえて二人分ほど食べないでマジックバックに保管しておくことにもなった。
で。
「いやぁ、氷輪公主様ってのはあんな男前な姐さんだったんだな」
「本当よねぇ、良いお土産話が出来たわ」
「男装が趣味でいらっしゃるとラーラさんから聞いたが、ため息が出るくらい美しくていらしたな」
朝食の時に顔を合わせたバーバリアンの三人は、特に神様が現れたことに驚いた様子もなく、氷輪様の件をあっさりと受け止めてくれていた。
逆に驚く私に、ジャヤンタさんが豪快に笑う。
「そりゃ驚きはしたけど、この世の中案外神様の加護を得てる奴は多いからな」
「そうなんですか?」
「おうよ。海の神様の加護持ちなら目の前にいるしな」
「へ?」
そういってジャヤンタさんは、カマラさんとウパトラさんに視線を移す。
すると二人は頷いて、くふりと唇の端を引き上げた。
「我ら龍族は一族すべてが
「人魚族も一族全てが海の神様の加護を得てるわね」
「一族で……えー、凄いですね」
「始祖が海の神様のご息女を嫁御に貰ったからだってさ。つまり自分の孫子みたいなもんだから、ご加護くださるみたい」
なるほど、そんな風な関わりがあるのか。
世の中は私が感じるよりずっと広くて、まだまだ知らないことが沢山あるんだな。
知ったような気になってアレコレ悩むより、今は本当に学ぶべき時だ。今さらそんなことを思うなんて、本当に調子に乗ってたんだな。
ちょっと恥ずかしくなって黙る。
と、静かに食堂のドアがあき、入ってきたロッテンマイヤーさんが、足音も立てずにジャヤンタさんの方へと近寄った。
「ジャヤンタ様、お手紙がギルドから届いて御座います」
「お、ありがとさん。……なんだ?」
ばりっと勢いよく受け取った便箋の封をあけて、ジャヤンタさんは中から手紙を取り出す。
それを横にいたカマラさんとウパトラさんが覗き見ると、三人、顔を合わせてなにやらゴニョゴニョと。
顔を上げた三人は、なんだかニマニマしながら私を見た。
なんだろう?
首を傾げると、ウパトラさんが私の横に座っていたレグルスくんに話しかける。
「ねぇ、レグルス坊や。海って知ってるかしら?」
「うみ? にぃに、うみってなぁに?」
「え? えぇっと……しょっぱい大きな水溜まり? 波が打ち寄せてくる……」
「なみぃ? なみってなにー? なんでしょっぱいの?」
おおう、なぜなにどうしてが始まった。
可愛いんだけど、さて、海やら波をどう説明したもんだろう。
そのレグルスくんの様子を見ていたカマラさんが、ヒラヒラと手を降る。
「百聞は一見にしかずさ。海を見に行かないか?」
「そうそう、鳳蝶坊にレグルス坊、それから奏坊も誘ってさ」
「でもこの辺、海なんてないですよ?」
菊乃井は内陸部にあるから、海なんてない。湖はあるけど、それもかなり遠い。
気軽な様子のジャヤンタさんに「無理だ」と首を振ると、その視線が私をすり抜けてエルフ先生方に注がれる。
「そこで物は相談なんだけどよ。鳳蝶坊の先生方の誰か一人、俺たちの依頼に協力してくんねぇかな」
「そしたら鳳蝶坊やとレグルス坊やと奏坊やを、ワタシたちが海にご招待するわよ?」
「どういうことです?」
尋ねると、ジャヤンタさんが先程の手紙を見せてくれて。
そこにはバーバリアンを指名した護衛依頼が書かれていた。
なんでも夏の暑い最中になると、毎年南国のコーサラの専用保養地に出かける帝国貴族がいるそうで、バーバリアンは毎年現地での護衛依頼を受けているとか。そして今年も受けて欲しいと言う連絡があって、コーサラに帰る手段が欲しいのだという。
「ほら、エルフ先生たち転移魔術使えるだろ? あれがあればひとっ飛びだし、鳳蝶坊もレグルス坊や奏坊とコーサラで保養が出来るし、悪い話じゃないと思うんだけどよ」
「いやー、でも、それは私が返事して良いことじゃないような」
「なんで? 先生たちに鳳蝶坊が『海に行きたいなぁ』っておねだりしたら良くね?」
「そんな我が儘言うのは、生徒としてちょっとどうかと」
「え? いや、先生たち乗り気だぜ?」
「あれ、見ろよ」とジャヤンタさんの指差す方を見ると、先生方がテーブルを離れて円陣を組んでいる。
よくよく見ていると、手元が激しく動いて拳を出したり、手を広げたり、人差し指と中指以外折り曲げた形をしてたり……要するにじゃんけんしてて。
何度かあいこを繰り返したあと、グーを出したヴィクトルさんとラーラさんにパーを出したロマノフ先生が、小さくガッツポーズする。
それからロマノフ先生はにこやかに、ラーラさんとヴィクトルさんは憮然として、こちらを振り向いた。
「鳳蝶君がいきたいなら、吝かではありませんが……」
凄い笑顔。
ロマノフ先生の様子に笑いを噛み殺しながら、ジャヤンタさんに「ほら」とつつかれる。
どうも、言えって事らしい。
「えぇっと……海に行きたいです、先生」
「お安いご用ですよ!」
うーん、良いのかな?
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