30.女奴隷とプラモデル
「『嗚呼、どうしても行ってしまわれるのですかウィジェット! この私を置いていくなんてひどい……。あなたと離れ離れになってしまうなんて、私イヤです!』」
「『アセンブラ……キミにはもっとふさわしい人がいるはずです。ボクは……キミの傍にいる資格はない……』」
「『資格なんて関係ありません! 私は、ただ……あなたとずっと一緒にいたいだけなのに!』」
……。
「『もうボクのことは忘れてください……これでお別れです……。あなたの人生に幸があらんことを』」
「『待って……ウィジェット……ウィジェットーッ!』」
……。
「アセンブラはウィジェットの背中に何度も呼びかけましたが、とうとう彼が振り返ることはありませんでした。ただ黙って歩いていき、その姿はやがて丘の向こうへと消えていきました。その瞬間、アセンブラは悲しみに耐えきれず、泣き出しました」
……。
「それから、ウィジェットの行方を知るものは誰もいませんでした。こうして、二人の恋は儚く散っていったのです。めでたしめでたし」
ちょっとまってちょっとまって。めでたいんかそれ? どう考えてもバッドエンドそのものやんけ。他人の不幸をめでたくして〆るとか悪趣味すぎません? せめてもうちょい明るい終わり方にしなよ。
「問題ありません。これはかつてヒロインに浮気された第三者の男性が語り部という設定なので」
何その新しいモノローグ形態。悲恋系だと思ってたのがざまぁ系に早変わりだよ。ジャンルまで変えるミスリードとは恐れ入るばかりだよ。
ってか語り部も語り部で、なんでその場にいるんだよ。何平然とモノローグ描写しちゃってんの? ストーカーか? ストーカーか? フラれて精神病んじゃった系か?
我が家の女奴隷、クローラ・クエリは物語を終えるとふぅ、と一息入れて肩の力を抜いた。かれこれもう一時間はやってるもんな。ちょっとした映画を見せられてた気分だ。
別に彼女は本を音読してたわけではないし、自作のシナリオを披露していたわけでもない。
ただちゃぶ台の上で、台本もなしに即興劇を演じてただけだ。
両手に持った、二体の「人形」を使って。
セリフに合わせて繊細に手足を動かしながら、せわしなくその物語の役を全て一人で担っていたのである。
そして演目も、女の子らしい恋愛劇。純粋な気持ちをぶつけ合う一組の男女の情熱な愛、そして悲しい別れ……。背景はいかにもありがちなものだが、演出やセリフ回しは凝っていてなかなかのものであった。
と、ここだけ聞けばまだ無邪気にお人形遊びをしているいたいけな少女、ということで済ませられるだろう。
だが。俺はどうしてもツッコまなければならなかった。
「あのさ」
「はい、何でしょうご主人様」
もう始めた直後から言ってもよかったのだが、せっかくクローラが一生懸命やってるのに茶々入れんのはよした方がいいだろうと思って、こうして最後まで付き合ったわけだ。
で、長々と鑑賞を終えた今。
俺はためにためてたそのツッコミを穏やかに、それでいて率直にクローラにぶつけるのだった。
「それガンプラでやる必要あるの?」
ウィジェット役:ガンタンク
アセンブラ役:アッガイ
そう、クローラが操っていたのは紛れもなく1/100スケールのガンプラであった。
なしてそげなものを用いているのか俺は問いたい、切に。
その見た目のせいで恋愛劇がもはや完全にビルドファイターズだよ。
百歩譲ってガンプラでやるとしても、せめてもうちょい機体のチョイスなんとかならなかったのか。もっとマシなのあるもんじゃないっすかね。
「でもお家にこれしか使えそうなものがなかったものですから」
うん、それはそうなんだけどさ。
だったらもうちょい人形に合わせた内容に変えるとかしてみてもいいと思うんだけど。っつっても、女の子にビームライフルの撃ち合い描写しろっていう方が無理があるか。
「『死ねぇぇぇぇウィジェット! 私を見捨てたお前に生きる資格はねえええええ!』 ちゅどーーーん!」
「無理矢理その演目で続けろって言ってんじゃねーべよ!」
ジャンルが変わりすぎててついてけねーよ。どの層にターゲット絞ってんだかまったく。
でもやってる彼女は、楽しそうに二体のガンプラを持ち上げて晴れやかな笑みを浮かべていた。セリフと表情が全く一致してない。こっわ。
「ですが、今更ですけどこの人形って不思議な造形をしていますよね……人型のキカイのようにも見えますが」
ガンタンクのキャタピラをちゃぶ台の上で動かしながらクローラはそう言う。
「ロボット。おっしゃる通り人型のキカイみたいなもんだ。もっともこれはその模型だけどな」
「もしかして、これってご主人様がお造りに?」
「あ、ああ。一応な」
答えた途端に、彼女は目を輝かせて俺に賞賛の言葉を浴びせてきた。
「すごいですご主人様! こんな精巧で独創性溢れるモノをお造りになられるなんてさすがですっ! このような特技もお持ちだったのですね! クローラはまた一つご主人様の新たな一面を見ることができて感激でございます!」
おっと、このままだとものすごい勘違いを生み出しそうだ。早いうちに誤解は解いておかないと。
「とはいっても、厳密には一から造ったわけじゃないんだけどね」
「? どういうことなのです?」
「確かに造ったのは俺だけど、『生み出した』わけじゃない。もともと材料から作り方まで全部用意されてるものを、俺が組み立てただけ」
「……?」
と言っても、言葉じゃ通じないだろ。まさか異世界にそんなものあるわけないだろうしなぁ。
俺は肩をすくめると、クローゼットを開いて中にあるものをくまなく漁った。まだ手を付けてないやつあったかな……。
「おっ、みっけ」
運良く奥の方に一つ残ってた。それを引っ張り出すと、付いていた埃を払いちゃぶ台の上に置く。
大きめの直方体の箱。表面には、今クローラが持っているのと同じようなロボットが、武器を手に宇宙を駆け巡るイラストが描かれている。
「これは……お人形さんの箱、です?」
「そ、ガンプラ。ガンダムっていうロボットのプラモデルだ」
「ぷら、もでる……」
俺は小首を傾げるクローラの前で、その箱を開封した。
中を確認するとまず組み立て説明書があり、その下には様々な細かいプラモのパーツがぎっしりと収まっていた。そんな光景を見てクローラは大興奮。
「わぁ……」
「これが材料一式。ここに入ってるものだけでさっきのプラモデルは完成する」
「え? これだけでですか!? これだけで、箱に描いてあるかっこいい人形が!?」
にわかには信じがたいといった表情で彼女は目を丸くした。
「えっと……何か工具とか、専用の設備とかも必要ない、と?」
「ないない。よくてニッパーが一つあればいいくらいかな。説明書にもそう書いてあるだろ」
「……ほんとですね」
一ページ目の「組み立てる前の準備」みたいな項目の記述を見て、ようやくクローラは納得したようだ。そのままペラペラとめくっていくと、今度は組み立て方のページだ。懇切丁寧な図解で初心者にもわかりやすく記されている。
「これらのパーツが……この箱に入ってるものなのです?」
「うん。しかもそれぞれ番号が割り振られてるから、どこでどの部品をどう組み合わせるのかが一目瞭然ってわけさ」
「つまり……最初から全て整った状態で、最後の完成までの手順に沿ってやるだけでできる、と?」
「そゆこと」
俺がうなずくと、クローラは放心したようにまた説明書へと目を落とし、溜息をつくように言った。
「異世界の工作とは、まこと不思議なものなのですね……。普通だったらまず最初に着想を練り、設計図を書き、材料を集め、工具を準備し、長い月日をかけて完成させていくものとばかり思っていたのですが……。これまでの情報からするに、『ぷらもでる』はそういったものと比べたら非常に簡単にできそうなものの気がします」
「ま、実際に一日もあればできるもんばっかだしな」
「やはりそうでしたか」
「それにこれは工作じゃないよ。ぶっちゃけただのホビー。趣味の範疇だ」
「しゅみ?」
片眉をひそめてクローラは復唱した。俺はクローラの隣に胡座をかくと、中のパーツの梱包材を開けていきながら話す。
「こうやってかっこいいロボットの模型を作って楽しむ。その工程然り、出来た後の鑑賞然り、そういうためのれっきとした娯楽のための……まぁ工作もどきみたいなもんかな」
もちろん難易度はピンキリだけどね。塗装とか溶接とか、中には本当に工業レベルでやるようなマニアもいるだろう。
だがほとんどの人は、所謂エンジョイ勢。コスパ重視で、それなりの出来栄えであれば満足するような奴ばっかじゃねーかなーとは思う。俺だってそのうちの一人だし。
「遊びの、ため? そんな……そんなことのためにわざわざ?」
そ ん な こ と。
はっきり言いますねアンタ。じゃあ何に使うものと思ってたのよ?
「それはもちろん、何か建物や大型のキカイ……もしくは土地を開拓して新しく居住区画を作る前などに、その完成予想図として作成して参考にするためです」
クローラは人差し指を立てながら解説を始めた。
「そうすれば事前に色々調整や修正、依頼者の要望どおりの実現が可能か、ということが簡単にシュミレートできるので。ワイヤードでは大体そのような使い方をされておりました」
「あ、ワイヤードにも模型自体はあったんだ」
「はい。そのために木彫りや石細工の職人さんなど、その手の技術をお持ちの方の需要は高かったのですよ」
要するにモックアップとか建築模型みたいな使われ方が一般的だったってわけか。この世界でももちろんそう言った目的で使用されることはある。
それ以外にも地球儀や原子モデル、人体模型など、実物を用意できないようなものを容易に可視化するためだったり。用途は本当に様々だ。
「ですです! なので、これも実際に本物を作るために使われたものだと思っていたのですが」
無理に決まってんだろリアルガンダムなんて。何事にも限界というもんはある。2003年に鉄腕アトムのアの字も実現しなかった時点でお察しなんだよ。
「そういうただ造って飾るだけのために手間をかける文化なんて……ちょっと信じがたいです」
その模型でさっきまで壮大な人形劇という遊びを繰り広げてた張本人が何言ってやがる。
ただ造って飾るだけのために手間をかけたって、同じことやってたボクのこともナチュラルにディスったな無礼者め。
俺は頭を掻くと、手でパーツをねじってフレームから切り離していく。ニッパーもいらないくらいだな、これ。
「クローラ、遊ぶ人って何を目的に遊んでんだと思う?」
「え? それは……ただの純粋に楽しむため、では?」
「まぁそれもそうなんだけど……別な言い方もできる」
「はい?」
「達成感が欲しい、ってね」
たっせいかん。タッセイカン。達成感。
言われてもピンとこないのか、ますます首を曲げる角度が直角に近づいていくクローラ女史。
「四苦八苦して、七転八倒して、その末に何かを成し遂げた、何かを完成させた。その時の喜びってひとしおだと思うんだよ。それを味わいたくてみんなやってるんだ」
「お言葉ですが……それなら別に『これ』でなくてもいいのでは?」
「それ言ったら趣味も遊びも全部意味がなくなるよ」
娯楽の殆どない世界では、労力というのは、実用性と生産性のある行いにのみ捧げられるべきという理念に囚われている。ワイヤードはその最もたる例だ。
こっちの世界だって、そういった時代を生きてきた老害共は、若者のやる趣味にあれこれケチを付けてくる。「そんなことに意味があるの?」って。
あるに決まってんだろ。あるから熱中してんだよ。あるから金を費やしてんだよ。あるから時間かけてんだよ。
他の誰かに利益をもたらさないものは全て意味を成さない、なんて暴論極まりない。自分が満足するためにやる。それだけだ。それの何が悪い。
「例え他人に理解されなくても、ただ造って飾るだけの行為でも……それをやり遂げたいって思う人は大勢いるんだよ。だからこれが売れてる」
「売れてる?」
「これだってれっきとした店で買う商品だ。プラモ好きの人のために、企業が設計し、パーツを造り、組み立て方まで用意して、売る。この箱に入ってるもんが全部自然に生み出されるわけじゃないことくらいわかるだろ?」
「あ……」
クローラはそこで気づいた。この世界の工作は簡単、などではなく、ただこれが「途中までやってある状態」というだけのことだと。
最初から全部やるんであれば、彼女の言う通りものすごい労力と時間が必要だろう。だが遊びにそこまでの手間はかけたくない。そこそこの作成の雰囲気が味わえればいい。そういった需要を叶えるのがプラモデルなんだ。
……ということを力説して聞かせたところで、クローラにはおそらく右の耳から左の耳へ筒抜けだろうしな。ここは実際にやらせてみせたほうがいいだろう。
「クローラ、これ、一緒に組み立ててみよーぜ」
「わ、私がですが?」
自分で自分を指さして、彼女は俺の申し出に驚いたように返した。
「ものは試しってやつさ。このレベルなら、一時間もかかんねーよ」
「わ、私などにできるでしょうか……?」
「さっき自分でワイヤードの工作よりは簡単だろー、とか言ってたじゃん。ならよゆーよゆー」
「た、確かに言いましたが、そもそも私は奴隷であってその手の仕事人では――」
「それは俺だって同じだよ。ただのしがない大学生だ。そんな人間でもできるんだからどうってことないよ」
しばらくクローラは渋っていたが、やがて「ご主人様の命なら」と協力してくれることになった。
さて、そんなわけで、ガンプラ作り開始だ。
○
二時間後。
「「できましたっ!」」
全てのパーツを組み合わせ、仕上げに各部位にシールを貼って、ようやく一体のプラモデルが形になった。
細かいパーツがどっかいったり、部品の番号を間違えたり、ニッパーで本体部分まで刃を入れちゃったりと、色々つまづいたが、なんとか完成まで漕ぎ着けた。いやーよかったよかった。
「すごい……かっこいいというか、美しいというか……言葉にできない出来栄えですね」
クローラはさっきまでの不信感はどこへやら、キラキラした目でじっくりとその機体を見つめる。
「この青い翼……金色の関節部分……それに両手に構えたこの銃……圧巻の一言とはこういうのを指すのでしょうか」
うっとりとした声で言いながら、彼女はそのガンプラで早速いろいろと試してみる。持ち上げたり、武器をもたせてみたり、ポーズを決めてみたり。すっかり虜になってしまったようだ。
頬杖をついてそんな様子を眺めながら、俺は小さく笑った。
「な、やってみれば結構面白いもんだろ?」
「は、はい。既に出来上がったもので遊ぶよりも、何倍も楽しいです! 達成感とは、このことだったのですね、ご主人様!」
満面の笑みでそう答える女奴隷。どうやらちゃんとわかってもらえたようだ。よかったよかった。
「遊びや趣味に生産性も実用性も関係ない……ただ純粋に自分が楽しみ、やり遂げることに意味がある……。私はワイヤードにいた頃は殆ど遊んだことなど無かったものですから……そういった観点でしかものを考えることができなかったんだと思います」
でもこの世界に生まれ変わってからは四六時中遊び放題プレイガールだったじゃねーか、とか言う無粋なツッコみは止めて差し上げろ。
彼女は今までノーテンキに遊び呆けていつつも、そういったところで色々思うところがあったんだよ。あったということにしとけよ。
「ですが、今日これを自分でやってみて、改めて実感しました。『ぷらもでる』って、素晴らしいですね!」
「……よかったね」
俺は彼女の頭に手を置いて、そこから首にかけて優しく撫でた。途端にクローラは猫のようにゴロゴロと喉を鳴らして甘えてくる。
「あの、ご主人様?」
「ん? どした?」
「少し……おねだりしてもいいですか」
おや、クローラにしては意外な申し出だ。今まで自分から何かして欲しいなんて今まで全然してこなかったからな。少なくともこういうふうに直接的に言ってきたのは今回が初めてな気がする。それほどここでの生活に慣れて、奴隷という自分から脱却できてきたってことだろう。素直にそれは嬉しい。
「いいよ、何?」
「クローラ……もっとぷらもでるを作ってみたいです!」
……Oh。
まさかネクストチャレンジ希望とは。これは俺も驚いた。一度作ったらそれで満足するものかと思ってたけど。
「今回は初回ということで、ご主人様にも手伝っていただきましたが、今度は私一人の力で完成させてみたいのです!」
「ほー」
なるほどね。向上心が芽生えたというやつか。結構ガンプラ作りがお気に召したようだ。何にせよ、挑戦してみるのは良いことだ。
「それに、先程の劇の続き……『寝取られSEED Destiny~淑女アセンブラの男鞍替え物語~』の第二章『鉄血の殴り合い宇宙』で登場する新たなキャラクターのための人形を用意しないといけませんし」
まさかの続編。驚愕のダブルオークアンタ。
ざまぁ系かと思いきやビッチがただ片っ端から男と寝てくだけの話だったとは。そりゃ殴り合いにもなるよ。そんなドロッドロな醜い争いにモビルスーツ投入すんなよ何やってんだミカ。
「はぁ……。まぁいいよ。じゃあ後で一緒に買い物に行こうか」
俺が半ば呆れ気味に了承すると、クローラの顔が雲一つ無い快晴に変わった。
「ありがとうございますっ! ご主人様!」
○
「さてっと、随分揃いましたね」
「……」
部屋の中にずらりとガンプラの箱が並べられているのを見て、クローラは満足そうに鼻息を噴出。
十年以上前のやつから、最近出たシリーズまで。三件くらい店をはしごして、クローラが目をつけたやつを買い物かごにホイホイぶっこんできた結果がこれである。しかももっと本格的にやりたい、ということで塗料やハンダゴテまで買ってしまった。
まるでおもちゃ屋のプラモデルコーナーを丸々切り出してきたような光景だ。ちなみに総額三万五千円くらい。ちょっと浪費しすぎかなと思ったが、今回は大目に見てやろう。
「なんなのだこれは……足の踏み場もないではないか」
ベッドに座ってジャンプを読んでいた我が家の女騎士、リファは鬱陶しげにそう言う。まぁ気持ちはわかるが、勘弁してやれ。せっかくクローラがやる気出してるんだから。
「さて、ではでは……早速始めましょう!」
ニッパーをパチパチ鳴らしながら、女奴隷は舌なめずりをして早速一体目の製作に取り掛かるのだった。
それから。
驚異的なスピードで彼女はガンプラを組み立てていった。恐ろしく速い作業、俺でなきゃ見逃しちゃうね。
相当集中してるのか、終始黙々と取り組んでいる。こっちが「休憩入れたら?」とか呼びかけても全く聞こえてない様子。完全に没頭してるな……。
でも、こんな姿初めて見たかも。もしかしてクローラって、案外こういうの向いてるタイプなんじゃないかな。今までも手先は器用だなと思う時は結構あったし。
俺はキッチンでコーヒーを淹れながらそんなことを思った。
のだが。
「……」
四体目を完成させて、五体目の組み立てに入ろうとしたところで、クローラの手を動かすスピードが明らかに落ちた。
疲れた……というわけではないようだ。だってその割には表情もなんだか気乗りしないような感じになってるのだから。
おいおいまさか……もう飽きたとか?
冗談じゃねぇよ。まだ十箱以上残ってんだぞ? 一朝一夕には無理にしても、買ったからにはちゃんと全部仕上げろよなー?
俺は彼女の隣にしゃがみ込むと、顔を覗き込みながら声をかけた。
「あのー? クローラ? 大丈夫?」
「ふぇ? あ、ご主人様……すみません、ちょっと考え事しておりまして」
「考えごと?」
俺が訊くと、彼女は小さく頷いた。
「ぷらもでるは……確かに面白いのですが、どうも引っかかる点があって」
「引っかかる? 何が?」
「用意されたパーツを、説明書に従って組み立てる。流れに沿っているだけで……なんというかその……えっとなんだっけ……そう! 『他人の敷いたレールを歩いている』ような感じがするのです」
キリッとした顔でクローラは俺の方を向いた。
つまりそれがなんか嫌だと? でも仕方ないじゃん。プラモってそういうもんだし、でないと完成しないし。
「いいえ。他人の意見に流され、自らの意思を捻じ曲げ、押し込める……それはワイヤード全国民が遵守すべき掟に違反します。私はこのぷらもでるを組み立てることで、知らず知らずのうちにこれの売り手の方達の思惑に嵌っていたのですよ!」
「は?」
「危ないところでした……このままでは私まで歪んだ政略のための道具に利用されてしまうところだったのですから。いくら奴隷とて、そのような悪しき企みに加担するわけには参りませんっ!」
なんでガンプラでそんな壮大な民主主義の話にまで発展してんの? プラモごときにそんな力があるならバンダイに就職した時点で人生の勝者だよ。世界の覇者だよ。
そして今まで普通に説明書通り作ってた俺はすでに奴等の奴隷かよ、またさりげなくディスりやがって。
「どーでもいいけど、これ全部無駄にする気だってんなら流石に怒るぞ」
「落ち着いてくださいご主人様。私が言っているのはあくまで『他人に流されるのはダメ』というだけです」
「じゃあどーするっつーんだよ」
「無論、他人に縛られないやり方でぷらもでるを完成させるのです?」
? どゆこと?
わけがわからず、事の真意を彼女に訊くと、当人はふふんと得意げに話し始めた。
「見ておわかりになりませんか? これだけある数々のぷらもでるのパーツ……今私達は無限の可能性を持っていると言っても過言ではありません。これらを使って組み立てていくのですよ」
キュピン、とそこでクローラの瞳が光った。
「私自身が考え出した設計で!」
「……オリジナル設計?」
「はい! 説明書通りに組み上げたものは、誰が作っても同じものですが。私自身が考えて作ったものは、この世に二つと無い、唯一の作品! そう、組み立て説明書はいわばこのクローラの頭脳なのです!」
人差し指でこめかみをつつきながら、彼女は力説を続ける。
「そうすればきっと普通に作るよりも何倍も楽しく、また作り上げた時の達成感もひときわ高いものになるはずです! どうです? 素敵だと思いませんか、ご主人様!」
「うーん……」
わかるようなわからないような。
俺自身はそういう試みはしたこと無いけど、この手の通の人ってのはそーゆーこともやるもんなのかねぇ?
「そうと決まれば早速計画変更! もう私に誰かが作ったレシピなど必要ありません!」
ビリビリ、とクローラは見ていた組み立て書を破り捨てた。あーあ、やっちまったよ。もうこりゃ何を言っても無駄のようだ。ここはおとなしく静観するとするか。
俺はベッドに腰掛けて、リファと一緒に漫画を読むことにした。
さてさて、どんな未知なるモビルスーツがこの世に産声を上げるのやら。
今、彼女の腕がまさに試されようとしていた。
クローラはニッパーを構え、目の前の部品の数々と相まみえる。そして目を見開き、声高々に宣言した。
「さぁ、私のプラモスピリットを見せてやりますっ!」
○
翌日
「『くそう、この私が……こんな人間ごときに負けるとは……世界征服はもう間近だったというのに!』」
「『お前の野望もここで終わりだ、クローラ博士の実験が失敗したことで生まれたできそこないの合成獣、ズゴックダブルオージムバルバドスプロヴィデンスゲルググサイコジオングボールトールギスカオスジムZZ!! お前はこの勇者ウィジェットが倒す! 喰らえ!』」
「『ぎゃあああああああああああ』どがちゃーーん!」
……。
「えー、っと……渾身の必殺技で合成獣は倒されて、もう跡形もないくらいにバラバラになりました。こうして世界に平和が訪れたのです」
平和がもたらしたもの一覧
・かけた金全部が水の泡
・部屋がゴミ屋敷
・ハンダゴテで壁や床が焦げまくる。
・塗料(油性)ぶちまけ。
「ぎ、犠牲は大きかったですが、終わりよければすべてよしです。めでたしめでたし。」
「……」
「あ! でもでも、その合成獣開発者のクローラ博士は、特に何のお咎めもなく無事に釈放されたそうです! 第二章『鉄血の殴り合い宇宙』完!」
「言いたいことはそれだけか?」
第三章「お仕置きエンドレスワルツ」に続く(続かない)
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