第83話 不都合な真実、不条理を添えて
帝都では最近、「ショコラトル」とかいうものを使ったお菓子が流行っているらしい。
で、そのショコラトルとやらは「カカオ」と言う、南方の国で取れる植物から抽出されるそうだ。
ロミオ・ティボルト・マキューシオの三人は幼馴染みで、それぞれ家も継げない貧乏農家の次男坊やら三男坊。
それが味噌っかす同士集まって、冒険者として身を立てようと、故郷を出て一年。
ろくな装備も買えない冒険者に出来る依頼なんか限られてはいるけれど、それでも地道にこなしていた。
そんな時、隣の男爵領で自分たち三人より冒険者としての階級が上のパーティーと組んでする仕事が舞い込んだ。
組むことになった冒険者たちは見るからに武器や防具も良いもので、この仕事はきっとギルドがその冒険者たちに目当てのモンスターを狩らせるために、自分たちをそいつらのアシスタントとして手配したものだと思った。実際請け負ったのはモンスター退治でもあったし。
そして仕事が終わった途端に、冒険者たちは取引を持ちかけてきたのだ。
曰く「現金の手持ちが少ないから、報酬は全部自分達にくれ。代わりに今帝都で流行っている『ショコラトル』の原料の『カカオ』をそちらに渡す。『カカオ』はギルドに買い取って貰えば、今回の報酬と同じくらいか少し高いくらいだ」と。
三人には手元の現金が幾ばくかあったから、それならばと応じた。
決めては「帝都では同じくらいの値段だけど、田舎なら倍額出すらしい。迷惑かけたから、その礼として教えてやるよ」と言う、リーダー格の気の良さそうな男の囁きだった。
しかし。
「カカオどころか巨大ゴキブリの卵を掴まされてた訳だ」
ギルドの応接室、ソファに座って三人組と相対するローランさんが、ガシガシと頭をかいた。
あれから三人組───黒髪の草臥れたオジサンがロミオで、茶髪のオジサンがティボルト、頬に傷を持つオジサンがマキューシオで、なんとオジサンだと思ったらまだ二十歳の若者で、彼らが老けてるのは疲労と栄養不良が原因だとラーラさんが言ってた───から事情を食事をしながら聞いて、取り急ぎ街に戻って来て、今ここ。
天を仰いだギルマスに、俯く三人組。表情はどちらも苦い。
それもその筈、三人組は詐欺の被害者でもあるけれど、一面を返すと加害者になる寸前だったのだ。
ゴキブリと言うのは繁殖力が強く、一匹見たら三十匹はいると思えが鉄則。
あの時私たち戦力過剰団体が通りかかって、孵化してから時を置かずに殲滅したから良かったものの、誰も通りかからず、彼らが餌になっていたら、浅い、初心者冒険者たちが沢山いる場所で、彼らでは決して太刀打ちできないモンスターが大量発生していたかもしれない。
誰もが暗い雰囲気のなか、ふと何かしら思い付いた顔で、奏くんが「はーい、しつもん」と手をあげた。
「何で売ればお金になるって言われたもんをもったまま、オッサンたちはダンジョンに入ったんだ?」
「そ、それは……」
言われてみれば確かにおかしい。
まだ何か隠している事があるのだろう。
三人に部屋にいたすべての眼差しが集まる。
そのプレッシャーに耐えかねたようにティボルトさんが口を開いた。
「『カカオ』にはたまに蟲型の弱いモンスターがくっついてて、レアドロップで魔石を落とすことがあって、下処理しないでギルドに渡したら魔石分の金を損するかもしれないから……って言われて……」
「その分の欲をかいて死にかけた訳か」
身も蓋も底もないローランさんの指摘に、三人が俯く。
ぐすっと洟を啜るのに、誰もが微妙な顔をするのは、心情的に完全に同情しかねるからだろうか。
騙されたのは気の毒だと思うんだよ。思うんだけど、余計な欲を出してパンデミックだかスタンピードだかを招きかけたってのがねー……。
いや、まあ、それも騙した奴らが悪いんだけど。
なんとも言えない顔をしていると、ローランさんが顎を撫でつつこちらを向いた。
「どうするよ?」
「んん? どうするって?」
「うん、あのな。コイツらは意図せずとも、大発生の引き金を引きかけた訳だよ。モンスターの大発生が起こったら、当然コイツらは死んでたとしても、他の連中も巻き添えにするとこだったし、最悪菊乃井全体に大きな被害が出てた。未然に防げたのは運が良かっただけの話で、コイツらがやったことは重大事だ。ご領主として、コイツらを処分してもそりゃあ構わん案件だと思うが……」
「処分するって……反省文の提出とか?」
「いやいや、最悪これでもしゃあねぇべ?」
手を横にして丸で首を切るかのような動作をしたローランさんに、目が丸くなる。
「いやいやいやいや!? 未然でそんな!?」
「そんなことをコイツらはしたんだよ。悪気も他意もなくモンスターの大発生なんて起こされてたまるか」
「そうですよ。今日、私たちが通りかからなかったら、どれだけの命が失われていたか。それは決して軽い罪ではありません」
びくっと肩を跳ねさせた私に、ローランさんとロマノフ先生が厳しい表情を見せる。
確かに、モンスター大発生が起こっていたら、沢山の人が傷つき命を落としたかもしれない。それは領主として赦してはいけないことなんだろう。だけど、実際は起こらなかった。起こらなかったことで、人の命を奪って良いんだろうか。
元はと言えば彼らだって食い詰めた何処かの領民だ。
それは裏を返せば菊乃井の領民が、どこかで同じことを起こしていたかもしれないって可能性を示唆してる訳で。
どうしよう。
何が最適解なのかが解らない。ただ、死なせるのだけはしたくないんだけど。
迷っていると、本格的に泣き出した三人組の声が、ふと耳に入ってくる。
「どうせ俺たちみたいな貧乏人は泣きをみるだけなんだ……」
「なんで俺たちだけがこんな……」
「ちくしょう……虫けらは虫けらでしかないのか……」
うん、騙されて悔しいのは解る。
だって彼らは真面目に仕事をしてて、ちょっと欲を出しただけの話だ。
「ちくしょう! 殺すなら殺せよ!」
「どうせ俺たちなんか生きてたところで、良いことなんてなんもないんだからな!」
「どうせアンタらもバカな俺らが悪いって思ってんだろ!?」
……解るんだけど、あなた方、迷惑を見ず知らずの誰かにかけたことへの詫びはないんかい?
ぷちん、と、何か切れた。
「やっかましいわ! こっちとら、どうやったら殺さずに済むか考えてるってのに! そんなに死にたかったら、死ぬような目に合わせてやろうか!?」
頭に来て、三人と私の間に置かれた机のテーブルクロスに幻灯奇術をかける。
映し出した映像は三人が巨大ゴキブリに襲われて、誰も助けに来なかった場合の末路だ。
蟲の顎に肉を引き裂かれ、骨を砕かれ、眼窩を啜られて、生きたまま食いちぎられたかと思うと、ゴキブリが増殖を始める。そうして殖えた蟲が一塊となって菊乃井を襲い、無辜の誰かを食いちぎって───
「ひぃぃぃっ!? や、やめてくれぇ!?」
「やめてくれぇ!? わ、悪かった! 俺たちが悪かったから!」
「許してください! こんなことになるなんて思って無かったんだ!」
ブルブルと震えるのは三人組だけでなく、同じ光景を見たレグルスくんも奏くんも涙目だ。
大人は若干青褪めるくらいで済んでいるけれど、それでもヴィクトルさんやラーラさんも口を押さえて目を逸らす。
流石の胆力は源三さんとロマノフ先生とローランさんで、口を引き結んで難しい顔のままで。
「……えげつないな」
「鳳蝶君、たまに容赦ないんですよね……これが暴君の片鱗かなぁ?」
「若様のお祖母様の稀世様もこんな感じでしたのう。血筋ですなぁ」
何か聞き捨てならないことを言ってくれてるけど、今はそれどころじゃない。
それは兎も角、三人の処遇だ。
頭を抱えた三人に「処分ですが」と告げれば、自然に顔が上がる。
その眼には罪の意識が確り宿っているように見えたから、それを利用させてもらおう。
出きるだけ重々しく、口を開く。
「あなた方の立場はご理解いただけましたね?」
「はい……」
「本当に悪いことをしたと……」
「申し訳ありませんでした」
「では、一度落とした命です。もう一度落とすも同じですね?」
神妙になった三人に頷いて、ごほんと咳払いすると、エルフ三人衆に声をかける。
「ヴィクトルさん、ラーラさん、ロマノフ先生、この三人に伸び代はありませんか?」
「んー……そうだね、栄養をちゃんと摂って、武術をきちんと基礎から修めれば悪くはない、かな?」
「うん、魔術の方も魔術師にはなれないだろうけど、初級の魔術なら確実に使えるようになると思う」
「総合すると、三ヶ月あればひとかどにはなるかと」
「そうですか、解りました。」
私の意図を察したようで、エルフ三人衆が肩を竦めて見せて、冒険者三人組がキョトンと目を瞬かせた。
「あなた方には三ヶ月みっちり先生方について修行をしてもらいます。ええ、一度死んだんですから、何でも出来ますよね?」
にっと笑うと、三人が怯えたような気がしたけど、何にも私は気づいてません。
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