第75話 Happy Birthday to……!

 「遅くなりました」

 「待たせてごめんね!」

 「お待たせ!」

 「皆さん、お帰りなさい!」


 綺羅綺羅しい笑顔の三人を迎えて、新年パーティーが始まる。

 レモン水や、ワインの入ったグラスを手に取ると、皆がそれを掲げて。


 「昨年はお世話になりました、今年もよろしくお願いします!」


 「乾杯!」と叫べば、それぞれが「今年もよろしく」とか「今年もがんばります」とか言いながら、乾杯を交わす。

 シャンデリアの灯りの下で、一緒に食事をしたり、語り合ったり。細やかではあるけれど、皆楽しんでいるようだ。

 私はこっそり抜け出して部屋に帰ると、誕生日プレゼントのロゼットを持って、再びパーティーをしている食堂に戻る。

 それからご飯を宇都宮さんに食べさせて貰っているレグルスくんに近づいた。


 「レグルスくん」

 「あい!」

 「お誕生日、おめでとう」


 金地に銀糸で縁取りしたリボンで作ったロゼットを、勲章のようにレグルスくんの胸に吊るす。

 はっとしてお箸を置くと、レグルスくんは宇都宮さんのスカートを引っ張った。


 「うちゅ!? うちゅのみや、あれ!」

 「はい、ただいま!」


 するりとエプロンの下から、細長く丸めて筒状にした紙に臙脂のリボンが巻かれたものを出すと、宇都宮さんがすかさずレグルスくんに捧げ渡す。

 受け取ったレグルスくんから、恭しくその筒を渡された。


 「にぃに……じゃなくて、あにうえ、おたんじょーび、おめでとうございましゅ!」

 「え……ぇ?」

 「あのねぇ、にぃにとれーのおかおかいたの!」


 リボンをほどくと、筒状にした紙がはらりと平面に戻る。その上にはいかにもこどもの絵で、私とレグルスくんが描かれていた。

 ぱちりと瞬きをする。


 「あ、りがとう……」


 なんか、ビックリした。

 ビックリして、目の奥が熱くて困る。ついでに頬っぺたも熱くておろおろしていると、奏くんも近づいてきた。


 「若さま、ひよさま、お誕生日おめでとう」

 「あ、ありがとうございます……」

 「かなも、おめでとー!」

 「おう、ありがとう」


 笑う奏くんにも、プレゼントを用意していて、部屋から持ってきたロゼット──レグルスくんのとは違って、銀に金糸で刺繍したリボンで作ったやつを渡す。すると「まじ!?」と驚きながら、受け取ってくれて。


 「お、おれも若さまとひよさまにプレゼント持ってきた!」

 「れーも、かなにあげるー!」


 奏くんからは革紐を編み込んで作ったブレスレットを、レグルスくんと色違いのお揃いで貰って、レグルスくんから奏くんにはやっぱり似顔絵が。

 「おれ、こんな顔かぁ?」とか言ってるけど、奏くんもニコニコしてる。


 「おめでとうございます、宇都宮からも若様とレグルス様と奏くんに」


 そう言って差し出されたのは、くるみ鈕の髪留めで、奏くんのはバッジになっていた。


 「私からも、宇都宮さんに……」

 「う、宇都宮にもですか!?  わぁ、ありがとうございます!」


 宇都宮さんのロゼットは、ピンクのリボンで作ってテールに花の刺繍を入れてみた。

 受けとると早速エプロンに着けてくれて、それがとても照れ臭い。

 なんだか益々頬っぺたが熱くなる気がして、ドキドキしながら今度はエリーゼの方へ。

 エリーゼはヨーゼフや源三さんとお話しながら食事をしていたようだけど、近づくと三人ともお皿を置いた。


 「えっと、エリーゼにヨーゼフに源三さんも。誕生日おめでとうございます。プレゼント……」

 「あらぁ、私にもですかぁ?」

 「お、お、おれも?」

 「これはこれはワシにも?」


 エリーゼのロゼットは黄色のリボンに白で蝶々の刺繍を、ヨーゼフにはオレンジにポニ子さんの刺繍、源三さんは緑のリボンに人参の刺繍をしてみた。

 するとエリーゼからはレースが見事なハンカチを、ヨーゼフからは手作りの手綱、源三さんからは変わり品種の朝顔の種を「おめでとうございます」という言葉と共に貰ってしまって。

 頬っぺただけじゃなく、胸も熱くて、目の奥がきゅっと痛くなってきた。

 なんだかムズムズして、今度は料理長とお話していたロッテンマイヤーさんのところに。

 料理長には臙脂のリボンにコック帽の刺繍のロゼットを、ロッテンマイヤーさんには紫のリボンに眼鏡の刺繍をしたロゼットを渡すと、とても驚いた顔で。

 ぎゅっと料理長に手を握られる。


 「ありがとうございます、若様。これからもよろしくお願いします」

 「こちらこそよろしくお願いします」

 「新しいエプロンを用意しました、いつでも厨房にきてくださいね」

 「あ、ありがとう……!」


 にかっと男臭く笑ったかと思うと、料理長は私とロッテンマイヤーさんを残して、手を振って他の人のところに行ってしまった。

 ロッテンマイヤーさんと言えば、紫のロゼットをじっと見つめて立ち尽くしていて。

 私の誕生日をするなと言われていたのに、まずかっただろうかと焦っていると、柔らかい手に頬が包まれる。


 「若様、お誕生日おめでとうございます……私に勇気がないばかりに、若様をずっとお祝いして差し上げられなくて……申し訳ありませんでした」

 「そんなこと言わないで、ロッテンマイヤーさん。私は皆とパーティー出来ただけでも十分嬉しいです」

 「私からは、これを……」


 手渡されたのは、一冊の本。

 小首を傾げてロッテンマイヤーさんを見れば。


 「これは若様のお祖母様であられる先代の伯爵夫人・稀世きよ様の日記です。これからの領地のことでお役に立つかと」

 「どうして、ロッテンマイヤーさんがこれを……?」

 「形見分けで頂いたのです。でも私より、今は若様に必要かと思いまして」


 確かに昔を紐解けば、今に至る要因を見つけ出して、未来で同じ轍を踏むことがないように出来るだろう。

 だけど、こんな個人的な物を形見として渡されるほど、ロッテンマイヤーさんと祖母には絆があったのだ。それを裂くような真似は出来ない。そう言うと、ロッテンマイヤーさんは静かに首を横に振った。


 「想い出は胸にありますし、大奥様の願いは若様が健やかにお育ちなることです。私も、若様が健やかでいてくだされば……ですから、その一助となれば大奥様もお喜びかと」

 「解りました、大事にします」


 ぎゅっと本を抱き締めると、お礼を言って踵を返す。

 どうしよう、どうしよう。目の奥が熱くて熱くて、お鼻もツンツンしてきた。

 まだプレゼント渡さなきゃいけない人たちが残ってるのに。

 気合いを入れ直すために、軽くぺちぺち叩いた両頬は熱を持っていた。

 と、その手を取られて、振り向かされると、大礼服のエルフ三人衆が、私を取り囲んで屈む。

 なので、先制攻撃だ!


 「ロマノフ先生、ヴィクトルさん、ラーラさん、お誕生日おめでとうございます!」


 ロマノフ先生には青地にエルフ紋のコンドルを、ヴィクトルさんには白地に音符、ラーラさんには赤地に百合の紋をつけたロゼットをそれぞれ渡す。

 すると「先越されちゃった」とヴィクトルさんが笑顔で肩を竦めた。


 「誕生日プレゼントなんて百年ぶりくらいに貰いましたね」

 「本当にね。なんだか照れ臭いよ」


 「うふふ」って感じで、ロマノフ先生もラーラさんも笑ってくれた。

 柔らかくて穏やかな雰囲気に、私も照れ臭くなってくる。だから逃げようとすると、がしっと意外に力強いロマノフ先生の手で肩を掴まれた。


 「逃がしませんよ。私達からもプレゼントがあるんですから」

 「そうだよ。僕からはこれ」


 差し出されたのは長方形の、少し厚みのある箱。開けて見るように言われたので包装を解くと、中に入っていたのは持ち手は金に唐草がカービングされた刃がキラキラ輝く鋏で、鋏の刃同士を交わらせる真ん中に大きくて透明な硝子がつけられ、それを囲むように七色の小さなビジューがあしらわれている。

 持ち手を持つと、しっくり手に馴染む。


 「当代きってのドワーフの名工の逸品だから、ドラゴンの鱗を裁ち切っても刃毀れなんかしないよ」

 「そ、そんな凄いものを……!?」

 「れーたんやかなたんにも、同じひとが造ったペーパーナイフを用意したんだ」


 あわわわ、しゅごい!

 びっくりして開いた口を閉じられないでいると、ラーラさんが咳払いをする。


 「ボクからはエルフ一のお針子って言われた叔母の刺繍図案集だよ。魔力で描かれてるから、『ここどうやるの?』って聞いたら答えてくれるんだ」

 「ひょえ!?」


 ハードカバーって言うか、きっちりした装丁のぶ厚い本を抱えると「あら、中々の腕前ね」と本が喋る。

 開いた口が塞がらないどころか、驚きすぎて顎が外れそうなくらいだ。

 そんな私の顎をなおしつつ、ロマノフ先生がにこっと笑う。


 「私からは、これですよ」

 「ありがとうございます」


 手渡されたのは可愛い模様の付いた藤のバスケットで、それを見た途端ラーラさんとヴィクトルさんが声をあげた。


 「ちょっ!? 叔母様の店からその裁縫箱が消えてると思ったら!?」

 「いやぁ、考えることは皆同じですねぇ」

 「僕がお店に行った時は『刺繍図案集も裁縫箱も、もう売れちゃったのよねぇ』って言うから鋏にしたのに! 『布切り鋏に糸切り鋏、紙を切る鋏。鋏ならいくつあっても困らないわよ』ってやけに具体的に教えてくれるなと思ったら、そう言うことだったわけ!?」

 「ああ、ラーラもヴィーチャも来るかも知れないって言っておいたんですよ。お陰で被らなかったから良いじゃないですか。ついでに詳しくアドバイスしてくれたでしょ?」

 「なんてヤツだ!」

 「キミってヤツは、本当になんて良い性格してるんだ!」


 ヴィクトルさんがロマノフ先生に詰めよって、ラーラさんなんか先生の襟首掴んでガクガク揺すってる。

 呆気に取られていると、私の表情を見たロマノフ先生が、咳払いで話を変えた。


 「いえね、私の母が帝都で雑貨屋をしていまして。気に入った雑貨なら種類を問わずなんでもおくひとなんですが、特に自分が手芸を趣味にしているだけあって、裁縫道具にはちょっとうるさいんですよ。何せエルフ一のお針子って呼ばれるくらいの腕前ですし。そのひとが『私が欲しい』と思う道具を全て集めたのが、この裁縫箱なんですよ。ちなみにマジックバック機能付きなんで、糸も布も入れ放題です」

 「わぉ……!」


 「開けてみてください」と言われて、バスケットの蓋を開く。すると縫い針・まち針と針山と沢山の糸と糸巻、糸切り鋏に巻尺にチャコペン、ヘラやヤットコ、先の尖ったピンセットや丸いピンセット、指貫、糸通し、紐通しなどなど、どれも凄く綺麗で使いやすそうに見えて。


 「師匠と呼ばせてください……!」

 「母に伝えておきますね」


 穏やかな三人の眼に、私が映っている。

 それが何だか気恥ずかしくて、「ありがとうございます」はとても小さな声になってしまった。

 受け取ったものはもう、抱えられないくらい沢山で、目の奥が熱くても、何か出てきそうでも、押さえられない。鼻もなんだかツンツンむずむずするし。

 気を抜いたら何かが溢れてきそうで俯くと、そっと背中から小さな腕に抱きつかれた。


 「にぃに、れーもみんなも、にぃにがすきよ?」


 これから先、何があっても、この日のことを忘れなければ、きっと生きていける。

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