第121話 黄金の自由Ⅲ
ルイさんやロッテンマイヤーさんも唖然としてるし、バーバリアンやエストレージャなんかソファから崩れてる。
そんな中、一番先に我に返ったのはロッテンマイヤーさんで。
「然様で御座いますね。芸術を真に楽しむにはある程度の教養が必要と聞き及んでおります」
「ええ。だからそれを金にあかせて学べる貴族という特権階級が芸術を独占してきました。しかし、産業が興り、豊かになれば一市民にだって芸術に手が届き親しむことができるようになる。その時に慌てて知識を身につけるより、もう身についていて楽しめる方が話が弾むでしょ」
「話が弾んだら、自分もやってみようかってなるひともでるだろうね。それも狙い?」
「多少は。まずは劇場や美術館に足をしげく運んでくれるようになれば成功じゃないですかね」
結局のところ、私にとって大事なのはミュージカルが気軽に楽しめるようになることだけ。
なんとなくそれを悟ったのか、ロッテンマイヤーさんが深く息を吐く。
それを見ながらルイさんが、難しい顔で口を開いた。
「我が君、一つだけお聞かせください。我が君は帝政を否定なさるのですか?」
「まさか。私は選択肢を増やして可能性を拡げたいだけです」
「選択肢を増やして可能性を広げる……」
「一人で物事を考えると『これしかない』って思考を追い詰めることになりますけど、議会というか他人と話すと違う考え方が知れる。すると選べる選択肢が増えますね。選択肢が増えるとその先の結果も増えて、一人で考えた時より違う可能性を見いだせるようになる。私は帝王であっても独りである必要はないと思います。議会は敵ではなく、共に良い未来を拓く友です。馴れ合いは困りますが、互いに尊重は出来る筈だ」
その先に民主化があるならそれでも良いだろう。
その都度その時代に生きる人たちが、知恵や知識を総動員して、より良い未来を作る選択を選んでいけばよいのだから。
ただ、今はその選択すら出来ない。それは良いこととは言えないと思う。
「もし、もしも、その政策に関連する法律ができたとして、鳳蝶君はなんと名付けますか?」
ロマノフ先生が静かに微笑む。
長く生きるエルフなら、この政策が実った先の世界を、先生方は見ることになるかもしれない。
「そうですね……『君臨すれども統治せず』という言葉を産んだ政治体制から取って
「アウレア・リベルタス」と小さくエルフ三人衆がそれぞれ呟いた。
さて、難しい未来の話はこれまでにしておこう。
それよりも早急にやらなきゃいけないことがある。
そう言葉にすると、何だか微妙に張り詰めた空気が少し緩んだ。
「さしあたり押さえなきゃいけないのは、ダンジョン近くの砦にいる兵隊たちだよね」
「だね。菊乃井の街を直接守る衛兵たちは、あーたんの方にこそ好意的だもん。街が変わってくのを目の当たりにしてるからさ」
「そうですね。事情は知らないけど、ギルマスが色々話してくれるから冒険者も若様を応援してますし」
「な?」と、ロミオさんがティボルトさんやマキューシオさんに話を向けると、二人ともブンブン首を縦に振る。
街にいるのは衛兵より冒険者の方が多いから、それは凄く助かるよね。
「では、ダンジョン近くの砦を制圧するにして、どう編成します?」
「ああ、それですよね……」
ゴニョゴニョと、ああでもないこうでもないと話し合って。
とりあえず今日は準備をきちんとして、明日からの行動開始になった訳だけど。
「若様、宇都宮お願いがあります!」
「はい、なんでしょう?」
「レグルス様と宇都宮も是非お連れください!」
午後のお茶の最中、明日からの行動を聞いた宇都宮さんがガバッと頭を下げた。
サーブされた紅茶は顔が写るくらい澄んでいて、練習の成果が見事に反映されている。
「え? なんで? 砦に行くんだから、危ないよ?」
「そうだとは思うんですが……」
レグルスくんには蜂蜜で味をつけたミルクを出すと、宇都宮さんが困ったような顔でロッテンマイヤーさんを見る。
するとロッテンマイヤーさんがクッキーを取り分けながら、咳払いした。
「その……情けない話では御座いますが、若様がお出掛けになった後のレグルス様の後追いに、私たちでは太刀打ち出来ないのです」
「あー……そう言えば以前二人ともヨレヨレになっていましたね」
「はい。宇都宮も体力には自信がある方なんですが、レグルス様の素早さには追い付けなくて。それでレグルス様を見失ったりするよりは、最初からレグルス様と若様に着いて行った方が安全かと思いまして」
うーむ、どうしよう。
隣でちょこんとミルクの入ったコップを両手で持って、お行儀よくお茶してるレグルスくんを見る。
すると、ロッテンマイヤーさんに給仕されていたウパトラさんがふっと唇をあげた。
「いいんじゃない?」
「えー……でも、危ないですよ」
「そうかしら。そっちはエストレージャとジャヤンタとロマノフ卿がいくのよ? 滅多なことなんかないと思うわ。それにアナタも行くんだから、残るより安全かもしれない」
「そうだな。心配なら奈落蜘蛛もつれていけばいい。奴等は糸で盾を作ることも出来る」
「ああ、そうか……」
それなら良いかと、宇都宮さんに頷けば、かばっと最敬礼してお礼を言われる。
と、ロッテンマイヤーさんが少し考えるような仕草をして。
「宇都宮さん、エリーゼにも明日若様のお供をするように、と」
「承知いたしました!」
「エリーゼ? どうして?」
エリーゼは特に私のお守りでもレグルスくんのお守りでもない。
不思議に思って首を傾げると、ロッテンマイヤーさんが頷く。
「昼食は料理長が作ったお弁当を持ってお行きになると聞きました。給仕にエリーゼをつけます」
「ああ。でも自分達でお弁当の準備くらいしますよ」
「いいえ、若様。人を使えると言うのは権力の証。戦場にメイドを連れていくことが出来るほどの力を持つと、あえて示すことも必要かと」
メイドさんみたいな非戦闘員を連れてても、負けないくらいの戦力がこちらには整っている。
そう砦にいる兵士たちに思わせるためにも、ということだろうか。
迷っていると、応接室の扉が開いて、ジャヤンタさんとロマノフ先生が入ってきた。
それから私の眉間に寄ったシワを見て、二人で顔を見合わせる。
「どうしました?」
「実は……」
カマラさんの過不足ない説明に、カパッとジャヤンタさんが笑う。
「鳳蝶坊は心配性なんだなぁ。俺やエストレージャにロマノフ卿がいて、危ないことなんか早々ねぇよ」
「そうですね。心配ならタラちゃんに布を用意してもらって持っていくと良いですよ。姫君直伝の防御術を試してみる機会でもありますし」
うーん、軽い。
というか、これくらい気負わないでいられるくらい、うちの兵隊さんは弱いってことなのかしら。
それはそれで問題だよね。
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