8-44話 ドライング・クリムゾン

 ──加藤が地下格闘界最強と謳われていた最大の理由、それは主軸だと思われた『炎の力』ではなく日頃鍛えていただった。


 渾身の地響きで相手を怯ませてから正義の火柱を放つイラプション・スラム、これは2つの『力』を持つ加藤のとっておきの連携技だ。そもそも、ここまでのパワープレイをしてくるとは俺としても予想外だった。

 これで第1部隊の4人を死なない程度に焼きつくすが、あまりに熱すぎたため金田さざなみ公園に散らばってゆく。このせい上半身以外は凍結状態だった坪本の氷塊が溶けてしまい、特技のクレッセント・スラッシュで再度加藤を襲う。


「お前を自由の身にさせたのは俺自身の最後の『力』で始末するからだ」


 加藤がイラプション・スラムを使った真の理由……それは奴らを焼きつくすだけでなく、拡散した炎で坪本を溶かして自らの技でとどめを刺すことだった。

 加藤は炎と大地以外にも、武器として鎖鎌の扱いにも長けている。これほど高い戦闘力を持っていながらも、まだ見ぬ秘技を所持している時点で驚きだ。


「あの野郎こんなときに血迷ったか? せっかく俺と愛弥のおかげで坪本を凍らせたのに、自分からとどめを刺したいとかふざけるんじゃねぇ!」


 加藤の行動を見て大きな疑問を抱きながら本心が爆発し、さっきまでの疲労も吹き飛ばす勢いで再び坪本の方へと向かおうとする毅。気持ちはたしかに理解できるが、手柄を横取りすることが何より気に入らないことだろう。


「むきになるのは程ほどにしなさい毅さん、今の貴方の状態では坪本迅馬に跳ね返されるでしょう。加藤さんは戦っています、今は加藤さんを信じなさい」

「でもよ愛弥、ここで加藤がヘマしたら俺達のしたこと全てが水の泡になるんだぞ! だから俺は奴を……」


 まだ完全に回復していない毅を愛弥は止めようとするが、毅の心に余計火がつき再度戦おうと決意する。たしかに、クレイジー・スターダム・Fフリーズは愛弥との協力も得た捨て身の一撃でもあったから、己の強いプライドが傾いてしまう。


「毅、愛弥様! こんなときに限って仲間割れはいかんぞ!」

「半蔵!?」


 毅と愛弥が口論にならないうちに、刀梟隊最年長の半蔵さんが必死に止める。毅は満足しない顔をするが、長年半蔵さんに育てられたんだから言うことを聞けよ。


「我輩にはわかるぞ、加藤炎児に形勢逆転の必殺技があることを。大人しく彼のやりたいことを見たらどうかな?」

「半蔵殿……わたくしが隊長として無様な姿を見せて申し訳ありませんでした」


 半蔵さんは高齢がゆえに戦いこそできないが、その分数多くの能力者を過去に見てきている。加藤に関しても、まだ余力を残してるのを見抜くのはさすがのものだ。

 この立場では半蔵さんの方が隊長に見えてしまうな、もしくは愛弥のことをまだ16歳相当の少女としか見てないかだな。愛弥も隊長を背負ってる以上、左手を胸に秘めながら右手で半蔵さんに向けて敬礼をする。


「後はお前だけじゃぞ毅! お前はまた無理して仲間に迷惑をかけるつもりか?」

「ちっ……あんたが言うなら加藤を信じるか」


 毅は半蔵さんに返答する前に舌打ちをするが、本当にどうしようもない奴だな。これも毅の悪い癖かもしれないが、『わだつみ』のメンバーも毅がトラブルメーカーと認知してることを忘れるなよ。


「それはともかく、本当に加藤さんが危ない!」


 毅と愛弥が揉めてるあいだに、坪本のクレッセント・スラッシュが加藤の手前まで近づいてくる。しかし、加藤は一歩も動こうとせずに仁王立ちの構えに入っている。


「ジャイスさんからはお前を生かせと命じているが体が冷えきってるせいで俺様の気が変わった! 組織どうこう関係なくここであの世にいっちまえ!」

「ふっ、来いよ」


 凍結された鬱憤があるせいか、元々低めの知能がさらに低下している坪本。虹髑髏からは加藤は生け捕りにして送ると命じてるはずなのに、本来の坪本のやり方が前面に出る。

 一方の加藤は不適な微笑みを浮かべるが、どこにそんな余裕があるというんだ? それだけ、隠された第3の『力』から繰り出す技が本人も認めるすごい技なのか?


「俺のこの力強い拳でお前のような

を叩き潰したくてな! ドライング・クリムゾン!」


 加藤は技名を叫びつつ、仁王立ちをしながら体を大きく捻ろうとしている。坪本が近づいているというのに、ただ捻りながら構えてるだけで坪本を止められるのか?


「おいおい、何が飛び出すと思えば変なポーズとってるだけじゃねーかよバカが!? そんなに死にたかったらそのまま死ね」


 加藤を見て大したことないと呆れた坪本はすでに勝利を確信し、高笑いを取りながら顔面から先にクレッセント・スラッシュを向ける。しかし、加藤は緊迫した状況で1歩も動こうとしない。


「くたばるのはお前の方だ、1つの技しか使えない能なしが!」

「は?」


 クレッセント・スラッシュが迫るその時、とにかく溜めに溜め続けていた右腕を大きく伸ばしながら坪本に向ける。加藤はそのまま突進するかのように、衝撃派を放つかのような渾身の右ストレートで坪本ごと吹き飛ばそうとする。

 ただ、加藤はドライング・クリムゾンを放つ前に少し柄の悪い台詞を坪本に向ける。これが普段見せることのない加藤の本性なのか、それとも一種のきまぐれか。


「な……ぎゃああああ!」

「これでお前も終わりだ、坪本迅馬とやら」


 坪本の危険な刃より、加藤の唸る豪腕の方が勝るとはなんて破壊力だよ。大きく振りかぶった豪腕でたった一撃で吹っ飛ばすとは、ヘビー級プロボクサー並みの破壊力はあるな。

 最後は能力というより、自らが日頃鍛えていた自慢の腕の方が正しいかもしれないな。鉄拳制裁になったかもしれないが、炎と大地と鎖に頼らず拳で締めたのは加藤としても満足だろう。

 それでも、地下格闘界最強であることに恥じない爽快感溢れるとどめだった。これを見た限りでは能力者としてではなく、素手格闘もかなりの強者であることが明らかとなった瞬間でもあるな。


「ぐうう……この俺様がてめぇらなんかに何度も敗れるとは……俺様は令和に名を刻む大物になるんだ……」


 なんとか意識だけあるだけでほっとしたが、今度こそ坪本は戦闘不能だな。俺だって坪本は気に入らないが、うざったい意思だけは毅と加藤が継いでくれたからな。

 令和が始まってまだ2ヶ月ではあるが、被害者が増える前に坪本の野望だけは阻止できた。ただ、坪本と同じ思考を持つバカがこの先もごまんと出てきそうだし、坪本だけ捕まえてもまだうかうかできない。


「おい加藤、大丈夫か!?」

「少しやりすぎたか……自ら言うのもあれだがドライング・クリムゾンは、ただ、俺も令とやらや毅とやらと同じく全てを使い果たしてしまったか。俺の方から最後はやると言っておいたのに……久しぶりに無理しすぎた」


 本人の口からもドライング・クリムゾンは危険な技だと言うから、よほどのことでない限りは使用しない技であることは間違いない。まさに、ハイリスクハイリターンという言葉にピッタリな技であり、自身の肩に大きな損傷をもたらす技でもあった。

 毅も心配するなかで加藤は苦しみながら右腕を抱えているが、大技のイラプション・スラムとドライング・クリムゾンを短時間で使ったんだ。いくら実力者の加藤でも疲労を隠すことはできないし、今の状態では締めることは不可能だ。

 すると、加藤は自ら果たせなかった後始末をある人物に託して名指しで指名する。指名したのは、この場にいる仲間達も誰もが納得のいく人物だった。


「すまない愛弥とやら、最後は君に託した」

「わたくし……ですか?」


 加藤が指名したのは、遅れて金田さざなみ公園に参った愛弥だった。指名されたことにより少しは戸惑う愛弥だが、加藤に敬礼をしてから彼女の強い氷の闘争心がありふれていた。


「それでは貴方のお言葉に命じて、後始末はわたくしが致しましょう。出でよ、グレイシャル・ブイ!」


 突然の指名には驚いたもの、愛弥は右手を強く振りながら再び愛用する氷の剣グレイシャル・ブイが出現する。さっきは加藤のせいで暑くなっていたのに、また極寒地獄に逆戻りだな。

 所持するグレイシャル・ブイにもまだまだ隠し持っている剣技があるはずだ、戦闘能力に全て特化した愛弥の氷の制裁を遠慮なく見させていただくか──

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る