4-6話 涙の意味
──令和が始まったばかりなのに、また1つ大きな宿命ができてしまったな。
菜瑠美に対して強い執着心を持つ、虹髑髏最低男暫定No.1のアナーロ。とにかく、奴はとてつもない変態野郎だった。
アナーロが菜瑠美に仕掛けた攻撃は、異能力ではなくセクハラ当然のベアハッグだった。この技を受けた菜瑠美にとっては、最悪の経験になっただろう。
「俺からしたら、やばいと思ったのはアナーロだけでない。あの姉妹もだ」
アナーロの部下にあたる姉妹コンビ、未衣と麻衣も凶悪な連中で、アナーロ同様非常に厄介だ。
姉妹の毒霧や息の合ったコンビネーション技で、この俺を苦しめた。正直言って、俺1人だけでは手に負えない姉妹だ。
奴らはまたどこかで、俺と菜瑠美の前で現れるはずだ。いくらアナーロが俺に興味ないと言われても、俺からすればアナーロの変態すぎる性格を成敗しなければならない。
「倒れてないで、今は菜瑠美が心配だ」
虹髑髏の一味が稲毛付近から去って数分が経過し、俺はまともに立つことができた。いつまでも外で寝そべってるわけにはいかないしな。
「うっ……うっ……」
菜瑠美は俺より先に立ってはいたが、下を見つめていた。アナーロに受けた心の深い傷は相当だからな。
それに、いつもより悲しい顔してるな。ここは1人でいさせた方がいいのかな?
「つかさ……」
菜瑠美が前を向きながら俺の名前を呼び、俺に近づいてくる。むしろ、そっちから来てくれた方が好都合だな。
「うっ……うぇーん」
「な、菜瑠美!?」
菜瑠美は突然、俺に泣きながら抱きついた。なんか、俺が菜瑠美を泣かせたように感じてしまう。
普段の菜瑠美は無表情で感情を出さないのに、こんな一面を見せたのは俺も驚いた。
今まで、菜瑠美の泣いてる姿は何度か見ている、気付けば2日連続だな。ただ、今の流している涙は過去に類を見ない数だ。
ハンカチは昨日使ってしまったし、ここは俺の服で涙を落とすか。
「つかさ……私怖かった……虹髑髏の新手があんなひどいことする変態だったなんて……うっ、ううっ」
あんなにアナーロを怖がるのも無理ないか。菜瑠美をただ狙うだけでなく、卑劣なセクハラを何度も受けたからな。
ここまで嫌がらせされたのも今までないと思うし、号泣するのも当然か。稲毛の空は晴天だというのに、俺だけは今大雨の気分だな。菜瑠美の大粒の涙だけで、こんなに服がずぶ濡れになるなんて。
菜瑠美は強く俺に抱きついているし、俺は肩を叩くことしか今できてない。こんな時は、何と菜瑠美に言ったらいいのか?
「菜瑠美、
「でもつかさ……ううっ……」
俺は菜瑠美の頭を撫でながら、厳しい言葉を発した。少しきつく言ったせいで、菜瑠美もなかなか涙がこぼれ落ちないな。
たしかに菜瑠美にとっては、恐怖のような出来事だったに違いない。でもその恐怖を乗り越えないと、アナーロに立ち向かうことは無理な話だ。
「せっかく菜瑠美の着てる可愛らしい服、奴のせいでボロボロになっているな」
「あなたのためだけにゴスロリを着たのに、すぐ汚れてしまうなんて……」
「おいおい、俺が汚したんじゃないんだぞ」
俺のためだけに着用したゴスロリ姿に何ヵ所か破けと汚れがあり、大切にしていた服がアナーロのせいで台無しだ。
「ここでずっと泣いてるわけにはいかないし、一旦ここから離れよう」
「はい……私も今日は、心を落ち着かせたいです」
本当だったら、今頃菜瑠美と千葉市で楽しいデートのつもりだったのにな。
気晴らしなのだから虹髑髏のことを忘れて、事件とレイラに首を突っ込まない方が正解だったかもしれないな。
◇◆◇
「予定が大きく変わったせいで、また今日もここにいるとはねぇ」
今日もまた、菜瑠美の家に泊まることになった。彼氏である以上、今は制服姿に着替えて寝そべっている菜瑠美を、何よりも心配した。
タクシーの中でも、菜瑠美はずっと俺に掛けずに、下をずっと見つめてたな。俺側も、なかなか菜瑠美に声を掛けられないまま、乗り過ごしていたな。
「つかさ……本当は言うだけで恐怖が甦ってしまいますが……アナーロはただ単に、私に対して抱きついただけではないと思います」
「どういうことだ?」
アナーロが菜瑠美に仕掛けたベアハッグは、明らかな痴漢行為だと思っていた。もしかしたら、ベアハッグに『STYLE-N』が眠っていたのか。
「確信的なことではないのですが、私はアナーロをここで捕まえたいために、『闇の力』を解放しようとしました。しかし、うまいように使えず、そのまま倒れてしまいました」
「つまり、アナーロには相手を抱きつくことで、その能力を一定時間使えなくするものなのか」
「そうかもしれません」
なかなか厄介な潜在能力を秘めてるな、抱きつくのは女性にしかやらなそうだけど。
レイラも関わってる、今回の一連の件は後で柳先生に報告だな。それに、アナーロも見た目だけは若い柳先生を狙いそうな感じもするし。
「つかさ……私、覚悟を決めました」
「覚悟?」
菜瑠美はベッドから立ち上がった、俺の顔を見つめながら何やら強い気持ちでいた。
「私、絶対アナーロを許さない! だから、私は能力者としてだけでなくメンタルも強くならないといけません」
「そうだな、俺も君を意地でも守る人間になりたい」
少し前まで泣いていたのが嘘のように、菜瑠美は必死な覚悟をして打倒アナーロを宣言した。
今日の菜瑠美は、アナーロに何度もひどいセクハラされたんだ。このままアナーロを見過ごすわけにはいかないだろう。
俺も今日は、全く活躍できないまま終わってしまった。本来なら菜瑠美を守るべき立場なのだが、姉妹に取り押さえられそのまま戦うことなく寝そべってただけだ。
「奴は今日で、2人の敵を作った」
俺自身にとっても、アナーロは許そうとは思わない。菜瑠美の彼氏の立場である俺が、興味ないままで終わらせてたまるか。
恋人の存在が、いかに重要なものなのかよくかったな。今日の俺は菜瑠美を守れないまま、やられてただけだ。今の菜瑠美を護れるのは俺だけなんだ。
「私に惚れたことを、後悔してほしいです」
俺と菜瑠美はまだまだ弱い存在だ。俺からすれば、より強い人間と特訓や模擬戦をすれば、アナーロ達に立ち向かえるはずだ。
俺と菜瑠美からすれば、令和は初日から幸先の悪いスタートになってしまった。しかし、1つの新たな目的が生まれたのは事実。
アナーロや未衣と麻衣の姉妹は、俺と菜瑠美の『力』で絶対捕まえてやる──
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