14.女騎士と女奴隷とおつかい(後編)

「ふっ、私を敵に回すとどうなるか思い知らせてやろう」

「あんまり奴隷だからってなめないでくださいよ……ワイヤードで『主人殺し』がどれぐらい起きているか騎士の方ならご存知のはずです」


 舌なめずりをし、腰に下げた100均ソードの柄に手をかけてリファは言った。

 対峙するクローラも、肩のホルスターから大口径のモデルガンを引き抜いている。

 おいおいおい、いくらおもちゃだからってこんな衆人環視の中でバトルおっぱじめるつもりかよ。下手すりゃ警察呼ばれて二人仲良く事情聴取なんてことになりかねないぞ。

 さっきからタイミング逃しっぱなしだけど、今度こそ出ていって止めなければ。これ以上好き勝手やらせる訳にはいかない!

 そう思って一歩脚を踏み込んだその時である。


「合意と見てよろしいですね!!」


 二人の間に割って入ってそう高らかに声を上げた者がいた。

 ウェーブのかかった茶髪をポニーテールにして、チャラい格好に身を包んだ若い女。

 ハッと気付いて俺は横を見たが、そこにいるはずの尾行仲間は既に消えていた。ホいつの間に!

 異世界人二人は目を細めて、いきなり乱入してきたそいつの名前を呼ぶ。 


「渚殿……」

「生米さん……」


 おさげを解き、メガネを外して変装を解除していた渚は汚い笑みを浮かべると、腰に手を当てた。


「二人共いいねぇ、その身体から溢れんばかりの闘争心。アーマードコアの新作が出るのもそう遠くないかもよ」

「渚殿、すまないが邪魔をしないでもらえないか。これは私とクローラの闘いだ。騎士の勝負事に余計な手出しは無用」

「別に茶々入れに来たんじゃないし。そうカッカしなさんな」


 少々威圧気味なリファの言葉にも臆することなく、彼女はヘラヘラしながら言う。


「でもさ、勝負には必ずルールがいるわけじゃん。それってもう決めてんの?」

「……それは」

「そんなおもちゃでドンパチしたって、ありきたりすぎてつまんないしお互い納得しないでしょ。ダメダメそんなんじゃ。やるならもっと徹底的にやんなくちゃ」


 あの野郎、余計に煽ってんじゃねぇよ。ますます仲裁しにくくなっただろうがぁ……!


「徹底的にって……具体的にはどうすれば?」

「そんなん決まってんじゃん」


 鼻で笑うと、渚は左手の人差し指を一本立てた。


「まず、事の発端はこの商店街がクソかサイコーかってことで揉めたことなんでしょ。で、それを互いに証明して相手に理解させるってのが目的。なら勝負方法はそのまんまそれを採用すればいい」

「……この期に及んで話し合いで、とか言うのではなかろうな」

「話し合い……まぁ突き詰めて考えればそうなるけど、でもそんな生易しいもんじゃないよ」


 にい、と口の端を吊り上げてギャルは笑った。


「これからやる勝負、名付けて『ロンパーゲーム』!」

「ろんぱぁ………」

「げぇむ?」


 リファもクローラも、そしてその場にいたギャラリー全員が小首をかしげた。


「ルールは簡単。相手を論破……つまり敵の主張をいかに多く打ち破れるか。またはいかに反論を許さずに言い負かすかの戦いだよ」

「討論のようなものか」

「そゆこと。肉体じゃなく、論述で敵をぶちのめす。どう、面白そーでしょ」

「ふん、舌戦など騎士の私には性に合わんが……それもまた一興か」

「く、クローラは非力ですけど……そういう勝負ならどんとこいです!」  

「はいけってーい! じゃあ早速始めようか! ほら、荷物は持っといてあげるから、お互い準備して」


 嬉々として渚は言うと、二人の買い物袋を預かり、対戦の用意を着々と進めた。

 そして。

 その小規模商店街のど真ん中。二人の異世界人は向かい合って立つ。

 見物客達も徐々に増え、そこは簡易なコロシアムと化す。

 だが、これから行われるのはただの弁論大会。口だけでやいのやいのと喚き立てるだけで、最悪ただの罵り合いにしかならない。

 どういうことかというと、絵面が地味すぎて迫力に欠ける。両者が纏うその迫力とオーラには、お世辞にも似つかわしくない。

 そんなものを長々描写するのも退屈なので、少々誇大表現を用いさせてもらおう。小説って便利。

 ここから先は、あくまで二人の戦いに合わせたイメージなのであしからず。


 ○


「では双方準備が整ったところで、いよいよ決闘開始です!」


 テンションアゲアゲで渚はそう宣言した。

 瞬間。リファとクローラの前に、半透明の板のようなものが数枚現れる。

 長方形で、大きさは畳一枚分くらいか。まるで内側に立つ対戦者を守る盾のように構えている。


「今、お互いの前に存在するこのカード達は相手を論破するための『お題』だよ!」


 ちんぷんかんぷんな観客達にわかりやすいように渚審判は説明を始めた。


「攻撃側はこのカードの内容タマを相手にぶつけていく。迎撃側はもし自分の持ち弾にそれに対応した論述があれば、それを使って『反論』できる。攻撃側ももちろん、カードがあれば更に反論を繰り返していくことができるよ」

反論できカードがなくなった時点で終わり、ということか」

「そのとーり。これは相手を貫く弾丸でもあれば、自らを守るシールドでもある。現時点では今リファっちとクロちゃんが用意したカードしかないけど、新しいお題を思いつけばどんどんストックされていくから」


 ターン制ではなくノンストップのリアルタイムバトル。

 相手を攻撃しつつ、常に新しいお題をチャージしていかなくちゃいけない。一分一秒が命取りになりかねない戦いだな。


「そうか、だいたいわかった。早速始めよう。もたもたすることもない」

「ですね」


 一通りルールを聞いた後、バキボキと指を鳴らしながらリファとクローラは臨戦態勢に入った。

 いよいよ対決が始まる。果たして勝つのはどちらなのか。

 リファか。クローラか。ラブコメ特有の決着つかずオチか。

 渚はそっと右手を掲げ、開始の合図をしようとする。


「ではこれより、『スーパーと商店街便利なのはどっちだ』について、ロンパーゲームを開始します! ロボトルぅぅぅーーー! ファイト!!」


 ツッコミどころしかない宣言が下され、審判の腕が振り降ろされた。


「私からいきます!」

「ふっ、よかろう」


 初手攻撃の権利はクローラの手に。

 彼女は宙に浮く巨大カードの中の一枚を指差して叫んだ。


「お題オープン!」


 すると半透明だったカードが眩しく発光し始めた。思わずその場にいた全員が手で顔を遮ったり目をつぶったりする。

 数秒後に光が収まった時、そのカードには先程とは違って色彩豊かなイラストが描かれていた。

 小売業の店先で、女性客が店主と思しき男性と楽しそうに話している絵。その上には千円札や百円硬貨のイメージが載っている。

 買い物客に、店員に、金……。一体これは何を表しているんだ……?


「『フレンドディスカウント』!」


 クローラが放った謎の言葉に、誰もが眉をひそめる。


「この市場に存在する暗黙のシステム。お店の人と仲良くなったり、気に入ってもらえたりした場合、通常より少ない金額で物を買うことができるのですっ!」


 勝手に命名してんじゃねぇよ。

 誰もがそう思った。


「交流を深めるだけでコストダウンに繋がる。私もつい先程、お肉屋さんに値引きしてもらいました! でも、スーパーはいわゆる『かいしゃ』が経営するもの。その末端にすぎない店員さんが価格を変える権利は当然ない。これぞ商店街にしかない便利なところですっ!!」


 バシュッ!!

 言った途端に、カードが再び発光し、大きな音を立てる。

 次の瞬間、カードが光の球体へとその形を変えた。それはノーモーションかつ猛スピードで、怨敵であるリファへと突進していく。

 さながら相手を射抜く弾丸。こんなものを食らったらひとたまりもない!

 しかし、そのターゲット本人は不敵な笑みを崩さない。終始余裕のある表情を浮かべている。

 そしてその弾丸がとうとう自分を貫くという直前になって、彼女はようやくアクションを起こした。


「笑止!!」


 そう声高々に咆哮すると、今度はリファの持ち札が輝き始めた。

 先ほどとと同じように、半透明のそれにイラストが浮かび上がる。

 そこに描かれていたのは………。


「反論、『特売のチラシ』ッ!!」

「なん……ですって」


 クローラの目が引きつり、見物客がどよめく。


「ディスカウント制がスーパーに取り入れられてないとでも思ったのか。甘い。甘すぎる。とくと見よ、この力を!」


 リファは両手を広げて、既に勝利を確信したような口調で続けた。


「私達が普段利用しているスーパーは、定期的にこの特売という大規模なディスカウントイベントを開催している。いつもの値段よりも大幅に安く入手することが可能になるのだ。しかも、その対象に店員との交流の有無は含まない! 誰でも、平等にその恩恵を受けることができる!」

「そ、そんなものが……」


 クローラは一歩後ずさって恐れおののいた。

 リファよりも外に出る頻度が少ないクローラにとっては気づきにくいポイントだ。


「ふん、驚くのはまだ早い。本当の力はこの『チラシ』というものにある」

「ちら……し」

「これは各地の家に無料で届けられるもの。そこにはいつ特売をやり、どの商品がどれくらい安くなるのかが明確に記されているのだ。これで事前に情報を知っておけば、イベントを逃すこともないというわけだ」


 そこでリファは人差し指をクローラに突きつけ、牙を剥く。


「結論! 店員に媚を売らねばならず、なおかつその確実性すら保証されない不安定な値引きシステムなどより、スーパーの特売のほうが断然便利で安全である!! 論破ぁ!」


 バシュッ!!!

 リファのカードが光る弾に変形。自分に向かってくるクローラのそれに真正面からぶつかった。

 今の勝負では、どう考えてもリファの意見の方が頷ける。つまりそれは、反撃成功を意味する。

 クローラの一撃は雲散霧消。いや、砕け散ったという方が正しいか。だが、女騎士の弾は止まらない。そのまま目にも留まらぬ速さで女奴隷へと突き進む。

 そして激しい爆発音。拡散する爆風。


「きゃあああああああっ!!」



 クローラの身体は吹っ飛んだ。

 宙を舞い。数回地面をバウンドしてうつ伏せに倒れる。これは痛い。


「ヒーット! クロちゃんにダメージ入りましたぁ! リファっち華麗な反撃お見事!」

「当然だ」


 ふふん、とリファは鼻を鳴らして審判の賞賛に応える。

 反対にクローラの方は、手をついてよろよろと起き上がっている最中だった。


「くっ……スーパーのチラシですか……私としたことが、迂闊でした」

「マスターはいつもこれを見て買い物に出かけていたぞ。そんなことも知らんとは……奴隷が聞いて呆れるな」

「うっ」


 以前にも、「奴隷でありながら俺のことを全然知らない」ということで悩んでいたクローラにはキツイ追い討ちであった。

 だが、勝負はまだ始まったばかりだ。


「今度は私がいかせてもらうぞ。お題オープン」


 再びリファの別のカードが光り出す。


「次に私が示すのは……『スーパーのレジ』!!」


 その名の通り、スーパーでの精算の様子が描かれたイラストがカードに浮かび上がった。

 次第に観客のざわめきが大きくなっていく。


「さっきも少し触れたが、これぞスーパーの利便性の真骨頂とも言えるもの。自分で好きなものを好きなだけ選び、レジに持っていくだけで全て片付く。わかるか、たった一台のキカイで精算ができる。かつてのコンバータのようにな!」


 コンバータ。

 ワイヤードにあったとされるキカイ。要は自動販売機のようなもので、元素封入器エレメントを支払えば、その場で自動で物を生成してくれるスグレモノだ。

 もっとも、それによって人手が要らなくなることを危惧した労働者達の猛反発にあい、すぐに廃れたらしい。


「このように文明の器ではあるが、この世界にとってはもはや『あって当たり前のもの』だ。それすら満足に導入されていないこの商店街に勝ち目などない! 論破っ!!」


 リファの合図とともに、カードが今度は拡散する光弾となってクローラに襲いかかる。次また食らったらひとたまりもないぞ。


「っ! させません!」


 攻撃が直撃する寸前で、クローラが叫び、カードを発動させる。


「反論! 『何買えばいいかわかんない問題』っ!!」


 そのまんまやないかい。

 誰もがそう思った。


「私は今日、お魚屋さんやお肉屋さんで最初迷いました。ご主人様がお言いつけになった品が店先のどれにあるかわからなかったからです!」

「……」

「ですが、メモを見せてと言われて、そこ書いてあるものを店員さんはすぐに見つけて渡してくださいました! 例え客が困っていても、こんな風に助けてくれる優しさがあります!」


 女奴隷は口元に滲む血を手の甲で拭き取り、なおも続ける。


「対してすーぱーの人は、ほとんどがその『れじ』で突っ立ってるだけ! 困ってそうな人がいても決して助けてはくれません!」


 それなー。と見物人達の何人かが腕を組んで頷いている。

 うん、まぁそれは俺もわかる。話しかけづらいよねー、ああいうとこって。


「たとえれじが無くたって、そこには代わりに人の心の暖かさが残ってるんです! それは十分にれじ以上の便利さをもたらしてくれるんです! 論破!」


 その言葉とともに、クローラのカードが光弾――ではなく、薄く伸縮し、大きなドーム状のバリアとなってクローラを包み込んだ。

 それはリファの放った散弾を防ぎ、更なる彼女へのダメージを軽減した。

 もう一度言おう、軽減した。0にしたわけじゃない。バリアは1秒と待たずに半分砕け、クローラは残った攻撃をいくつか受けてしまった。


「くぅっ……」


 吹っ飛びこそしないものの、先程の被害と相まって満身創痍の状態。

 一体何故? 論破は失敗したのか?


「論述が完全じゃないからですよ。確かにクロちゃんの言ってることは『何買えばいいかわかんない』人には有効的かもしれない。でもそうじゃない人にとっては、リファっちの『レジの利便性』に対しての反論になってない」

「なるほどなー。通りで……。ってか」

「ん?」

「審判がこんなとこで何やってんだ」


 そう。クソギャルこと木村渚が、しれっと俺の横で冷静に解説役にジョブチェンジをかましていた。

 なんで煽るだけ煽ってこっち戻ってくんだよ。せめて実況やれや。


「いやぁー観客があまりにも盛り上がってるもんだからさぁ」

「じゃあなおさら自分の役職全うしろよ」

「何言ってんすか、こんだけ盛り上がってるときたらやることは一つしかないっしょ」


 と言って、渚は人差指と親指で輪っかを作り、意地の悪い笑い顔で言った。


「いっつトトカルチョたぁいむ♥」


 汚いなさすが渚汚い。

 大仰なこと言ってバトらせたのはこのためか。通りで観客も見入ってるわけだよ畜生。

 ギャルはメモ帳と紙幣をポケットから取り出して、俺に擦り寄ってくる。


「喧嘩があったら漁夫の利狙っとくのはこの世界の常識っすよセンパァイ」

「何だお前、異世界人だったのか?」

「で、どうするんすか? 早くしないと戦い終わっちゃうっすよ」


 ったく、こいつは……。

 俺は肩を竦めてため息を吐き……財布を取り出す。


「レートは?」

「クロちゃん1,3倍、リファっち810倍」

「リファに2万」

「うっわー、仮にも自分の同居人で賭け事やるとかサイッテー。見損ないましたよセンパイ」

「放火魔に火事場泥棒を咎められてる気分だ」


 ドガンッ!!

 そんな応酬を交わしている間にまた論破が成立したようだ。

 轟音を立てて攻撃を食らったのは、やはりクローラ。バリアは今の一撃で完全に崩壊してしまっている。

 一体どんな追撃をしたのか。


「『何買えばいいかわからん問題』……だったか? そんな問題に、スーパーが何の対処もしてないと思うか」


 リファは涼しい顔で倒れ伏すクローラを見下しながら言う。


「教えておいてやろう。お前と一緒に行った時は気づかんかったかもだがな。スーパーの商品には、それぞれ置いてある棚や入れ物に商品名と値段がきっちりと表示されているのだ。あとはそれと買うものリストと見比べるだけでいい。目当ての商品がどれだか迷うことなどほぼありえん」

「……っ」

「お前の言っている『店員の優しさ』も、裏を返せばいちいち店員に聞かなくてはならんということ。ただの二度手間にすぎん」 

「……」

「勝負あったな。もうお前に反撃の手立てはない」


 確かに、見るとクローラにはもうカードが残っていない。お題が尽きたようだ。

 背を向け、一方的に勝利宣言をしようとするリファ。だが、それをクローラの呻くような言葉が止めた。


「まだ……です」


 彼女はなおも起き上がり、続行を訴えていた。


「クローラはまだ、負けてません!」

「しつこい奴だ……。潔く負けを認めれば良いものを」


 女騎士の侮蔑の眼差しにも臆せず、クローラは泣き叫ぶように言った。


「お題チャージ!」


 その時。がら空きだった彼女の前に光り輝く一枚のカードが現れた。

 何か思いついたという合図。その様子にリファも、ギャラリーも驚きを禁じ得なかった。


「これで決めます! カードオープン!」


 その輝くカードの表面に現れたお題を見て、俺は息を呑んだ。

 あれは……!


「私の切り札『商店街スタンプカード』」!」


 いやお前のでも切り札でもないから。

 誰もがそう思った。


「スタンプカード……だと?」


 リファは片眉をひそめ、そのカードを凝視する。


「さっきお魚屋さんでもらったんです。このしょうてんがいのうちいずれかのお店でお買い物をすれば、500円につきスタンプが1個貰えるのです!」

「……」

「そしてっ! このスタンプカードの上限、20個に達した途端……このカードは500円分の商品券として使うことができるのです!」 


 カッ! 

 カードが光り、変形。大きな球体となったそれは、一気に圧縮されるようにサイズを縮めていく。

 質量保存の法則をまるで無視した変形の先に行き着いたものは……。

 ただの、弾丸だった。親指大の、実銃で使うものと同じくらいの大きさ。

 クローラはそこで肩のホルスターからモデルガンを引き抜き、弾倉を引き抜いてその光の弾丸を込める。

 スライドを引き、リロード完了。これであとは引き金を引くだけ。


「これこそ、このしょうてんがいにしかない……この場所の真価……。今までの、客と店との繋がりを大事にしようとする取り組みから生まれた……ここにしかない文化……。これが、しょうてんがいの『いいところ』ですっ! 論破!」


 轟音がして、弾丸が射出された。

 クローラ渾身の一撃。背水の陣とも言えるべき状況で繰り出したそれは的確にリファの眉間を狙っていた。

 まさかの逆転か……?

 と、思われたが。

 現実は非情である。リファは口角を吊り上げて笑った。


「反論、チャージ」


 刹那。彼女の目の前に、壁が立ちふさがった。


「まさかそんな隠し玉を持っているとは思わなかったが……生憎だったな。底知れぬ絶望の淵へ沈めぇ!」


 リファは指を鳴らし、カードを発動。

 そこに徐々に浮き出るそのイラストは……!


「『ポイントカード』。残念だが、こちら側にもそういうアイテムは存在するのだよ」

「そんな……」


 クローラの表情が、まさに絶望の淵へ沈んだようになる。


「お前は言った。500円につき一つスタンプがもらえると。だがこれは……10円につき1ポイントが貰えるのだ!」

「じゅう……えん……ですって?」

「そして、溜めたポイントを、1ポイント1円としていつでも使用することが可能! スタンプが貯まるのを待つ必要もない。故に利便性ではこちらが圧倒的に上!」

「あ……あ……」

「さらに! コンボ反論!」


 リファの叫びに呼応するかのように、既にセットされていたもう一枚のカードが発動した。

 カードイラストは、日本地図。何を指し示しているのかはこれだけでは意味不明だが、一連の流れを目の当たりにしていた俺達はすぐにわかった。


「『全国チェーン展開』。スーパーは一箇所だけでなく、この国の至る所に点在する。私やマスターがいつも行ってるところの他にも、沢山あるのだ。沢山な」

「……」

「そして、このポイントカードは……そのすべての店舗で使用することができる!」

「すべての、店舗……」

「そう。どこで買い物をしてもポイントは貯まる。そしてどこでもポイントは使える。……これを便利と言わずしてなんと言う?」


 リファは腰から100均ソードを引き抜き、頭上に掲げた。

 彼女が展開した二枚のカードが光のエネルギー体となって、その剣に纏い付いた。


「スタンプカードとやらは、スタンプが貯まったところで、使えるのはこの場所だけ。だが、こちらのポイントカードの使える範囲は無限大! いつでもどこでも、自由に使える! 結論、スーパーは何から何まで商店街の上をゆく、究極の店である! 論破ぁぁぁ!」


 怒号とともに、剣が振り下ろされた。

 光の力を宿したその剣からは、この試合最大級の火力を持つ一撃が溢れ出した。 

 クローラは……それを黙って見ていることしかできなかった。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 「論破」された彼女は、悲痛な叫び声をあげながらその場に倒れた。

 一瞬の静寂。

 そして歓声。


「すげぇぇぇ! 地味だけどすげぇぇぇ!」

「なんか通販番組見てるみたいだったけどすげぇぇぇ!」

「スーパーってすげぇぇぇ!(in 商店街)」

「掛け金で俺大儲けだすげぇぇぇ!!」


 そんな沸き立つ観客たちの声などさして興味が無いと言ったように、リファ女史は乱れた髪を手でかきあげた。


「貴様の負けだ。クローラ」

「うっ……うっ……」


 クローラは腕で目を覆って嗚咽を漏らしている。相当悔しかったらしい。

 だが慰めるような真似は、リファは一切しなかった。


「なぜそこまでしてこの商店街をかばう? 一度しか来たことのないこの場所を」

「……だって、今のままでもいいじゃないですか……ぐす」


 涙声でクローラは言う。


「ワイヤードでよく見た光景……。こういう雰囲気だって私は好きなんですよ? 不便だって、他にいいところはあるし……。リファさんは、どうしてそこまでなんでも切り捨てようとするんですか……どうして……」

「ここで生きていくためだ」  


 バッサリとリファは切り捨てた。

 その言葉に、クローラの嗚咽が止む。 


「どういう……意味ですか」

「私達はもうワイヤードの人間ではない。この世界の人間だ。だから今色々文化を学んでいる。だがそれだけじゃダメなのだよ」

「え?」

「私達も変わらないとダメなんだ。ただひたすら『こんなものがある、すごい』と驚くだけで終わっている。それではいつまでたっても中身が成長しない」

「……」

「ワイヤードに比べて、この世界は何もかも非常に進んでいる。だが正しくは『進み続けている』んだ。常に新しいものへ変化していく。この商店街も、昔は発展していたが、やがて時が経つにつれスーパーが幅を利かせる時代にシフトしていったのだろう」


 剣を鞘に収め、その場にしゃがみ込むとリファはクローラの顔を覗き込んだ。


「私達はその『流れ』に乗らなければならない。そうでいなくては、新しい文化を覚えた所で、いずれは取り残されていってしまう。今はマスターがいるからこそなんとかなっているが、それがいつまでも続く保証はない」

「そんなのいやです……クローラは変わりたくありません……」


 またクローラの目尻に涙が浮かんだ。

 見てらんねぇ、今度こそ止めに入ろう。

 だが、この行動も第三者によって阻まれることになる。


「そこまで!」


 年のいった男の声。一体誰だろう。

 その場にいた全員が、声のした方を向いた。

 そこにいたのは、厳格そうな爺さんだった。年齢は70くらい。杖をつきながら二人の元までやってくる。


「もうよかろう。これ以上無意味に争うことはない」

「何だ貴様は」


 年功序列など関係なしに、女騎士は喧嘩腰でそう言った。

 対する爺さんも、さして気にしてないというふうに続けた。


「わしはこの商店街の会長を務めておるものじゃ」

「かいちょう……?」


 おうふ。マジかよ。まさかのヘッド来ちゃったよ。ていうか今の戦い見てたのかよ。

 やべぇな、ってことはこのお方の前で、

 勝手に喧嘩始める&商店街ディスる&賭博開催&何だ貴様は 

 をやっちゃってたわけだ。死ぬわ俺ら。


「なるほど、ここの長が直々に出向いてくるとは……そんなにスーパーに負けたのが我慢ならんか?」


 やめてーリファちゃんもうやめてー。頼むから野に咲く花のように黙っていてお願いマイメロディ。

 会長さんはくっくっくっ、と余裕綽々とした顔で笑い飛ばした。


「なぁに、別にわしはどちらの側というわけではないぞ」

「白々しい嘘を……」

「嘘ではない。何故なら……」


 そこで片目をつむり、会長さんはニヤリとして言った。


「わしはかつてこの近所のスーパーの店長も務めておったからな」

「!」


 マジでか。意外な経歴の持ち主もいるもんだ。リファもその事実には少なからず驚いたようで、しばらく目をパチクリさせていた。


「……スーパーの長だったのに、今は何故こんな所で」

「ふむ。一番の理由は定年退職だが……あえてひとつ付け足すなら……」


 会長さん&元店長は感慨深そうに告げた。


「ここを必要とする人がいたから、かな」

「必要とする人?」

「そう。前まではわしも君と同じ、スーパーがあればこんな場所などあるだけ無駄だと思ったもんじゃ。いつまでも無理に残し続けるよりも、更地にして新しいチェーン店舗でも建てればいいとさえ考えた。じゃがそれは大きな間違いじゃった」

「……?」

「無理に誰かが残し続けてるんじゃない。皆の需要があるから残っとるんじゃ」

「じゅよう……」


 リファが繰り返したその言葉にじいさんは頷いた。


「それなりの客が来て、続けていけるだけの利益が出ているからこそ、どの店も今も元気に経営しておる。つまり、スーパーよりもここの方がいいという者もいるということじゃ。そちらのお嬢さんのようにな」

「……え?」 


 自分のことを言われたクローラは、そっと上半身を起こして彼を見た。


「本当にこの世に不必要なものは、誰が気づくでもなく自然に消えてゆく。もちろん、この商店街も、十年後二十年後はどうなってるかわからん。だが今は違う」

「……詭弁だ」

「果たしてそうかな? それに、君が盲信しているスーパーとて例外ではないぞ」

「何?」

「スーパーが繁盛しているのも、そこに来る客のおかげ。それがいなくなれば、そこもまた同じ運命を辿るのじゃ」

「……それは」


 言葉に詰まったリファは下唇を噛んだ。

 じいさんは目を伏せて、静かに続ける。


「それに、わしの勤めてたスーパー、去年に潰れたしな」

「は!? な、なぜ!?」

「君が言っていた『流れ』に取り残された、とでも言っておこうか」

「それって……」

「君たちは宅配便を利用したことがあるかね。まぁあるだろうけども」


 ないです。

 と、補足しようとしたがじいさんは使ってる前提で話を進める。


「最近は通販でなんでも欲しいものが手に入る。わざわざ店に出向かずとも、ネットでワンクリックすれば次の日にはすぐ家に届く」

「つう……はん」

「それに比べれば、スーパーも商店街も似たり寄ったり……。そっちのほうを利用する人が多いせいか、近年は、『実店舗』というのは徐々にではあるが、縮小傾向にあるんじゃよ」

「おじいさんのスーパーも、その『つうはん』の影響を受けたわけですか」

「まぁそれが直接の原因かはわからんがね。しかし、今この国の買い物のスタイルが変化してきていることは確かだ。もしかしたら、今君らがやっている『お使い』も、必要とされなくなる日が来るやもしれんな」

「……」

「だがそれは所詮『いつか』の話。今はこうして、商店街も、スーパーも、通販も、どれも健在じゃ。どれも等しく必要とする人がいる。それならば、今それを無理に変える必要はないと思わんかね」


 リファは返す言葉がないのか、押し黙ってしまった。

 時代の流れは確かにある。だがそれは一人の力でどうにかするもんじゃない。

 大勢の人達が、それも無意識に作り出すものなんだ。それを早めることも止めることも、誰にもできはしない。


「変化を急ぐ必要はない……」

「だけど、変化を止めることもない……」

「そう。大切なのは、お互いの価値観を尊重しあうことじゃ。どこにでもそれぞれの良さがある。良いか悪いかは、決して便利か不便か、新しいか古いかでわけられるものではないぞ」


 そこでじいさんはニカっと銀歯を出して笑い、言った。


「はい、論破」


 リファもクローラもそれを聞いた途端、してやられたというようにがっくりとうなだれた。

 こりゃ一本取られたな、と思いながら俺は肩を竦めた。


「リファさん……」

「クローラ」


「あ」

「う」


 何かを言おうとしてハモった二人は、恥ずかしそうにもじもじとしていたが、やがてまた同時に言った。


「ごめんなさい」

「すまん」


 まさか相手も同じ行動をしてくるとは思わなかったのか、少し驚いた様子。

 でも、その後の会話がよりスムーズになったのは確かだ。


「あの私、怖かったんだと思います。いろんなことが変わっていくのは、きっと何かを失うこともあるんじゃないかって。クローラは今が一番幸せですから……それが終わってしまうのは嫌だったんです。でも違いました」


 クローラは目を閉じて自分の胸に手を置きながら言った。


「それはリファさんの言う『流れ』に乗り切れてないからだと思うんです。そういう意味では、私達は確かに変わっていく必要があるのかもしれません」

「……ああ」


 それを聞いたリファは静かにそう答え、彼女の手を握って立ち上がらせた。


「私も……間違っていた。変わっていくために、不必要なものを切り捨てれば先へ進めると思っていた。だがそれは全くの無意味。本当の変化など訪れはしない。私もまた、『流れ』に乗り切れないどころか、理解すらできていない未熟者だったということだ」

「……」

「だから、今後は互いのことをもっと知っていこう。私やお前が、ここで生きていくために」

「……リファさん」


 そう呟いたクローラの目尻にまた大粒の涙が生まれ始めた。

 そして。


「うぇぇぇぇん!! リファさぁぁぁぁぁん!」

「うわっ! な、なんで泣くんだそこで!」

「だって、だってぇぇぇぇぇ!」

「まったく、しょうがない奴だ……」


 リファの胸に顔を埋めて泣きじゃくるクローラを、じいさんを始めとする見物人達は微笑ましく見つめていた。

 そして、いつからかパチパチと小さな拍手まで巻き起こる。時折ヤジや口笛まで飛び交う。

 なんか感動映画のフィナーレみたいになってるけど、なんだこれ。


「勝者はまさかの乱入者、ってとこっすかね。ちょっとつまんないけど」


 ペンで耳の裏を掻きながら渚がつまらなそうに言った。

 こいつはこいつでブレねぇなぁ。


「トトカルチョの儲けはナシになっちゃいましたけど、いいものは見られたんで良しとしますか」

「なんだよ、いいものって――」

「あー、そこにいたか!」


 俺が渚に訊こうとしたのにかぶさるように誰かが俺達を呼んだ。

 誰かと思えば、さっきの八百屋のおっさんだ。切羽詰まった表情で、誰かを探しているようだった。

 その視線の向く先は、商店街の中央でいい雰囲気になっている女子二人。


「あちゃ、ちょっと取り込み中かな」

「どったのおっちゃん?」


 渚が何気なく尋ねると、オヤジは苦笑いしながら、


「いやぁ、あのパツキンのねーちゃん、さっきうちに寄ってくれたんだけどよ。その時に豆腐屋はどこだって訊かれたんだが、ちょっと教える場所間違えちまってね」

「はぁ」

「豆腐屋は田中さんじゃなくて中山さんちだったわ。いやぁ迷っただろうなぁ、あの娘」


 コイツぶっ殺していいかな。

 商店街は潰れなくていいけどこいつは今すぐ擦り潰されろ。マジ。


「つぅわけでお詫びにほれ、油揚げと豆腐買っといた。あとおまけで、適当にうちの野菜をな」


 と言って、オヤジはビニル袋を俺達に見せた。

 中には確かに油揚げと豆腐。そして白菜と春菊とネギとえのきが入っている。

 ……リスト通り。ドンピシャじゃねーか。


「でも、まだ渡せそうにないから、待っとくか」

「じゃあ、あたしが届けておいてあげるっすよ」

「本当か!? いや悪いな。じゃあこれ、重いから気ぃつけてな。あと、あのねーちゃんには一言ごめんって言っておいてくれ!」


 言うだけ言ってオヤジはさっさと戻っていった。

 まぁ最後の最後で詫びたから許してやるとするか。

 俺はもう一度、リファとクローラを見つめると、そっと踵を返して立ち去ろうとした。


「あ、センパイもう帰るんすか?」

「ああ。もう心配はいらなそうだからな。先に家であいつらを待ってるよ」 

「あっそ。お疲れ様っす」


 おざなりな挨拶を済ませ、俺と渚はそこで解散することにした。

 が。 


「センパイ!」


 渚が後ろから俺に呼びかけた。

 足を止めて振り返ると、渚が無表情でこちらを見つめてきている。

 いつものヘラヘラしたものではなく、そこはかとなく不気味な感じがする表情だった。


「センパイ、センパイはどっちがいいと思います?」

「どっちって何が?」



「変化を追い求めるか、それとも今の現実を続けるか」



 ……。

 何を言い出すかと思えば。

 俺は鼻で笑い、手をひらひらと振りながら彼女に背を向け、言った。

 答えなんて、考えるまでもない。




「知るか」




 ○


 その日の夕方。

 もう太陽も西に傾き始めた頃。


「ただいま」

「もどりましたです」


 お使い組二人は無事帰還を果たした。

 ベッドの上で漫画を読んでいた俺は、彼女らを見て一言。


「遅かったね」

「「あぅ」」


 両方申し訳なさそうに頭を下げた。

 ここまで遅くなった事情はもうわかっているので、あえて深くは問い詰めないでおくことにしよう。


「ま、なにはともあれお疲れ様。どうだったよ。はじめてのおつかいは」

「あ、うむ! すごく刺激的だったぞ」

「はい。なんかもう……言葉にできないです、ハイ」


 でしょーよ。あれを語るなら一分やそこらじゃ終わらねぇ。

 と俺はそう心の中で呟いた。


「なぁ、マスター。一つ訊いてもいいか?」

「ん? なんだよ?」


 リファはスカートの裾を軽く握りしめながら、挙動不審な感じで質問してきた。


「なぜ、スーパーではなく、あの商店街に行けと私達に言ったんだ?」

「……」


 俺は漫画を閉じ、ちゃぶ台の上に放り投げると、ベッドから立ち上がった。

 そして窓の外の夕焼けを眺めながら答える。


「対話のため。かな」

「たいわ?」

「です?」


 小首を傾げる二人に俺は喋り続けた。


「この世界で一番大切なものの一つ。それは人との関わり。人間は一人じゃ生きていけない。誰かと協力しあって生きてるんだ」

「それが?」

「誰かと協力……関わりを持つには、対話が必要不可欠なんだ。でも、それをお前らは転生して以降まともにしてこなかった」


 二人は顔を見合わせて、またフクロウみたいに首を傾げる。


「ご主人様。私達は毎日ご主人様とお話していますよ?」

「そうだぞ。それに、子どもじゃないんだから人との対話くらい普通にできる」

「それはどうかな」


 俺は言って、ちゃぶ台の前に腰を下ろし、二人にも座るよう指示する。


「転生前は、騎士と奴隷。対話の相手は、部下か、主人か。どっちにせよ、威張るかへりくだるかのどっちかだったんじゃないか?」

「……それは、否定はしないが」

「この世界では誰もが平等だ。人を下に見たり、媚びるような真似は良くない」

「でも、ご主人様は私達と対等に接してくださいます! それで――」

「そう。ここに来て二人は大分身分の壁を感じずに話せるようにはなった。でもそれは――俺が相手の時だけだ」


 言った途端に、二人は苦い表情をした。

 事実。今までリファやクローラが俺以外の誰かと話す時は、ぎこちなかったり噛み合ってなかったりしたことがほとんどだ。


「生きていくためには、もっと沢山の人と繋がっていかなくちゃいけない。そのためには少しずつでもいい、色んな人と話していくことが重要だ」

「それはわかるが……それと商店街と何の関係が?」

「わからないか? 今日は二人共――結構お店の人達と色々お話したんじゃない?」

「「!」」


 これこそ商店街に二人を向かわせた理由。

 スーパーでただ商品を買うだけなら、最悪何も喋らなくてもできる。

 買い物を通して、人ときちんと会話する能力を身に着けてほしい。そう思ったからである。

 売り手と買い手という関係を築く、もっとも身近な行為。会話の練習にはうってつけなのである。


「そうだったのか……そういう目的で……」

「気づかなかったです」

「無理に意識する必要はないよ。自然に話せるようになるのが最終目標だからさ」


 現に、もう俺相手であればマスターできてるわけだし。これからも人と打ち解けていくのにそう時間はかからないんじゃないだろうか。


「ありがとうマスター。私達はまた大切なことを学んだ」

「ですです。これからも、クローラ達は頑張ってこの世界に馴染んでみせます!」

「ん。いい意気込みだ」


 そう言うと、俺は立ち上がって台所に向かう。そろそろメシの支度をしなくちゃ。

 すると不意にクローラが俺のシャツの裾を引っ張ってきた。


「あの、ご主人様……」

「あん?」

「ご主人様は……変わってしまいませんよね?」

「え?」


 俺が聞き返すと、あたふたと女奴隷は慌てふためいた。


「い、いえ! あの……今日、学んだんです。この世の色んなものは常に変化していくって。それはいいんですけど、もしかしたら……ご主人様や、この三人の生活も、変わっていってしまうと思うと……」

「クローラ……」

「それだけは嫌なんです。クローラはこの暮らしだけはこのままでいたいのです! わがままを承知の上ですが……でも、これだけはずっと続いてほしいと思っています」


 ……。

 やれやれ。

 俺はため息を吐くと、彼女の頭をくしゃくしゃとなでた。


「変わんねぇよ。今も、これからも」

「ご主人様……」

「確かに世界は常に変化する。もちろん俺だって、どうなるかわからない。だけど、もしそうなったら」

「私達もそれに合わせて変わっていけばいい。だろ?」


 言葉の続きをリファが代弁した。


「私はマスターの自宅警備隊だ。マスターや世界がどんなに変わってしまおうと、私は一生ついていくぞ」

「そっか」

「そ、それでしたら私も! ご主人様にこの身朽ちるまでお供いたしますです!」

「ああ、よろしく」


 ポンポン、と俺は笑いながら二人の頭を軽く叩いた。

 そう、誰かが変わってしまうのが嫌なら、それと同じように変わり続けていけばいい。

 『流れ』を共にすれば、きっといつまでも一緒にいられるはずだ。

 そしていつかはきっと……。


「さ、辛気臭い話はこの辺にしよう。ご飯の支度するから手伝ってくれ。今日はごちそうだぞ」

「馳走!? ほんとか!」

「ああ、二人共今日は頑張ってくれたからご褒美だ。何ができるかはお楽しみ」

「ありがとうございますご主人様! クローラ嬉しいです!」


 生前の身分も忘れて嬉しそうに飛び跳ねる二人。

 それを見てると、こっちもなんだか嬉しくなってくるな。


「よし、早速作るか。じゃあ食材出して」

「へ?」


 俺が彼女らに言うと、二人はキョトンとしたまま硬直した。

 ? どうしたんだ?


「しょく、ざい?」

「うん、食材。今日買ってきてもらったやつ。あれ使うから持ってきて」

「え?」

「え? だから買い物袋」

「ん?」

「あれ?」

「は?」


 ……え?



 ●


 その頃

 Twitterにて 


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 なぎさ☆ @naginagi_angel


 夕食なう! 豪勢にすき焼き!

 実は材料一式 た だ で 手に入っちゃって、まぢテンションMAXで食べてる\(^o^)/

 肉もいいの使ってるし、野菜も新鮮だしでサイコー

 いやー、今日のあたしは間違いなく勝ち組だわー、なんてね(笑)

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