第123話 静かなること林の如く

 ダンジョンを抱えると言うのは、希少金属や希少素材の採取・採掘場所を持つとのと同時に、大繁殖や発生の危険と背中合わせなのだということ。

 そんな危険を孕んだ場所の軍隊は、凄く規模が大きい。

 規模が大きいってことは、超絶金を食うもんで。


 「それなのに今までの予算書には、軍事費が余りに少なかったんですよね」


 これはルイさんが情報開示してくれたから解ったことだけど、菊乃井の昨年までの予算で一番多いの社交用の費用だ。

 社交用の費用ってのは貴族同士のお付き合いで必要なお金ってことだけど、良く良く調べてもらったら父や母がパーティーに出るための被服費や宝石なんかにも使われていて。


 「菊乃井は自慢じゃないけどド貧乏。そんなお金が何処にあったかというと、なんとアイツら防衛費を削ってやがったんですよ! 社交費じゃなくて、遊興費じゃねぇか! ふざけんな!」

 「若様、あんまりお口が悪いと、俺らロッテンマイヤーさんとラーラ師匠から報告しろって言われてるので……」


 ぐ、ヤバい。

 ロミオさんの言葉に、げふりと下手な咳払いをすると、目が点になっている隊長と兵士達を見回す。

 装備はどう見ても、私が冒険者ギルドに卸す初心者用セットより悪い。


 「まさか、ここまで劣悪な状況に置かれてるなんて思いもしなかった。私が甘かったですね。早急に改善しましょう」

 「サン=ジュスト氏に色々掛け合わないといけませんね」

 「うん、予算の見直しとか追加とかがいりますね。頭が痛いな」


 次男坊さんに武器をどれくらい融通して貰えるかも相談しないと。

 それに兵士の装備がこれってことは、他にも絶対問題がある。

 それを確認するために、私は隊長に声をかけた。


 「さて、中の案内をお願いしますよ。建物も傷んでいるなら補修しないといない。土木の専門家ではないけれど、崩落の危険があるところは魔術で応急処置くらいはできますしね」

 「あ、いや、え……?」

 「いや、『え?』じゃなくて。他にも食事の改善とか、訓練の内容の検討とか、賃上げとか色々やらなきゃなんですから。この機会に困ってること、全部吐き出してください。両親が帰ってくる前に全部終わらせて、それに係る経費を見積もって、奴等に突きつけて、奴等の遊興費ごっそり削ってやるんだから!」


 胸を張ると、一度戻った隊長の顎がもう一度落ちる。兵士たちもどうようで、かえって静まり返っていた。

 「早く!」と手を打つと、隊長が口を閉じてフラフラと漸く歩き出す。

 石造りの廊下は良いように言えば歴史ある趣だけど、ようは経年劣化が激しくボロい。

 所々魔術で煤を払うと、ちょっとひび割れたりが見えるので、そこはタラちゃんに蜘蛛の巣を張って貰って補修。

 タラちゃんの糸はかなり強いので、ひび割れから石が落ちるのを防いでくれるのだ。

 隊長が困惑しているのか、おずおずと言う。


 「本気……なのですか?」

 「何がです?」

 「この砦の改善など、そんな……」

 「当たり前じゃないですか。ここは菊乃井の絶対防衛ラインです。ここが弱いとか機能しないとか、菊乃井死にますよ?」


 この砦は菊乃井の街をダンジョンから庇うような立地にある。

 そこから街側にも砦っぽいものはあるけれど、それは物見か伝令の中継ぎくらいの役割しか負ってない。

 つまり、この砦が抜かれたら、後は街で籠城するしかなくなる。

 有事の時は兵力を集中させ、冒険者にも拠点として使ってもらうために、この砦は存在するのだ。

 そこが崩れそうなほどボロいとか無いから。

 それなのに予算を盛るなら兎も角、補修も儘ならないほど削るって正気の沙汰とは思えない。


 「特に父は軍人ですよ? それが金に目が眩んだのか何なのか、この体たらく。あのひと、本当に軍人として有能なんですかね」

 「ああ、それですけどね。弁護する訳じゃないんですが、やったのはお母上らしいですよ。と言うか、去年罷免された代官」

 「なん、だと……!? ああ、じゃあ、一応この状況が良くない自覚はあるんですねー……あってこれかよ!?」

 「わ、若様! お口!」

 「おぅふ……!」


 エストレージャの中では一番字の上手なマキューシオさんがメモを取り、ティボルトさんがワタワタと私を諌める。

 ロミオさんの頭の上にはタラちゃんがいて、糸をプシュプシュあちらこちらに飛ばしていた。シュール。

 この砦は資料によれば二千人規模の兵力を置けることになってる筈なんだけど、それはこの砦を作ったときの話。ざっと曾祖父より前の時代だ。

 今は大繁殖もなく、兵力もギリギリまで削られているから、二千人もいない。せいぜいが百人くらいか。菊乃井、本当に詰んでる。今、大繁殖とか起こったら一溜りもない。

 キリキリ痛み出したこめかみを揉みながら、兵士達の訓練所である中庭に向かう。

 するとそこにあったのは───


 「は、畑!?」

 「わぁ、青々してますね!」

 「野菜が旨そうだな!」


 は、はたけー!?

 今度はこっちがあんぐりと口と目を大きく開く。

 なんだこれ!?

 驚いて隊長を見ると、物凄く怖い顔をしていた。

 これって、もしかして。


 「も、もしかして、食料も滞ってたりするんですか!?」

 「で、あれば、御曹子はどうなさるので?」

 「さっきから、あんた……!」


 嘲りを混ぜて上がった隊長の唇に、ロミオさんが今度こそ食ってかかろうと身構える。

 それを制すると、ジャヤンタさんがちらりと私に「どうすんの?」と小声でとうた。


 「決まってるでしょ。先生、直ぐにサン=ジュストに連絡を。食料を早急に運び込んで貰うように」

 「解りました、ヴィーチャに使い魔を飛ばします」

 「ありがとうございます。それから食料がこんなだったら医療品も足りてない筈だ。それも加えてください」

 「はい、承知しました」


 そう言うと、先生は懐から卵を取り出し、ゴニョゴニョと呟く。それから卵を天高く放り投げると、それは空中で鳥の姿に変わり、凄まじい早さで役所の方に消えていった。


 「これで夕方には食料と医療品が届きますよ」

 「はい、ありがとうございます」

 「どういたしまして」


 にこっと笑うロマノフ先生に、ざわりと兵士たちが色めき立つ。

 「食料だって……」とか「まともな飯が食えるのか!?」とか、あちらこちらで呟かれる声が切ない。

 もう、どんだけ現場に負担かけてたんだよ。

 風に野菜の緑葉が揺れる。

 青々と繁る葱やキャベツに目をやると、はっとした。


 「に、肉!? 野菜はここで育ててたとして、肉はどうしてたんですか!?」

 「そ、それは……」


 目を逸らす隊長をじっと見つめていると、観念したように口を開く。


 「演習に託つけて、ダンジョンで……その……」

 「ダンジョン……!? そんな装備でダンジョンに行ってたんですか!? やだー、無事でよかった!?」


  初心者冒険者より粗末な装備で、なんて無茶苦茶を。

 ギリッと唇を噛み締めると、ふつりと切れた感触と鉄さびの味がする。


 「野郎共、許すまじ!」


 あの二人、どうしてくれようか!?

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