未解決千年

エリー.ファー

未解決千年

 感情的にならないようにしていたのに、僕はいつの間にか、この場所にいた。

 海だった。

 心はいつも、こうやってどこかに預けておかないと幸せになることも難しい。一応、大事にするつもりだっけれど、気が付けば、相手のことを蔑ろにするばかりだった。

 そんな。

 そんな。

 そんなことを言ってみたい。

 海に思い出のある男になりたい。

 相手を蔑ろにする経験をしてみたい。

 僕は思う。

 海に思い出もないし、相手を蔑ろにできるほど、そもそも相手ができたことがない。

 海に来ているけれど。

 めっちゃ寒い。

「よう、少年。どうしたのかね。こんなとこで。」

「お姉さん、こんばんは。」

「ほう、こんばんは。どうしたのかね、少年。」

「ここの海をずっと見つめていたんです。」

「なんでかね。」

「何で、僕、かっこいい大人になれないのかって。」

「まだ、高校生じゃないか。」

「高校二年生です。」

「そういう細かいところだぞ、少年。」

「少年少年、言わないでください、高校生なんですから。」

「分かっているよ、少年。」

「もういいです。お姉さんはなんで、そうやって僕が海に来ると、あの家から出てきて話し相手になってくれるんですか。」

「単純さ。暇だし、君とお話したいんだよ。」

「それは、分かりますけど。」

「あのね、私はこの海を眺めながら小説を書き続けて、それをお金にしているんだけれど。」

「はい。」

「その景色の中に君が入ってきたわけだ。」

「すいません。」

「いいんだ。だから、そんな君を小説の主人公にして作品を作り上げて、今、それなりに売れている。映画化もドラマ化もきついとは思うけど、最近、都内でも有名な劇団がその作品を原作に演劇をやってくれることになったのだよ。行かないかね、少年。チケットが二枚なんだ。」

「行かない。」

「ポップコーンもあるぞ、あと、ほら、チキンナゲットの券も。あと、その後は遊園地に行こう。」

「行かない。」

「そんな頑なにならな。」

「行かない。」

 僕は静かにそのまま海を見続けた。

 お姉さんの方に顔を向けることもなかったし、微動だにしなかった。お姉さんの呼吸音だけがやけに夜の闇に飲まれていく。

 そのうち、後ろでカップルの声が聞こえたが、直ぐになくなってしまう。

 車が二台、バイクは一台だけ。

 ライトが海を照らして直ぐに消えた。

「僕がお姉さんに付き合ってくださいって言った時、お姉さんは何もしてくれなかったじゃないですか。今更なんですか。」

「年の差、とか、あるだろう。」

「じゃあ、もう構わないでください。」

「いいじゃないか。話しかけるくらい。」

「嫌です。二度と話しかけないでください。気色悪いです。」

「いや、だって。」

「ウザい。お姉さん、ウザいって。」

「子供じゃないんだから」

「どっか行けよババア。」

 すると。

 お姉さんは静かに歩いていって、海の中に入って行った。

 そのまま、髪の毛が波にさらわれるように動くと、体が完全に水面の下へと潜り込んでいく。

 それから十二秒間。

 きっかり十二秒間。

 僕はそれを見つめた。

 このあたりでは、低年齢の男の子が大好きで、その子にふられて腹いせに自殺してしまったお姉さんの霊が出る。

 いつも、出てくる。

 たぶん。

 僕は、その女の霊をふった男の子に姿形が似ているんだろう。

 だから、こうやってそのお姉さんの命日になると僕はここにきてその男の子として話を合わせてあげる。

 そして。

 ちゃんと自殺できるように手伝ってあげる。

「あぁ。彼女欲しいなぁ。」

 来年こそは、ここに愛する人を連れてきたいと思う。

 そして、ちゃんとお姉さんのことをふろうと思う。

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