10.女騎士と女奴隷と深夜食堂

 やぁ諸君、ごきげんよう。

 私だ。リファレンス・ルマナ・ビューアだ。


 帝国・ワイヤード騎士団元兵長。

 わけあって元いた世界で死んでしまい、この「にほん」という国に転生。

 今では、同居人であるマスターの自宅警備隊を務めている。

 彼は転生したばかりで右も左も分からない私にあれこれ教えてくれる、頼もしい主だ。

 慣れない暮らしに今でも苦労はしているが、なんとか毎日を過ごしている。


 さて、今日も熱心に自宅警備の任務をこなしたところで、一日が終わる。

 夕飯を食べ、風呂に入り、床につく。

 部屋の明かりが消え、就寝時間。

 温かいベッドで、朝までぐっすりと疲れを癒やす。


 ……というのが表向きの生活サイクル。


 だが私の一日はここからはじまると言っても過言ではない。

 皆が寝静まった頃、私はベッドから這い出た。

 ん? 眠らないのか、だと?

 生憎、ここに来てからはどうも消灯時間を過ぎても寝付けないのだ。

 ワイヤードにいた頃は、日が暮れてから長い時間起きていることはなかったんだが。


 推測するに、それはこの自宅警備という仕事の内容に起因するのだと思う。

 騎士団時代は毎日激しい訓練と任務、そして戦いに身を投じていた。

 しかし、この国は平和そのもの。

 今まで戦争や武力抗争が勃発したなんて情報は耳にもしないし、見たこともない。

 ワイヤードなら既に2,3回くらい起きているはずなのに。

 したがって、ただ単にマスターの自宅を見張り、たまに家事を手伝うといったことしかしない。

 運動も欠かさずやってはいるが、それでも全体的な体力の消費量の差は歴然だ。

 今までベッドに入ればすぐ眠れていたのは、日々の仕事に疲弊していたからこそ。

 こんな生ぬるい作業をこなしていても、これまでどおり就寝するのは些か難しい話である。


 というわけで、眠れない時は何をして過ごそうかと思い、色々試してきた。


 1つ。マスターのくれた「すまほ」で遊ぶ。

 →暗いところでやると目が悪くなるから、と就寝時間中は没収されることに。


 2つ。外を放浪する。

 →心配するから、と夜間外出は基本禁止に。


 3つ目が……今まさにやろうとしていることだ。

 それは……。


「ふふん♪」


 私が今立っている場所、台所で行うことだ。

 諸君は「夜食テロ」という言葉を存じているだろうか。

 私もつい最近知った言葉だが、これの被害を受けたことはある。

 それも、「夜中にうまそうな料理の絵を見たり話を聞いたりすると、強烈な空腹感に襲われる」というもの……らしい。

 マスターの家には「まんが」と呼ばれる書物がたくさんあり、その中には料理を題材にした作品も多い。

 私も特にそれらを気に入ってしまったせいか、あの書物に描かれたメシの数々が頭から離れなくなってしまった。

 日中であれば、食事の時間でそれは満たされる。

 しかし夜間となると、夕食から次の朝の朝食までの長い間、その「夜食テロ」に苛まれることになる。

 調べると「テロ」というのは強襲、破壊活動、反逆行為を指すという。

 ならば、当然騎士であるこの私が立ち上がらんわけにはいくまい。

 一刻も早く満腹になって、この事態を解決せねば。


 台所に侵入し、明かりをつける。ここまでは順調。


「さて、今宵は何を作ろうか」


 そうつぶやきながら「れいぞうこ」の扉を開ける。

 これは食物を貯蔵しておくための倉庫のようなものだ。

 ワイヤードでは保存するためには焼いたり干し物にしたりする必要があった。

 だがこれを使えば必ずしもその必要はなく、ある程度鮮度を保つことができるという。

 おかげで料理の幅も広がるというものだ。


 さてさて、中に入っているものは……。


「卵……炊いた米……かぼちゃの煮付けに……人参半分、タマネギ1個に馬鈴薯2個、ひき肉……ピーマン炒め……と」


 食材と調理済みのものが半々ずつ……。

 まぁ、悪くはないだろう。

 日中は献立を決めてから材料を揃えるが、夜食では今現在あるものでまかなわなくてはいけない。

 こういうレシピの組み立て方も、醍醐味の一つとして楽しんでいる。

 とはいえ、ここにあるものならなんでも使っていいというわけでもない。

 最も注意しなくてはならないもの。それは……。


 今まさに、この家の居間で眠りこけている我がマスターだ。


 家の主ということは、このれいぞうこの食材も全てマスターの物。

 それを勝手に使うのだから、発覚したら怒られてしまう。

 何? だったら最初からつまみ喰いするなって? うるさい黙れ。


 で、どうやってバレないよう料理をするかというとだ。

 ずばり、材料を使う前と後で変化がない状態にすること。

 例えば……。

 私はタマネギと馬鈴薯を取り出す。

 どちらも一食、しかも一人分で使うには量が多すぎる。

 とすると、食べる分だけ切って使うことになるが……。それは罠だ。

 考えてもみろ。

 昨日までまるまる一個あったのが、今朝見たら半分になっていたら明らかに怪しまれるだろう。

 だからこれらに手を出すのは得策ではない。

 よってこの中で使用可能な物は……。


・卵


 重要食材その1。

 これは既に開封済みの上、量もあるので一個ぐらい使ってもバレまい。最後に料理でこれを使ったのは一昨日だしな。

 ところでこれが何の卵なのか、まだマスターに聞いてなかったな。

 店で売られていたのは形も大きさも全部同じだったので、全て同種の生物の卵なのは間違いなさそうだけれど……。

 ワイヤードでは様々な動物や魔獣の卵が販売されており、調理するものによって使い分けられていた。

 この世界では、この種類しか食べられる卵が存在しないのだろうか。

 まぁいい。これはこれでうまいからな。


・炊いた米


 重要食材その2。

 「すいはんき」と呼ばれるこの世界独自のキカイで炊いた、にほんの主食である。

 顆粒状の穀物だが、小麦のように挽いたり練ったりはせず、そのまま食すのだという。

 初めて知った時は、変わったものを食べているのだな、とばかり思っていた。

 が、これがなかなかうまいのだ。

 色々な副菜を付け合わせることで、愉しみ方は無限大に広がる。

 加えて長持ちしやすいので、こうして大きめの器に盛って何回かに分けて食べる。

 こいつも多少使っても問題はないだろう。


・かぼちゃの煮つけ。


 これは、本日の夕食にマスターが調理したもの。

 野菜ではあるが、甘みがあって非常に美味しく、お菓子感覚で食べられる一品。

 少し多めに作りすぎてしまったので、こうして保存している。

 使ってもバレなくはないが……これは今回の料理には用いないので手はつけない。


・人参半分


 既に使用された痕跡のある食材。

 ワイヤードでも馴染みの深い野菜の一つだが、この世界でもよく使われているらしい。

 あまり大きくはないが、まぁ2,3切れくらい使用しても対して違いはないだろう。



・ひき肉


 重要食材その3。

 昨日ひき肉を使った肉団子をマスターが作ってくれてたので、これが開封されていることは事前に知っていた。

 今回の料理には必要不可欠な材料なので全部使われてなくてよかった。

 と私はホッと安堵の息を吐いた。


・ピーマン炒め


 これもまた本日の夕食で出たもの。

 独特の苦味がある野菜だが、それもまた魅力の一つ。

 そこそこ量はあるので、少し使わせてもらおう。



 卵、米、人参、ひき肉、ピーマン。

 以上を用いて何を作るのかというと……。


「お・む・ら・い・す……っと♪」


 私は寝間着のポケットから紙切れを取り出す。

 そこには数々の料理のレシピがメモされている。

 私が前もってすまほで調べたものを書き写しておいたのだ。

 当然そこには「おむらいす」の調理法も記されている。


 おむらいす。

 この世界で目にした料理の数々の中で、5本の指に入るくらいの絶品だと思う。

 炊いた米を更に肉や野菜と一緒に炒め、それを卵で包み込むというもの。

 米の食べ方のバリエーションというのは本当に底知れないな、とつくづく思う。

 しかも簡単に作れて、気軽に食べられ、それでいてとても美味しい。

 これだけでも転生してきた甲斐があったというものだ。

 騎士団時代にこれを知っていたら、兵糧に即採用していただろう。

 材料はレシピ通りにとはいかないが、まぁ最悪米と卵と肉があれば成立するので、今回はこれで妥協しよう。


 私はまな板と包丁、そして「ふらいぱん」と呼ばれる平たい鍋を用意。

 そして材料を並べて、パキポキと指を鳴らす。


「さぁ、料理の時間だ」


 ふらいぱんに油を引いて、しばらく熱する。

 その間に卵を2つ割って中身を深めの皿に出す。弾力があり、鮮やかな色をした黄身が食欲をそそる。

 さらに人参とピーマンを極小サイズに刻んで、下準備は完了。

 次からいよいよ調理開始。


 まずは野菜類とひき肉をふらいぱんに撒き、軽く炒める。

 この「炒める」という調理法は、この世界に来て初めて知ったものだ。

 焼く、煮る、蒸す、燻すしか知らなかった中で、これはそのどれよりもやかましい。

 おそらく油が爆ぜる音だろうが、下手するとマスターを起こしてしまう。

 火力はなるべく小さめにして、ゆっくりと木べらでかき回す。

 小さめに切っておいたおかげで火も通りやすく、色は割りと早く変わった。


 続いて私は、その中へ米をスプーン3杯分ほど投下。

 塩や胡椒などで味付けをしつつ、全体に広がるようにほぐす。

 ジュージュー、と小気味よい音が台所内に響き渡っていく。

 米がパラパラになってきたところで、ケチャップと呼ばれる調味料を混入。

 これはトマトをペースト状にしたものらしい。

 野菜その物を味付けに使うというのは、なかなか面白い発想だと思う。

 ワイヤードでは塩、胡椒、砂糖といったものぐらいしかなかったのに。

 料理だけでなく、その塩梅まで徹底的に追求するこの世界の調理のやり方には舌を巻くばかりだ。

 まんべんなくなじませたら、次のフェイズに移行する。


 ちなみにまだ途中だが、こうやって米を炒めたものを「炒飯」というらしい。

 この状態のまま食べても非常に美味しいのだ。

 すぐにでも食したい衝動を抑えつつ、私は戸棚から皿を出して、中の炒飯をそれに移した。

 空になったふらいぱんを水で軽く洗い流し、布巾で水気を除去。


 お次は卵の調理である。

 卵をとき、再度熱したふらいぱんに広げる。

 スプーンの背で中心部分をかき混ぜ、あとは火が通るのを待つだけだ。


 ……と、その時。

 視線を感じた。


 自慢ではないが、私は気配を察するのは得意である。

 闇討ち、奇襲……そんな虚を突く事態に何度も直面していたせいだ。

 無論相手も、可能な限り悟られぬよう気配を消してくることが多いのだが。

 今回の手合いは気配どころか「姿を隠す」ことすらしていなかった。


「じ~っ……」


 台所の入り口から顔を覗かせている者が約一名。

 少し癖っ毛の茶髪。良く言えば華奢、悪く言えば貧相な体つき。

 調理中の私に、キラキラと羨望の眼差しを向けてきていた。


「……な、なんだクローラ?」


 私はぎこちなく彼女の名前を呼んだ。

 クローラ・クエリ。

 私と同じワイヤードの転生者であり、この家で暮らす奴隷だ。

 クローラは含み笑いをしながら、厨房へと侵入。

 私の作っているオムライスをまじまじと見つめてきた。


「お夜食ですか?」

「……まぁ」


 そう答えると今度は私の顔の方を上目遣いでじーっ、と凝視。

 そして猫なで声で肩をすり寄せながら、 


「……余ったらちょっと」

「余んない!」

「ご主人様ぁー。リファさんがぁ~」

「わー! 待った待った待った!」


 寝ているマスターに大声で呼びかけようとした彼女の口を急いで塞ぐ。


「何のつもりだ貴っ様……」

「何って、取引ですよ、取引」

「取引だと?」

「つまみ食いなんてしてるのがご主人様に知れたら、きっとリファさん怒られちゃいますよ? ここは一つ、私をご相伴に預からせていただければ……」

「黙っておいてやると?」


 騎士を恐喝とは……奴隷のくせに姑息な真似を……。

 だが生憎、これは夜食テロという、れっきとした脅威に立ち向かうためのやむを得ない措置なのだ。

 決してつまみ食いなどという卑しい行為ではない!

 そう、私は騎士として、マスターの警備隊として、当然の責務を果たしているだけなのである!!


「じゃあご主人様に言っても何ら問題はないですね」

「待って待って待ってぇ~!!!」


 回れ右して厨房を出ていこうとする彼女の服を引っ張り、私は必死に引き止めた。

 すると、クローラはそんな自分を見てクスクスと笑い始めた。


「なーんてね、冗談ですよ」

「……ふぇ?」

「安心してください。告げ口するつもりはないですし、料理を横取りする気もありません」

「……」


 頭が一瞬真っ白になった。

 もしかして、からかわれてただけ……?

 恥ずかしさと悔しさで、私の耳元に熱がこもっていく。


「実は私も、お夜食を作ろうとしていたんですよ。そうしたらリファさんが先にやってたものですから、つい……」

「この……!」

「えへへ、すみません」


 小さく舌を出して言葉だけの謝罪をする女奴隷。

 そして彼女は、指をぽきぽきと鳴らしながら言った。


「さぁ、料理の時間ですっ」



 ●



 皆様、ごきげんよう。

 私の名前はクローラ・クエリと申します。

 帝国・ワイヤード領内で暮らしていた奴隷でございます。

 少し前から「転生者」として、この「にほん」という国で新しい生活を始めました。

 とは言え、元いた所とは似ても似つかぬこの世界で一人で生きていけるわけがありません。

 そんなクローラに手を差し伸べてくださったのが、今のご主人様なのです。


 ご主人様はとてもお優しく、奴隷の私にも限りなく対等に接してくださいます。

 そんな彼との暮らしは、正直最初は少し戸惑いはしました。

 何しろ、前のご主人様と態度がまるで違ったものですから。

 例えるならその……こ……びとみたいな……ごにょごにょ。

 と、とにかく、転生してしばらく経った今では、毎日がとーっても楽しいです。

 クローラはそんなお優しいご主人様を失望させないよう、日々邁進しております。

 この世界の文化の勉強をしつつ、家事などの労働も欠かしません。


 ですが、私にはたった一つだけ苦手な仕事があるのです。

 それは奴隷に限らず、家事をやる上で誰しもが出来なくてはならないもの。


 そう、料理です。


 クローラは料理がとてつもなく下手くそなのです。

 ご主人様には「しばらく料理はしないでおいていいから、ね?」とご命令を受ける始末です。

「お前みたいな卑しい者が作る料理など、口にできるか」と。

 ワイヤードにいた時も、同じことを何度も言われてきました。

 でもそれがあそこでは特に珍しいことではありませんでした。


 奴隷が料理を任されない理由。

 それは単に穢れてるからとか、気持ち悪いからとかいうのもあります。

 けれどとりわけ大きいのは……。

「普段からろくなものを食べていないから、作るものも似たようなものになるだろう」

 というもの。

 一般階級の方達と比べて奴隷は味覚がお粗末なので、仕方ないといえば仕方ないです。

 別に苦手なことを無理やりやらされて失敗し、無駄に罰を受けるよりは、「するな」と言われる方がまだマシです。


 ……そんなふうに考えていた時期が、私にもありました。


 確かに転生前は私はいわゆる「まともな食事」を食べたことがありませんでした。

 しかし今は、この世界の色々な美味しい料理を食す機会をご主人様はくださいます。

 主と一緒に、同じ食べ物を食べる。

 今まででは考えられないような食事風景。

 時々、自分が奴隷であることすら忘れそうになるほどの、幸せなひととき。

 ですが、ここまで美味しい料理を頂いているからには、当然それを作ることもできて然るべきだと思うのです。

 もう私の舌は、一般階級の人のものと遜色ないほどのレベルになっていると自負しております。

 でしたら、私が考えつくメニューも、そこまで悪くはならないはず。

 あとは料理の腕さえ上げれば……。

 といいたいところですが、ご主人様の言いつけを無視するわけには参りません。


 ではどうやって料理の練習をするのか。

 それこそ、皆がぐっすり眠った後を利用するのです。

 深夜はワイヤードの奴隷にとっては、至福の自由時間。

 日中はもっぱら労働以外させてもらえませんので、この時になってようやく好きなことができるのです。

 そしてそれは、私がこの世界に転生した後も変わりません。

 料理の腕を磨く。それが今の私に課せられた大きな使命。

 ご主人様に、上達した私の料理を食べてもらいたい。

 そんな願いを込めて、今日もクローラは日々の鍛錬に挑むのです。


「なるほどな……そういうことだったのか」


 と、目の前の金髪碧眼の女性はおっしゃいます。

 この御方はリファさん。

 ワイヤードの帝国騎士団の兵長さんです。

 彼女もまた、私と同じ転生者で、ご主人様のお家に一緒に住まわせてもらっています。


「でも、何を作るつもりだ? 言っておくが、材料選びには注意しろよ? 無闇に手を付けたらマスターに怒られるぞ」

「ご心配には及びません」


 私は自慢げにそう言って、寝間着のポケットに入れておいたものを取り出しました。

 リファさんは透明な袋に入ったそれを見て、怪訝そうに目を細めます。


「何だそれは?」

「かぼちゃの種とわたです」

「かぼちゃの……?」


 かぼちゃ。

 今日ご主人様が作ってくださった料理で使われていたお野菜です。

 とても美味しいのですが、気になったのが、切る際に中心部分を丸々捨ててしまうこと。

 ご主人様は「食べられないから」とおっしゃいましたが、そんなことはありません。

 食べ物で捨てていい箇所など存在しません。余すところなくいただくのが筋というもの。


「だからこっそり取っておいたというわけか」

「ですです!」


 捨ててしまうものを使えば、万一ご主人様に知れてもあまり怒られないでしょうし。

 調理に失敗しても、「食材を無駄にした」と言われることもないでしょう。


「なるほど、うまく考えたな。だがそんなものどうやって料理にするつもりだ?」

「そう焦らずとも、今からお見せいたしますよ」

「ふーん……」


 リファさんはそう言いながら、自分の作った料理を淡々と完成させていきます。

 えっとたしかこれは……「おむらいす」でしたでしょうか?

 卵をふらいぱんで薄く焼き、そこにご飯を炒めたものを乗せると……。

 木べらでくるんっ、と器用に卵の生地で包み込みました。


「私のはこれでよし。使うか?」 


 と彼女は私に、フライパンとその他の調理器具を貸してくださいました。

 お礼を言って私はそれらを受け取ります。

 まずはこの種とわたの他に必要なものを揃えましょう。

 戸棚かれいぞうこにあればよいのですが……。


「おっと、ありました」


 私が戸棚から引っ張り出した物を確認し、リファさんは言います。


「ん? それは……えっと……かた、くりこ?」

「はい。使うととろみが出る魔法の粉です。そしてもう一つ……」


 クローラは今度はれいぞうこの中を拝見し、それを発見して取り出します。


「確か……まよねーず、だったか」

「さすがリファさん。よくご存知ですね」


 まよねーず。

 卵と酢を混ぜるという、独特な手法で作られたこの世界の調味料です。

 見聞きしただけでは、少し抵抗感がありそうなものですが、味わってみるとそんな先入観は消し飛びました。

 どんな料理でもまろやかな口当たりにしてしまうこれは、非常に有用性があるのです。

 かぼちゃの種とわたは、そのままでは当然味気のないものです。

 しかし、このまよねーずの力をお借りすれば、きっと極上の逸品になることでしょう。


 種とわたを器にあけ、そこにかたくりことまよねーずを混ぜ込みます。

 その後は、リファさんの使っていたふらいぱんを軽く洗い、油をなみなみと注ぎ込みました。


「揚げるのか? 止めはしないが、音には注意してくれよ?」

「大丈夫です」


 揚げる。

 熱した油の中に食材を放り込んで、カラッと香ばしい食感に仕立てる調理法。

 クローラもこの「揚げ物」は大好きなのですが、調理時に出る音が大きいのがネックです。

 あまり長い時間やっていると、リファさんの言う通りご主人様を起こしてしまいます。

 慎重、かつ迅速に……。


 私は先程かたくりことまよねーずを混ぜたかぼちゃの種わたを、次々と油へ放り込みました。

 次は火をつけるのですが……えっと、つけ方はどうするんでしたっけ……。

 たしかこの「がすこんろ」というキカイを操作することまでは知っているのですが。

 私がキョロキョロと、その方法を探していると……。 

 パチッ、とリファさんが傍にあったスイッチを押しました。

 すると、一瞬でふらいぱんの下から青白い炎が出現したのです。


「こうするんだ。よく覚えておけ」

「あ、ありがとうございます!」


 さすがはリファさん。もうだいぶこの世界のキカイに精通してきたようです。

 しばらくするとバチバチ、と油のはねる音が鳴り始めました。

 ここまでくれば、あとは焦がさないように注意しつつ、揚がるのを待つだけです。


「意外と簡単そうだな」

「はい。私も作るのは初めてなのですが、ここまで楽にできるものとは思ってませんでした」

「そうだったのか。初回でこれなら上出来じゃないか」

「もったいなきお言葉です」


 さて、そろそろ食べごろでしょうか。

 香ばしい匂いが台所に充満していきます。

 フォークで種揚げをすくいあげ、お皿へと移して、塩をひとつまみ。

 これにて完成です。

 過去にも色々料理を試してみましたが、これほどうまくできたものはありません。


 これで、ご主人様に認められるくらいにはなったでしょうか。

 と思いかけた私は首をブンブンと振って、邪念を払います。

 まだ安心するのは早いのです。

 肝心の味が駄目だったら、元も子もありませんので。

 そのために、私自らが食すことで味見をですね……いえ、決してこれが楽しみだったわけではないですよ?


「よし、そっちのもできたようだし。食べようか」

「はいっ!」


 ホカホカと湯気を立てるおむらいすと、種揚げ。

 ごくり、と二人同時につばを飲み込みました。

 それではいよいよ実食の時間。

 立ったまま食べるのは些かお行儀が悪い気もしますが――。


「「いただきます」」


 リファさんがスプーンで生地に切れ込みを入れると、中からホカホカのごはんが顔を覗かせました。とても美味しそうです。

 私も種揚げをフォークで口に運び、ゆっくりと咀嚼します。

 ほっぺたが落ちそう、とはこういうことを言うのでしょうか。

 サクサクとしたわたの食感と、こりこりとした種の歯ごたえがたまりません。

 かぼちゃの煮つけはすごく甘かったのですが、これは塩味が効いていて、うまい具合にまよねーずの風味を引き立てています。

 食べる部分が違うだけでこんなに味に差が出るものなのですね!


「リファさん……これおひとつどうです?」


 私はもう一つの種揚げをフォークに刺して、リファさんに勧めます。


「い、いいのか?」

「はい。他の方の意見も聞いてみたいなと思ってたので」

「……では一口……」


 リファさんは目を閉じて口を開け、クローラの種揚げを召し上がってくださいました。

 しばらくもごもごと口を動かし、飲み込んだ後、恐る恐る感想を尋ねると……。


「ん、うまいな」

「本当ですか?」


 私は心の底から落ち着きました。

 よかった。まだ私の舌だけおかしかったらどうしようかと。

 すると今度は、リファさんが自分のおむらいすをスプーンですくい、こちらに向けてきました。


「……クローラ。おむらいす、お前も喰うか?」

「え? よろしいのです?」

「ん。私だけもらいっぱなしというのは釈然としないからな」

「じゃあ、ちょっとだけ……」


 騎士の方の食事をいただくなど、奴隷のくせにはしたない。

 そんな気もしましたが、そのおむらいすが放つ誘惑に耐えきれなかった私は、とうとうパクリといってしまうのでした。

 瞬間、とろとろでふわふわした卵が口の中で溶け、続けざまに肉と野菜とお米のハーモニーが最高の味を運んできてくれました。

 別々の食材が合わさることでしか生まれない、この口当たり……なんて素晴らしいのでしょう。


「~っ! すごく美味しいです! お米って本当何にでも合うのですね!」

「だろ? 今度お前も挑戦してみるといい」

「はい。クローラ頑張ります!」

「よし、じゃあさっさと喰うか。いつまでもグズグズしてると、マスターが目を覚ます」  

「そうですね」


 と言って、私達二人は早いうちに食事を済ませようとしたのですが……。


「ちょーっっと待ったぁ」


 謎の声が私達を止めました。

 台所の入り口を二人して見てみると、暗闇の向こうにうっすらと人の姿が浮かび上がります。


「せっかくの夜食タイムだってのに、残りモンや捨てるモンで満足してちゃダメっしょ二人共」

「渚殿!」

「生米さん!」


 生米さん。またの名を渚さんといいます。

 ご主人様のご学友だそうで、彼女もまた色々なことを教えて下さいます。

 でも、どうしてこんな夜遅くに、ご主人様の家へ?


「あら、愛しい人のお家にお邪魔するのに、理由なんているぅ?」

「いらないんですか?」

「いらない」


 いらないそうです。


「したらなーんか、二人だけで楽しくお料理大会開いちゃってさ。こりゃあお料理マイスターたるナギちゃんが黙ってるわけにいかないじゃん?」

「はぁ……」

「つーわけで、あたしもまーぜーて♥」


 そう両手を合わせてお願いされました。

 困惑した私はリファさんに目配せをしますが、彼女は無言で肩を竦めただけでした。

 別にこちらとしても断る理由もないので、苦笑しながら答えます。


「い、いいんじゃないでしょうか。料理は大勢でやった方が楽しいと思いますし」

「やた♥」


 小さく飛び跳ねて生米さんは楽しそうに言いました。

 そして指をぽきぽきと鳴らしながら、ニタリと笑います。


「さぁ、料理の時間だしっ」



 ●



 おはよおぉぉぉぉ!!

 こんちはぁぁぁぁ!!

 こんばんはぁぁぁ!!

 おやすみぃぃぃぃ!!

 起きてぇぇぇぇぇえええええ!!

 あ、起きなくていいです。そのまま寝てて、どうぞ。起きたらヤバイことになるんで、ね。

 はいどーもこんちゃっす、木村渚だよー。

 ここからはキューティーなあたしが語り部担当すっから、耳の穴かっぽじってよく聞いとけ?


 そいじゃあ軽く自己紹介から。

 あたしこと木村渚は、この物語の主人公たるセンパイと永遠の愛で結ばれ、将来を末代まで誓った、そりゃもうぶっとくてかたぁい関係の――


「それで生米さんは何を作るのでしょうか。あまりご主人様に気づかれないような食材を選んだほうがいいと思いますが」


 モノローグ断殺アドヴァイスどうもね、クロちゃん。

 あーはいはいもういいよ。

 そんな長ったらしい説明いらねっつ―ことね。了解了解。


「何を作りましょーかねぇ……んーっ、と」


 言いながら、着ていたパーカーのポケットに入れていたエプロンを広げて、さっと前にかける。

 次にゴムバンドで後ろ髪をまとめ上げて、戦闘準備よし。

 そして冷蔵庫及び冷凍庫を全開にして、中身を確認。


「ふーん。まぁいいか。これならあれが作れる」

「「あれ?」」


 リファっちとクロちゃんが、各々の料理を食べながら小首をかしげる。

 あたしは含み笑いをしながら説明した。


「お二人さん。あんたらはセンパイにバレないようにするために、そういう材料の選び方してんだよね?」

「え? あ、ああ」

「たしかにそういうやり方もありっちゃありだよ。でもね、せっかくの夜食パーティをやるからには、余計なことで尻込みしてちゃダメダメ。本当の飢えはそんなんじゃ満たせないのよん」


 そう言っても、二人は困惑した表情を崩さない。


「そうは言っても……マスターに怒られたくないし……」

「都合よくそう両立できる問題でもないのでは?」

「ところがどっこい、あるんだなー。豪勢にやって、なおかつセンパイの目を欺く方法が」

「本当ですか!?」


 クロちゃんが目を輝かせながら身を寄せてくる。

 やっぱりその0円食堂メニューじゃ物足りなかったのね。

 しょうがない。今回はこのナギちゃんが特別におせーてやるとしますかいな。


「リファっちは余り物を少しずつ使う方法。クロちゃんは捨てちゃうものを利用する方法。そしてあたしは――」

「渚殿は――?」

「生米さんは?」


 ギリギリまで期待させたところで、あたしは口角を吊り上げて高らかに告げた。


「ずばり! 『材料まるまる使って最初っからそんなもんなかったことにしようぜ』作戦!」


「まるまる?」

「なかった、ことに?」


 どういうことだよ、と言わんばかりの顔。

 だが読んで字の如くなわけだから、これ以上説明しようがないんだけどね。


「例えばさぁ、こういうタマネギとか馬鈴薯。こういうのを『使いかけちゃうと』センパイにバレるわけだよね」

「う、うむ。一目瞭然だしな」

「でも、これが翌日みたら『綺麗さっぱりなくなってた』なんてことになったら……センパイはどう思うかな?」

「あ……」

「そう。センパイだって冷蔵庫に貯蔵してあるモン全部把握してるわけじゃなし。一品や二品消えていたところで気づかれやしないってわけ」

「ですが生米さん……」


 クロちゃんが小さく挙手して意見してくる。


「確かに中途半端に使うよりは効果はあるかもしれません。でも、確実にご主人様が異変に気づかない保証にはならないのでは?」

「確かに。センパイもそこまでバカじゃないからね。『あれ? タマネギまだあったはずなんだけど』ぐらいのことは言い出すかもしれない」

「それでは言い逃れができなくなってしまうではないか?」

「そこであんたらの出番なわけよ」

「私達の?」


 互いに目を合わせてキョトンとしている二人に、あたしは言う。


「だから、『いいえ。この間の料理で全部使っちゃったはずですよ』って口を揃えて言えばいいの」

「それだけでよろしいのですか?」

「そ。2対1ならセンパイだって納得せざるを得ないでしょ?」

「なるほど……うまく言いくるめろ、というわけだな」

「ま、悪く言えばね」


 ヒヒッ、とあたしは笑い、早速今回の料理に使う材料を台所に並べていく。



・ひき肉

・馬鈴薯

・人参

・タマネギ

・卵


 冷蔵庫にあるもんはこれでよし。

 後は戸棚の奥にあったもの。


・パン粉

・粉チーズ

・トマト缶

・マッシュルーム缶


 こんなもんかね。


「本当に豪勢に使いますね……」

「一体どんな料理を……」

「まま、そう焦んないで」


 あたしは腕まくりをして、ちょっと気合を入れる。

 それじゃあいっちょ見せちゃいますかね。

 このあたしのクッキング術を!


 最初に馬鈴薯、人参を全部いちょう切りに、タマネギは角切りにする。

 それらを全部ボウルにぶち込んで、その上にマッシュルームも全部開ける。

 このタイミングで取り出しましたるは、寸胴鍋。

 ここに2カップほど水を入れて、そこに今カットした具材を投入。

 んでもって、火をつけて強火でしばらく煮る。


 その間に別のボウル(小さめ)にトマト缶をぶち撒けて、潰す。

 火が通ってきた頃を見計らって、トマトも鍋に投入。

 よくかき混ぜれば、いい感じのトマトスープの出来上がり。


「す、すごい手さばき……」

「本当の料理人みたいですぅ」


 グツグツと煮える鍋の中を、興味津々に覗いてくる二人の視線がチョー気持ちいい。

 でもなーんかちょっと足りない……足りなくない?

 何かって、そりゃもちろんお肉よお肉。

 美味しい料理には、ボリュームがなきゃつまらない。

 ってなわけで、さっきのひき肉を料理しにかかる。


 まず、さっきトマトを潰したボウルを水洗いして、そこに卵を2つくらいといて入れておく。 

 で、更にひき肉を残ってた分全部、パン粉、粉チーズをドバーッと落とす。

 後は塩コショウとかで適当に味付けして……ひたすらこねる。


「クロちゃん。フライパンの油まだ残ってるよね?」

「え? ええ」

「じゃあちょいと量増しにしておいてくれる? 使うから」

「は、はい!」


 クロちゃんはすぐにサラダ油をフライパンに注ぎ足していく。

 下準備は整ったかな。

 卵、パン粉、チーズがよく肉に絡まったら、いよいよ形作り。


 一口大に肉を千切って、コロコロと丸める。

 察しが良いのか、リファっちがポンと手を叩いた。


「もしかして、肉団子か?」

「正解。揚げ肉団子。食べたことない?」

「昨日マスターが作ってくれたのだ。あれは美味しかったなぁ」

「へー」


 あたしは適当に相槌を打ちつつ、ボウルを彼女らの方へ寄せた。


「じゃあ一緒に作ってみる?」

「いいのですか?」

「むしろ助かるよ。そのほうが早いし」


 それから三人で、しばらくミートボールを作った。

 大きさは全員バラバラだったけど、結構二人は楽しんでるみたいだった。


「リファさんの、すごくゴツゴツしてますね」

「そ、そうか? ……クローラのは団子というより豆粒みたいだぞ」

「えへへ、小さくてもいっぱい食べられた方が満腹になるかなと思って」

「小さいと焦げやすくなるし、大きいと逆に火が通りにくくなるから気をつけなねー……」


 そんな会話を交わしてるうちに、肉団子の原型が完成。

 それではレッツフライ。


 肉団子を沈めると、油が無数の泡を立てた。

 赤みがかったそれらが、みるみるうちにこんがりとした茶色に変化していく。

 一分ほど待ったら全部引き揚げ、今度はさっきのトマトスープに移動させる。

 あとはそっちの方で数分、じっくりコトコトと煮込めば……。


「完成! ミートボールトマトスープ!」

「「おぉ~!」」


 パチパチパチ、とリファっちもクロちゃんも同時に拍手。

 トマトの香りが湯気に乗って、あたしたちの鼻孔をくすぐる。

 リファっちもクロちゃんも、すっかりその虜になっていたようだった。


「すごく美味しそう……」

「だっしょ~?」


 あたしは自慢げに言って、おたまで熱々スープを器によそっていく。


「はい。これリファっちの分。んでこっちがクロちゃんの分」

「私達にも恵んでくださるのですか?」

「もちもち! せっかく手伝ってくれたんだし。ってかあたしだけじゃ食べ切れないし」

「そ、そうか……ではお言葉に甘えて……」  

「どーぞどーぞ。おかわりもいいよ! 遠慮しないで今までの分喰いな」 


 リファっち、クロちゃん、そしてこのあたし。

 三人分のスープが用意できたところで。

 全員両手を合わせて、タイミングを揃え……。


「「「いただきます」」」


 楽しい夜食の時間が始まった。

 さてさて、お二人の感想はどうでしょうか、っと。


「んっ!」

「こ、これは!」


 肉団子をスプーンで半分に割る。

 赤茶色の肉汁が溢れ出すそれを、野菜と一緒にすくう。

 口に含んだ瞬間、リファっちもクロちゃんも目を大きく見開いた。


「すごい! トマトの酸味が、ホクホクの肉団子に染み込んで……この間の味とは全く違います!」

「ああ。加えてホクホクのじゃがいもとタマネギ、人参。それらをどれもトマトの風味に統一することで、程よい味付けの役割を果たしている……驚いたな」


 どうやら概ね好評みたい。

 あたしはエプロンを外し、ゆわえていた髪をほどいた。


「ね。一人でやるより、皆でやったほうが会話も弾むし、楽しいでしょ?」

「はい。料理もより一層美味しくなります! なんでしたっけ、こういうの……えっと」

「女子会?」

「そうそう、それです!」


 ちょっと違う気がするけど……ま、いっか。


「まぁ、女の子同士だと色々腹割って話せることもあるしね。二人ってそういう経験ない?」

「私はないな。仕事柄そういう機会にも恵まれなかったし」

「クローラもですね。でも、楽しいですよ?」

「ふーん、そう」


 自分の分のスープを啜りながら、あたしは生返事を返した。


「それになんだか、こうやって話してると生米さんもリファさんも、!」

「おお、私もそう思ってたところだ」


 ……。


「ほうほう。そりゃいよいよこの国に帰化できてきたってことかナ?」

「まだ完全にとは言えないが、そうであるといいなと」

「確かに、つまみ食いなんてやらかすくらいだからね。だいぶそのへんのことも板についてきてるって感じ」

「そ、それは言わないでくれ渚殿~っ」


 あはははは、とあたしもクロちゃんも爆笑。

 そんなこんなで、ちょっとした深夜の女子会をあたし達は堪能するのだった。

 そして……。


「けぷ。結構腹一杯になったな」

「そうですね。とっても美味しかったです生米さん。ごちそうさまでした」

「お、サンキュ。なんならまた作ってあげるよ」

「それはありがたいな。できればレシピ等も教えていただけると助かるのだが……」

「おっけー。なら今度メールで送ったげる」

「かたじけない。さて、それではそろそろ……」


 お開きにしよう、という言葉をリファっちが言いかける前にあたしは先手を取った。


「ちょいとお待ちよ留学生さん方。宴を終えるのはまだ早いよ」

「? でも料理は全部……」

「言ったじゃん。せっかくの女子会なんだし、もっと豪勢にやりましょうってさ」


 あたしは前もって用意しておいたブツを取り出して、二人に見せつける。


「じゃんじゃじゃーん!」

「それは……」

「お酒、ですか?」


 そう。コンビニで買ってきたチューハイ3缶と乾物一式。

 女子会を酒無しで語るなんて、禁忌中の禁忌。

 酔っ払ってワイワイやってこそ真の面白みに気付けるわけよ。


「そういうものなのですか」

「そ。ほらパス」


 缶を二人にトスして、自分の分のブルトップを開ける。

 彼女達は渋ってたけど、「女子会のことをもっと知りたくないの?」って言ったら、簡単に折れた。ちょろいもんだわ。


「じゃ、記念すべきあたしら三人の初女子会を祝して、乾杯!」

「「か、かんぱい」」


 二次会突入、ってとこかしらね。

 あたし達は、再び仲良く談笑を始めた。


「んでんで、二人は、結局センパイとどこまでいってんのよ?」

「ど、どこまで……とは?」

「んもう鈍いなー。男と女が一つ屋根の下でやることなんて×××しか無いじゃ~ん」

「んなっ!? べ、べべべべべべべつに私とマスターはそんな……!」

「えー! なんもないの? なんかあるでしょ。でないと話すことなくなるよ~」

「そういう話題で盛り上がるものなのですか、女子会って」

「トーゼン! ていうかクロちゃんは実は経験豊富そうだよねー? どうなのよ?」

「経験豊富だなんてそんな……リファさんほどじゃないですよ」

「ちょ、クローラ!? 何を言い出すんだいきなり!」

「お! なにそれなにそれ!? ちょっと詳しく聞かせろやい!」 

「な、渚殿まで~っ!」


 甘酸っぱくて、ちょっとエッチで……。

 それでもとっても楽しい、女の子だけの、秘密の時間。


 そんなこんなで、今日も夜が明けていく。 





































 ●


 翌朝


 ようお前ら。

 俺だ。


 なんだか寝てる間に随分と好き放題やらかしてたみたいだな。

 いや、厳密には『今も』だな。


 冷蔵庫を開けたらほぼすべての食材が消滅。

 台所の流しには、油でギトギトのフライパンと、汚れがこびりついた寸胴鍋。その他多くの皿とボウルと調理器具が放置。

 そして極めつけに……。


 床で寝息を立てている異世界人二人。


 傍には何か缶が転がっている。

 かがんで拾い上げてみると……案の定酒。


「むにゃ……ますたー、いっぱいたべてぇ……」

「ごひゅひんひゃまぁ……くろーら、おりょうりがんばりました……すぅすぅ」 


 ……ふぅ。

 俺はため息を吐くと、ぽきぽきと指を鳴らしながら言った。



「さぁ、料理の時間だ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る