8-33話 激励のキスと叱り

 ──周りからすればご褒美としか思えない愛弥隊長の毅へのキスと叱り。これにより、毅はまた大きな進化を遂げる。


 和俊さんや大和田さんの加勢もあってか、坪本やスグル以外の第1部隊の3人をダウンさせる。一気に任務完了に近づいたが、刀梟隊の主軸を勤める毅は未だに戦意喪失中だ。


「今は貴方が必要です……ちゅっ」


 すると、愛弥隊長が半蔵さんと同じ一喝を入れるものだと思ったら、だった。あまりの出来事過ぎて、俺は両目を両手で隠してしまった。

 俺だって今の恋人菜瑠美に突然キスされたことはあるけどさ、あのときは助けたお礼と『力』を与えるためにキスだ。そもそも、生で他人のディープキスを見るのも人生初だし、いくら毅の状態関係なく公の場でやるものじゃない。


「隊長……今はいいとして、もし敵までガン見してたらどうするのですか?」

「愛弥様、その行為はけしからんですぞ!?」


 俺だけでない、他の男性陣もキスを見て興奮がさめやらない。いくら同じ刀梟隊である半蔵さんや和俊さんでさえも、隊員同士がキスをするなんて思ってもないだろう。

 和俊さんが指摘しているが、倒した奴らは未だに立ち上がれていないことが救いか。起き上がってまだキスなんてしてたら、それこそ一貫の終わりだ。


「二木愛弥さん、俺と同学年でありながらすごいことをしてる」

「愛弥とやら、外見と身分に反してセンシティブなことやるんだな」


 大和田さんや加藤も恋愛事情に興味あるか未知数ではあるが、この2人でさえも愛弥隊長と毅のキスを関心して見ている。そもそも、路上キスを行ってる時点で激レアだと俺は思うがな。


「んむ……くちゅ……ちゅる……」

「んんん!」


 駄目だこりゃ、男性陣からの聞く耳を持たずに愛弥隊長は毅への激しいキスを堪能している。

 もしかしてでもあるのか? 最初毅と会ったとき菜瑠美には無反応だったから、という見方だってある。


「敵もなんだけど、女性陣がいなくて助かった」 


 女性陣……特に30歳独身の柳先生がこのキスを見ていたら気絶しそうな予感がするな、あの歳で異性にキス経験なさそうに見えるし。既婚者の芳江さんやいきなり俺にキスをした菜瑠美は、たぶん問題なく見てそうだ。


「おーい影地!」

「え?」


 その声は桜井さん? さっきRARUが殺し損ねたと言ってたからどうなったか心配はしたが、無事であることだけはホッとした。

 ただし、いくらなんでもタイミングが悪すぎる。年齢もそこまで変わらない男女の路上キスなんて見られたら、大パニックになること間違いないから視界をそらしてほしい。


「桜井さん、君もいたのか」

「まあね、どうやら志野田の下衆野郎はここにいないようだなって……ななな、何やってんだよあの2人? まだ任務中なのに、公園でちゅーしてるし」


 宿敵RARUへの仇討ちをするべく、RARUがいるかどうか金田さざなみ公園を見渡す桜井さん。ただ、愛弥隊長と毅がキスしている場面をじっくり釘付けになってしまう。

 人のこと言える立場ではない……若い者同士のキスは正直俺も見てられないから、俺と桜井さんは愛弥隊長と毅のいる反対側に向いてこっそりと話し、ここは話題を変えるべきだ。


「実は桜井さん、これには深ーいがあってね。毅はある重い事情によって戦意喪失して、そこで刀梟隊の若き女隊長様が勇気づけるために大人のキスを自らの意思でしてるんだ」

「へぇー、さっきその隊長さんとはすれ違ったよ。天須と肩を並べる美少女であることに驚いてしまったが」


 なんだよ、桜井さんと愛弥隊長は顔見知りだったのかよ。でもどのタイミングで出会ったんだ……普通だったら柳先生達と一緒にいたはずだし。


「こっちも話せば長くなるんだけど、俺は柳先生達の了承を得て1人で志野田と戦いを挑んだ……負けちゃったけどね。柳先生達もそこで寝ている奴らと戦ってたはずだけど、まだここには来てないみたいだね」


 つまり、女性陣で行動してるときに第1部隊やRARUとすれ違って戦ったわけか。能力者でもないのに、悪女と戦おうと思った時点で勇敢だよ。


「それで、俺が志野田やられてる間に川間の兄ちゃんに助けられたんだ。俺達も金田さざなみ公園に向かうあいだに、隊長さんと知り合ったんだ」


 なるほどね、他の男性陣と合流できたのは和俊さんのおかげってわけね。同時に、刀梟隊の美少女隊長と出会えたというのも、桜井さんも刺激になったはずだ。


「おい令くん、桜井さん。2人の羨ましいことキスが終わったぞ」

「え?」

「ようやくか」


 和俊さんの指示により、俺と桜井さんは再び毅のいる方へと向いた。いくら同盟者とはいえ、他人のキスを見るのはテレビだけでたくさんだからな。


「……」


 どうしちゃったんだ毅……突然のキスを受けたせいで昇天しちゃったのか? 愛弥隊長も少し顔を赤くしながら、毅の顔を見続けている。


「おい愛弥! 令や加藤達も見てるというのに何しやがるんだお前!?」


 おっと、刀梟隊の王子様のお目覚めだが随分と機嫌が悪い。いきなりのキスだったし、それはそうなるよな。

 起きたばかりの毅は大声を放ち、愛弥隊長に向かって怒りだす上に右手で殴る構えをとる。


「毅さん……貴方はわたくしのみならず、令さんや炎児さんにも迷惑をかけたことをわかっていないのですか?」


 愛弥隊長だけでない……さっきまで共に戦った俺や加藤に対してもえらい迷惑をかけている。ま、自覚さえなかったらここで


「少しは自覚を持ちなさい毅さん! ジャイスの曾祖父に殺された貴方のお母様が天国で泣いていますよ。そして、ひ孫のジャイスに仇をとるのが貴方の最大の目的ではありませんか?」

「愛弥……」


 毅には母親を殺した人間への仇討ちという大きな目的があるが、殺害した張本人は既に他界して標的は自称IQ199の天才児のひ孫ジャイスへと変わった。

 たしかにさ、人間は悔しいときや落ち込むときはあるよ。でもそれを怒りに変えた方が、毅にとてはいい方向になるんじゃないのか?


「ったく、愛弥のせいで何もかもがぶっ飛んだ気分だぜ。んなことはわかってるし、奴らを早く拘束させるぞ」

「毅、お前って奴は色々と幸せ者だな」

「わかればいいのですよ、毅さん」


 愛弥隊長の言葉により、戦意喪失した毅は自我を取り戻す。お前がいるからこそ刀梟隊は成立している、俺はそう思う。

 これで戦力がまた1人復活した、もしも愛弥隊長がいなかったら本当に毅はこれでおわってたな。


「でもさみんな、浮かれてる場合じゃないよ。寝ていたあいつらが目覚めたよ」


 毅の大声のせいで目覚めたのかもしれないが、スグル以外の第1部隊と坪本が立ち上がった。桜井さんの指示に従い、俺達は再び戦闘体勢をとる。

 しかし俺や毅、加藤に愛弥隊長はまだ自慢の能力は使えない。こちら側の方が人数は多いもの、和俊さんと大和田さん頼りでは駄目だ。


「再会を喜んだり色々イチャイチャしたみたいだが、そんな長く続かないぜ」

「お、俺達はまだやれるぞ」

「そうだそうだ、第1部隊は不沈艦だぞ」


 男性陣や桜井さんと再会して間もないけど、今はうかうかしてられないな。不沈艦とかほざいてる奴らを懲らしめてから、今日木更津で起きたことを話しますかね。


「げへへわんころ、復活したみたいだな!」

「てめぇらもう容赦しないぞ、俺様はもう折れたりしない!」


 今のキーマンは間違いなく、2度目の完全復活を果たした毅だ。愛弥隊長に激励のキスを受けたんだから、刀梟隊の期待に添える活躍をするんだぞ──

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