九 はんげしょうず
はんげしょうず
その日は、前日までグズグズと梅雨らしく降り続いていた雨が、からりと上がり、雨季には珍しく爽やかな風が吹いていた。
修行をはじめてから、雨の降っていない日は原付での出勤をやめ、朝晩走って通勤することにしていた。距離にして一駅半くらいなので、たいしたことはない。それに梅雨ももうすぐ開ける。
あれからずっと、軽い地震が全国で続いていた。東北での震災から何年かたち、目立った災害は数えるほどだったが、二年程前からちょくちょく地震や台風、洪水なんかはあったし、九州での震災は恐ろしいものだった。
それでも、最近の地震に比べれば局地的なものと云える。毘盧遮那仏の涙が盗まれて以降、あきらかに全国規模の災害が増えていると思われるのだ。
昨晩にも、小笠原諸島西方沖を震源とする日本全土にわたる広域な地震があり、大阪でも珍しく震度四を記録していた。
外壁からして恰好がよく、それはしゃれたマンションだった。思っていた団地のようなものとは違う。植え込みや簡単な流水で川まで再現してある庭を通って玄関に入る。
「こんないい物件が月二万って、そらおかしいですよね」
僕は両肩に機材をしょって、きょろきょろと見回す。なにかヒントになるものがないか探していた。
「そんなにきょろきょろしなくても、慣れればポイントは勝手に見えてきますよ」
葵さんはやさしく笑った。今日は黒の薄手の長袖Tシャツに黒のキュロットだ。下は黒のレギンスにヒールの高い黒のサンダルを履いている。黒のペディキュアが見えていて艶っぽい。いつもの黒の勾玉のピアスに加えて、黒の勾玉のネックレスもしている。これで黒が好きじゃないってどういうことだ。
「まぁ、初めはそうやってポイントを探していくもんですかね」
と、葵さんは付け加えた。ようするに、しっかりポイントを探せってことだと思う。
前を行く葵さんがオートロックの自動ドアの前でインターフォンを押した。
「加茂神社です~」
葵さんが相変わらず癒し効果のあるしっとりとした声でそう云うと、扉は左右に開いた。これも、ガラス一枚の扉とは違って、彫刻の施された木枠のついた豪華な扉だ。
もう一度部屋の扉の前でインターフォンを鳴らすと、雀ちゃんのお母さんが出てきてくれた。
「わざわざありがとうございます。汚いところですが」
「あっ」
僕は思わず声を出した。
葵さんも眼を丸くしてこちらを見た。いつだったか、自転車のかごに買い物をたくさん積んで参拝に来た女性だった。食べ盛りの子供は雀ちゃんだったのだ。最近離婚されたのもあっている。
「なんですか? やっぱりなんか憑いてます?」
雀ちゃんのお母さんはうしろを気にしながらそう聞いた。
僕はなんと返していいかわからず、「いえ」とだけ云った。
葵さんと玄関の中に入り、僕は霊能師らしくゆっくりとひととおり見回した。もちろん玄関の靴や下駄箱の様子、どんなものがインテリアに飾ってあるかなどもだ。
とても綺麗な家だった。下駄箱も豪華すぎず、壁と一体となって邪魔にもならず、廊下も黒っぽい濃い色のフローリングが敷かれ高級感がある。
葵さんは大げさに見回す僕を置いて、出されたスリッパをはいて中に入った。僕はあわてて追いかけた。
廊下の右手手前が雀ちゃんの部屋。右手奥がお母さんの部屋。左手に風呂とトイレ。左手奥にダイニングキッチン、正面から右手奥にかけてがリビング。ダイニングからリビングにかけて広いベランダがあり、景色が向こうまで見渡せる。
母子二人で住むにはもったいない。それは、僕でなくてもそう思うだろう。
まずダイニングのテーブルに座り事情を聴く。
キッチン側に雀ちゃん、お母さんが座り、ベランダ側に葵さんと僕が座った。
「はじめまして。私、高橋香波と申します。雀がお世話になっているようで、いつもありがとうございます」
お母さんは立ち上がって頭を下げた。同時に葵さんと僕も立ち上がった。
「こちらこそ。雀ちゃんにはいろいろ助けてもらったりしてます。私は加茂神社の葵しおりと申します。こちらが鴨野光琉です。今回は、鴨野から事情を聴かせていただきます。よろしくお願いします」
葵さんの話に合わせて頭を下げる。僕が話を聴くなんて聞いてないが、これも経験だ。僕は思い切って話をすすめた。
「それでは、順番にお話ししていただけますか?」
僕はテーブルに並べられた飲み物とおしぼりを見て、おしぼりで手を拭いた。
「あ、コーヒー冷めないうちに召し上がってくださいね」
香波さんはまずそう云って前置きした。
「ありがとうございます」
葵さんと僕はかるく会釈する。
「もうご存知かとも思うんですが、お恥ずかしい話で半年ほど前に離婚をしまして」
雀ちゃんは、親と一緒にいるのが居心地が悪いのか、ずっと下ばかり向いている。
「この子と二人で暮らすのに、いい物件はないかと探してましたら、たまたまこちらが空いてまして、月二万と云うものですから」
香波さんはそこで少し口ごもった。「おかしいと思わなかったのか?」などのこちらの気持ちを察しているようだ。
「もちろん、なにかいわくのある物件やろうとは思いました。
聞けば教えてくれるらしいんですけど、私もこの子も幽霊とか信じませんし、霊感もまったくありませんので、それで安いなら万々歳といった軽い気持ちで借りたんです。別にこんないい部屋でなくてもよかったんですけど」
おそらく親戚や身内にもいろいろ止められたのだろう。早口に話す様子にそれらがうかがえる。
「しばらくは、違和感もなく過ごしていたんですが、二週間ほどしたころから頭痛と、首を絞められるような感覚がしだして、金縛りって云うんですか? 生まれてはじめてかかりました。
あれってホンマに身体が動かんなるんですね。
誰かが上にまたがって、私の首を絞めるんです。それから、顔にポタポタと雫が落ちる感じがするんですが、あとで確認しても濡れてはないんですよ」
葵さんがこちらをちらっと見た。僕は聞かなければならないことがないか考える。
「離婚されるまでは、お仕事はなにかされてました?」
金縛りは、肉体的な疲労によるものも有り得る。それをふまえての質問だ。離婚前も仕事をされていたのなら、仕事の負担とは考えにくい。だが、離婚後仕事をはじめたのなら、それが原因で肉体的な疲労を起こしていることも考えられる。
葵さんはテーブルのコーヒーを「いただきます」と手に取り、満足そうにうなずく。僕は内心ほっとした。
「いや、離婚するまでは専業主婦でした。引越し後すぐ仕事を決めて、一番しんどかった時期かもしれません」
これで金縛りは肉体疲労の可能性が当てはまる。
「部屋の配置は今と同じですか?」
「はい。雀が手前で奥が私です」
香波さんはこちらの聞きたいことをスムーズに話してくれた。もし、霊的なことが原因なら、特定の部屋で起こることも多い。
「症状は今とそのころではどちらがひどいですか?」
うつむいて考える様子を見せた後、香波さんは答えた。
「症状自体は、鍼の先生のおかげで前よりだいぶ良くなっていると思います。ただ、何と云いますか、身体にのしかかるというか、なにか訴えようとしてる意志を感じるというか、以前よりそういう感じが強くなってきまして」
葵さんはまたこちらを横眼で見た。
「あの、高橋さんの外での人間関係なんかは、そののしかかる感じとリンクして変化があったりしてます?」
思い出しているようで、香波さんはしばらく考え込んだ。すぐに答えが出ないところも、ポイントの一つととらえていい。この場合、リンクするかどうかは別にしても、人間関係に変化があったのはほぼ間違いないと思われる。確認してみる。
「なにか変化あります?」
香波さん自身も納得がいかないといった表情で答えてくれた。
「そうですね、最近職場で配置換えがあったんですが、そう云えばそのころからそういう感じが強いように思います」
香波さんはどうして納得いかない顔をしているんだろう。今までの会話を振り返って考えながら次の質問をする。
「差支えなければ、どういったお仕事か教えていただけますか?」
「介護施設です」
この質問にはすぐに返事があった。
「配置換えがあってから、なにか特別印象に残っている出来事ってありますか?」
自分の中でものすごくよく考えて出した質問だった。香波さんがどうして納得のいかない顔をしてたのか、それを知りたかった。
案の定、香波さんは難しい顔をして返答に困っている。
「あの、関係ないとは思うんですけど……」
『関係ないと思うんですが』というフレーズは、ほぼ『これが関係あります』という言葉の裏返しのときがあると葵さんは云っていた。僕は息をのんで次の言葉を待つ。
「配置替えがあるので、それまで担当していた入居者様にあいさつに回ってたんです。そしたらある入居者様が、『もう殺してくれ』って云わはったんです。それが悲しくてかなしくて、もう眠れないくらいつらかったことがあります。それ以来ですかね」
僕はその回答に、期待していたものを得られず、ぜんぜん満足していなかった。正直なところ、まったくわからない。今度は僕が葵さんを横目で見た。
香波さんは僕らの様子には関心がないようでさらに続けて話をする。どうやら、配置替えが頻繁にあるようで、やっと慣れてきたのにまた配置替えだということで「せっかく高橋さんはよくしてくれるのに、また変な人にあたったら困る。もう生きてるのもしんどい。楽しみもない。いっそ殺してほしい」ということだった。
「雀ちゃんは、なんともないの?」
葵さんは、雀ちゃんに聞いた。
雀ちゃんも、最初に見たときより大人っぽくなった気がする。だまったまま首を縦に振った。
「ちゃんと返事しなさい」
香波さんは雀ちゃんの膝をたたいた。
そのあと、僕と葵さんは部屋中を見て回った。葵さんは、カメラを設置する場所も僕が決めていいと云った。
なんとなくだったが、僕ははじめから設置場所を決めていた。香波さんの部屋と風呂場だった。
「香波さん、美人ですもんね」
葵さんに耳元でそう云われるまで気付かなかったが、まるで香波さんの私生活を盗撮するようにも思える。
「いや、もちろん入浴中は切ってくださいね。機材の説明は後でさせてもらいます」
どぎまぎしながら香波さんに云った。
「一晩だけですから。明日回収に来ますんで」
云えば云うほど云い訳に聞こえ、香波さんにも葵さんにも笑われた。
「こんな若い子が盗撮してくれるんやったらしてほしいくらいやわ~」
そういって大笑いしてくれたのが救いだ。
そのあと、神社に帰り、反省会を開いた。
「当日無茶ぶりした割には、ものすごくよくできててびっくりしました!」
葵さんはそう云ってほめてくれた。質問の内容も、カメラの位置も合格をもらった。その言葉に僕はのぼせていた。『あたりまえやん!』という気持ちと、『よかった』というホッとした気持ちが入り混じってややこしい顔をしていたと思う。
いつものようにちゃぶ台に晩飯のコンビニ弁当を二つ並べ、それをつつきながら作戦会議をはじめる。
「それではおさらいしましょうか。
高橋さんは、半年前に離婚されて引越しされました。
二週間たったころから、頭痛と首を絞められるような感覚が出てきて、金縛りにあうようになったとのこと。
それまでは専業主婦で、働き始めて二週間と、一番つらい時期だったとおっしゃいました。これを考えると、金縛りも頭痛も、疲労、ストレスから来ている可能性は大いにあると思われます。
それから、その症状は鍼灸でましになったものの、なにか恨みの意志を感じるとのことでした」
僕は、頼まれたわけではないがメモをとる。
「お願いしていたことを報告してくれますか?」
葵さんは右手で弁当を持ち、から揚げを左手の箸でつまみながら僕に催促した。
「はい。あの部屋で過去に何かなかったか調べました。僕は部屋を借りた本人ではないので不動産屋では教えてくれないと思い、調べるのに苦労するかと予想してたんですが、おそるべしネット社会。検索すると、関連の掲示板が出てきました」
僕は得意になってカバンからプリントアウトした資料を取り出した。葵さんはとてもお行儀よく、ゆっくりと弁当を食べている。
「約十年前、まだ建てられて間もないころに、あの部屋で殺人事件が起こっています。
新婚の夫婦で、奥様が御病気で寝たきりだったそうですが、御主人が奥様に保険金をかけて首を絞めて殺害し、当時何週にもわたって繰り返し特集がくまれるなど、大々的に報道されています。
被害者の名前は、小林智子さん。末期のすい臓がんで、自宅でのターミナルケアを行っていたということです。
一つ疑問があるのは、放っておいてもいずれ死んでしまう奥さんを、なぜ旦那さんは殺したのかということですかね」
葵さんはもぐもぐと口を動かす。一口が小さく、一回の咀嚼が多い。草をはむ草食動物のようだ。
そのくせ、眼は肉食動物のように鋭い。
「私も覚えていますが、当時は、病気の奥様を、浮気の邪魔になって殺した極悪人として報道されてましたよね」
葵さんの云うのを聞いて、僕はすごく素朴な疑問を抱いた。これまで抱かなかった自分がおかしいと思う。当時九歳だった僕はもちろんこの事件を覚えていない。
「葵さんって、いくつなんですか?」
葵さんは、かわらずリスのようにから揚げをはみながら、トカゲのような冷たい目で僕を見た。
「女子に年を聞くのは失礼って教わりませんでしたか?」
有無を云わせない冷酷な口ぶりに黙るしかなかった。
「二十九です。この事件があったのが、私が十九のとき。光琉くんと同じ年の時です!」
葵さんは怒ったようにそう云ったが、僕はとても驚いていた。十歳も上にはどうしても見えない。年上だろうとは思っていたが、三つとか、多くても二十五より上には見えなかった。
その新鮮な驚きの表情は、葵さんにも伝わったようだ。
「ありがとうございます。よく十ほど若く見られます。じゃないと巫女なんてできませんしね」
と冗談っぽく笑った。
「ということは、今年三十ですよね」
僕は、若さもあって、何気なくいらぬ一言を放ってしまった。
「それで? 今後の対策は?」
葵さんの機嫌はあきらかに悪くなった。
「はい。香波さんも、場所はともかくこの事件はご存知でしょうから、それが潜在意識で残っているのかもしれません。
また、こちらで調べたところ、香波さんが離婚されたのも、御主人の浮気が原因と云うことですので、なにか通じるところがあったのかもしれません。
病気で苦しんだ挙句、信じていたご主人に殺された恨みと、自分の離婚を結びつけたのが原因と思われます。
ようするに香波さんは、殺人事件の被害者小林智子さんが旦那さんに殺されたことを心残りに成仏していないと思い込んでいるために、さまざまな症状を発症させていると考えられます」
葵さんはこちらを向いてニッコリと笑った。
「いいと思います」
そのあとすぐに顔色を変えた。
「ただ、香波さん、『もう殺してくれって云われたのが悲しくて』っておっしゃってましたよね。あれはどういう意味やろう……」
僕の質問の仕方が悪かっただけだろうと、僕はあんまり気にしてはいなかった。
「一生懸命接している人に、そんな風に云われたら、凹みますよね……」
香波さんはそのせいで体調を崩したのだろうか。
「もう一度、報道の内容を整理してもらえますか?」
葵さんは僕のつぶやきには答えずに、背筋を伸ばし、気を取り直してそう云った。
「はい。当時の報道によると、智子さんが亡くなる前に、保険金が釣り上げられていたというのは事実のようです。
また、旦那さんが、智子さんの友人である独身女性のマンションに頻繁に出入りしていたこと。
それから、婚活サイトや出会い系サイトに複数登録されていたこと。
こうした事実から、さきほど葵さんが云ったとおり、病気の奥様を、浮気の邪魔になって殺した極悪人として報道されたようです。
携帯電話も二台所持していたようで、一台はロックがされ、女性とのメールやそういったサイト用に使っていたということです」
葵さんと目線が合う。
「完全に黒ですよね」
つい、ため息交じりにそうこぼした。
帰る準備をして表に出る。僕は走って帰るので、靴ひもをしっかりと結びなおす。葵さんは黒のメットをかぶる。
「葵さん……」
「はい?」
僕は不安な気持ちを自然に口に出していた。
「昨日の地震……」
「あぁ! すごかったですよね! 私お風呂入ってて大変でした! 出ようかどうしようか、裸で逃げられへんし、めっちゃ考えましたよ一瞬で!」
コミカルに話す葵さんに癒される。想像して恥ずかしくなった。葵さんは小さいがスタイルがいい。
毘盧遮那仏の涙…… 関係ないですよね? ……
結局聞けはしなかった。
高橋家のリビングの大きなテレビにカメラをつなぎ、八倍速で暗視カメラの映像を確認する。
時間は七月一日の夜二十三時から翌二日の六時まで。
一本目の映像は香波さんの部屋だ。
「特になにも異常はないですね……」
「恥ずかしいわぁ」
香波さんも雀ちゃんも映像を見ている。
二十三時から、香波さんが就寝する一時までは、特にこれと云った異常は見られなかった。その後、三時前。香波さんの寝返りの回数が激増し、うなされはじめた。
ベッド周辺から、部屋の入口付近を何度かオーブが舞う。
「このマンション、めったに虫が入ることないんですけどね」
香波さんはオーブを見て云った。八倍速の暗視カメラの映像では、その浮遊物は羽虫に見える。
四時ごろ、今度は逆に気を失ったように香波さんは動かなくなり、オーブの姿も見られなくなった。
次に見た風呂場の映像には、入浴後しばらく、あきらかに水蒸気と思われるオーブが映りこんでいたが、ほかには特に異常はなく、退屈な時間だった。
最後にサーモグラフィを確認する。香波さんの部屋の三時ころ。香波さんが一番激しく寝返りをうっていた時間だ。
「高橋さん、この家、猫飼ってます?」
僕はなんとなく聞いてみた。
部屋全体は青。ベッドの上に横たわる香波さんは赤とか黄色とか体温を表している。その上に、不自然にこぶ状に赤い塊が乗っかっている瞬間がある。確かに猫が布団の中にいると云われれば納得するような物体だ。
暗視カメラの同時刻には映っていない。
「猫も犬も、動物は今は一切飼ってないですね」
香波さんは雀ちゃんを振り返って聞いた。
「雀! あんた勝手に猫飼ってないやろな!」
「そんなわけないやん!」
雀ちゃんは笑った。とても明るくていい家族なんだなと思った。
ふと横を見ると葵さんが青い顔をして冷や汗をかいている。
「どうしたんですか?」
「だからサーモ嫌なんですよ~。壊れてるんですかね」
そう云いながらサーモの機材を点検している。
もしかして。
僕はひとつの仮説を思いついた。もしかして、葵さんは幽霊が怖いんじゃないかと云う仮説だ。そう考えれば、かたくなに幽霊を否定する姿勢もわからないでもない。今までの言動もつじつまが合ってくる。
そしてその瞬間、とてつもなく葵さんがかわいく思えてしまう。
「高橋さん、『もう殺してくれって云われたのが悲しくて』っておっしゃってましたよね。あれはどういうことですか?」
葵さんは機材を片付けながら、香波さんに聞いた。サーモの件がよほど堪えたのか、声に力がない。
「やっぱり、認知やら脳梗塞やらがすすむと、もう殺してくれた方が楽やって云われる方がおられるんですよね」
葵さんの手が止まった。
「それにしても、これだけはっきりオーブやらサーモやら映ってたら、思い込ませるんは簡単ですね」
僕は二人になってから葵さんにそう聞いた。思い込ませるっていうより、完全に映ってる。僕は怖いというより機嫌がいい。とりあえず現時点で科学的に説明のしようのないものが、確実に映っている。
僕の部屋を一年映しても映らないであろうものが、殺人のあった部屋では一日で映ったのだ。これはなかなか覆せない事実だと思うのだが、それでも、だから幽霊ということではないことも確かだ。
「そうですね。明日のご祈祷も光琉くんにやってもらおうかな?」
僕は葵さんの返事に戸惑いつつ、やる気がふつふつとわいてきていた。
「任せてください!」
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