第1-2話 謎の転校生を準備する

 魔法少女りんり達は、モンスターを追う。

 途中、住宅の塀や車を軽々と飛び越え、走る速度も人間離れしたものだった。

 息切れすることもなく、同じ速度で飛ぶ相棒に『魔法少女りんり』の苦情を言う。


「ねぇ針田、魔法少女って言わないとダメ?物凄く恥ずかしいんだけど」

「自分から名乗らないと、ただのコスプレーヤーになるだろ」

「…まあね。あと、何なの奇跡の鱗って」

「頬の鱗、希少種フローラルドラゴンの鱗だから『古代竜の遺伝子を1枚分だけ持っているかも』って自慢してたじゃないか」

「そうだけど…もうちょっとまともなのにしてよ。魔法少女の企画、演出、脚本の針田さん」


 2人の視界にはモンスターの後ろ姿が入った。

 1匹のブタ。ただのブタなら、どこかの飼育場から脱走したと考えられるのだが、その体は腐敗し、しかもトラックサイズの巨体である。

 ゾンビピッグの腐敗した不快な臭いが、風下を走るりんり達に向かう。


「臭い…でも、この臭さが、美味しい発酵ソーセージになるのよね」


 りんり達の世界では、家畜として飼われているようだ。


「早期解決するしかないな。

 ゾンビピッグの前にターゲットを確認した。ゾンビだから足が遅いが、人間の足もほどほどならば、持久力も長くはない。

 りんり、スマホなしで唯一使える魔法だ、あれを使え」

「唯一じゃない、まだあるの」


 相棒を軽く睨んでから、りんりは速度を上げて距離を詰めると、クマのキャラクターが描かれた戦扇広げ、口から魔力のこもった言葉を発する。


『足止め/レベル4』


 りんりの前から半透明な蔓が飛び出し、地面とモンスターに絡みつく。


「プギッ、ギギギギ…」


 動きを止められて、不快な声をあげるゾンビウピッグを確認して、魔法少女りんりは跳びあがった。

 飛び越えて、華麗に1回転してゾンビピッグとターゲットの間に着地する。

 …予定だった。


「りんり、跳躍が足りない」

「え?」


 針田の警告が耳に入った時には遅く、りんりの体はゾンビピッグを通り越す前に下降した。

 つまり、ゾンビピッグに着地。しかも腐敗して変に柔らかくなっているから、めり込む。


「うぇっ、やだ」


 ゾンビピッグの肩と首の間にめり込み自由が取れないりんりの脚に不快な肉の感触がした。それから強烈な臭いが襲いかかる。


「プギャッ、ギガガガ、プギャー」


 予想もしなかった出来事に、ゾンビピッグは混乱し、振り落とそうと暴れた。


「臭いっ、動けない。針田、何とかして、あわわわっ」

「…仕方ない。おい、そこの人間」


 針田はモンスターを通り過ぎると、ぼう然とするターゲットに、今までどこに持っていたのか、リコーダーサイズの棒を投げつける。


呼応こおうと叫べ」

「は?何言って…」

「いいから、叫べ」

「わかった」


 少年は、大きく空気を吸い込んだ。


『呼応!』


 ターゲットと呼ばれていた少年の右肩甲が黒く光った。

 そこから投げ渡された棒に光が移動し、黒く光る霧となって少年を包み込んだ。


「え?何だ? 何か…」


 霧が消えて、少年は明らかに何か違う体に驚くしかなかったが『何でも良いから、助けて』という金髪少女の言葉に反応し、跳びあがった。

 巨体ブタの肩に着地し、助けてを求める金髪少女を引っ張り上げて、抱きかかえてから、モンスターから離れた地面に着地する。


「りんり、捕獲だ。肉として売れる」

「え、業者か役場に連絡じゃないの?」

「お前さんが開けた穴に損害賠償請求がくるかもしれない」

「…」

「その前に、人間界にまで脱走させたから、飼育主もタダじゃすまされない。なかった事にするのが、お互い最善の方法になる」


 少年には理解しにくい会話だったが、納得した金髪少女は少年にお礼を言ってから離れて立ち上がると、ミニスカートのポケットから何かを取り出した。

 指先ほどの立方体。パズルキューブのようなデザインで金髪少女はそれを軽くひねると、何かを言いながら、とんでもなく大きなモンスターに投げつける。


『転送』


 トラックサイズのモンスターに触れた途端、音もなくモンスターが消えた。


「え?」


 ぼう然とする少年をよそに金髪少女と浮遊するハリネズミみたいな生物は、立方体を拾い上げ、報酬ににんまりとする。


「後は任せたわよ。商人針田様」

「任せておけ…さて」


 会話が一段落した所で、1人と1匹は少年に視線を向けるのだが…


「えーっと。来池河 静馬こいけがわ しずま君、だっけ…」


 表情が可笑しい。

 浮遊するハリネズミもさることながら、流暢な日本語を話す金髪少女、頬に羽と尻尾までついたコスプレ。さらに自分の名前まで知っていている。


「………」


 少年、来池河 静馬は考えた。

 リコーダーサイズの変なデザインが刻まれた棒のせいで、超人化したからかもしれない。もしかしたら、向こうの予測を遙かに超えた力だったのか?


「……………」


 いや、明らかに何か違う。表情がひきつっている。


「…。君が、来池河 静馬君ね。ガデバウム様の…欠片を…持つ者」

「りんり、棒読み」


 やっぱり可笑しい。

 来池河 静馬は、自分の違和感に気づいた。

 足がスースーする事に。


「うわっ、何でスカートなんだ、それも短い…って声が高くなってる」


 黒くさらさらしたものが視界に入り込んだ、髪だ。


「りんり、鏡の魔法あったな」


 ハリネズミに言われた金髪少女はポケットから、人間世界と変わらない平べったい物体を取り出し、スマホのように指で操作した。


「煙?」


 そこから黒い煙が出てきたと思ったら、目の前に移動して縦長の長方形になり、自分を映してくれる鏡となったのだが。


「え、何?何で?」


 目の前には、黒髪サラサラロングヘアの美少女がいた。

 金髪少女に負けないドレスをまとった魔法少女が。


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