第7-1話 『百合の めが み さ ま』

『あれは、わざとだったのかな』

 静馬は隣を歩く制服姿の燐里をちらりと見た。


 昨日の針田は機嫌が悪かったとはいえ、わざとセレブドラゴンを怒らせてバトルに持ち込ませた気がする。燐里に魔法戦闘を経験させて強くなってもらうために。


「……」


 それと同時に針田の言葉が重く響いた。


『燐里は未来のために戦っているのに…』


 負い目を感じたまま静馬は再度、燐里に向ける…と、目が合った。


「えとっ…」

「ねぇ、静馬、聞いても良い?」


 自分の心が読まれて、それを問うのか? と静馬は焦ったが、燐里には読み取りの力はなかった。


「聖菜、今日も見かけないけど、また体調を崩しているの?」


 『良かった』と安堵し、心を落ち着かせてから、静馬は昨日も見かけなかったお騒がせ幼なじみの説明を始めた。


「あいつ、頭も運動神経も良いから、色々な部活や生徒会にまで、手伝いに呼ばれているんだ」

「そうなんだ」


 燐里は学校での聖菜を思い出そうとしたが、舌なめずりして近づいてくる姿が現れ、ぶるんと体が震える。


「…うん。燐里からは、とても見えないけれども。実は学校のアイドルというより、女神様的存在かな」

「…そうなんだ。

 それって、聖菜の視線がこっちに向いたら、他の生徒からジェラシー的な事になるかな?」

「いや、それはないな」


 静馬は首を振り、幼なじみを見る生徒達の様子を思い浮かべた。


「燐里を攻撃すれば、聖菜を悲しませる。

 逆に聖菜の笑顔のためならば、何でも…燐里にリボンを巻き付けて聖菜にプレゼントする恐れがあるけど」

「え…」


 青ざめた燐里は慌てて周囲を見回した。今の所、可笑しな視線や近づいてくる人の気配はないようだ。


「俺もできる限りの事はするよ」

「ありがとう、静馬」


 話が落ち着いた所で2人は校門前に到着した。昨日、セレブドラゴンが騒動を起こした場所に。

 校門前は何事もなく、ドラゴン女子高生の記憶を消された風紀委員たちが、今日もチェックしていた。



 しかし、今日も校門前に騒動が起きた。



「え?」


 人間の姿に変身した燐里は、黒髪もスカートの長さも、校則範囲内にしているので連日のチェックが入ってもパスできるハズだった。


「はい、君。学年とクラスと出席番号」


 燐里の前に腕が伸び、行く手を阻んだ。


「ついでに住所と電話番号も」


 燐里の背中にも腕が伸びて、後方からの逃亡を阻止された燐里は、右腕に柔らかすぎる感触がした。


「聖菜、お前という奴は…」


 ため息をついてから、静馬は幼なじみの制服を引っ張り、燐里を解放させる。


「静馬君、言っておくけど、ちゃんとした委員活動だからね」

「聖菜って風紀委員だっけ?」


 燐里は昨日の光景を思い出すが、巨乳美人の姿は見当たらない。


「今日だけね」


 聖菜は制服の上にかけているタスキを燐里に見せる。


「いちにち…風紀委員?」

「そうなのよ、燐里ちゃん。最近、学校の規律が乱れている気がしてね。委員会にお願いして参加させてもらったの」

「聖菜様の参加は、いつでもOKです」

「聖菜様が立っていられるだけで学校内の規律が浄化されていくしていく」


 言いなりの風紀委員たちは、聖菜を女神様のように見つめる。

 そんな委員の生徒たちを見慣れすぎているのか、静馬は何事もなく幼なじみをツッコんで、タスキを引っ張った。


「規律を1番 乱しているのは、お前だろうが。燐里に密着するための下心が見え見えだからな」

「あ、そうだ静馬君」


 聖菜は、にっこり笑うと静馬の耳元に『ごにょごにょ』と何かをささやく。


「ひ…聖菜、なぜそれを」

「うふふ」


 女神様のような聖菜のスマイルに、静馬の顔がみるみる青ざめていく。


「ごめん、燐里」


 弱味を握られた静馬はタスキから手を離した。

 そして下僕と化した風紀委員たちに持ち上げられどこかに消えて行く。


「えー、出来る限りの事はするって言ったのに…」


 頼りない仲間を見ている余裕はなかった。燐里に大きな影がさしかかるのだから。





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