7.女騎士としま○ら
誰かが言った。
「Tシャツに1万円超え!? 布だぜ!?」
と。
俺はこの言葉を未来永劫忘れないし、生涯を通しての座右の銘にしていこうと決めた。
これこそ、この国の、頭おかしいとしか思えないファッション文化をぶった斬る名言だと俺は思う。
高級なものを買って身につけてなければ「イケてる」とみなされない。否「ダサい」とみなされる。
一度ファッション雑誌を買って読んでみたが、あれは服で魅せてるのではなく、服を着飾るイケメンで魅せているに過ぎない。
ならその価値観は嘘っぱちだ。高いものだろうと、着る人間がダメなら全部ダメだということだ。
高い服着てりゃモテるなんて結局販売会社の洗脳文句。
どこまでいっても所詮は布。それ自体に良いも悪いもない。問題は着こなせるか着こなせないか。
そして、俺はその駄目な方。
だから今ここにいる。
コスパ重視、お洒落弱者の聖地。
その名も、ファッションセンターしま○ら。
リーズナブルの代名詞。
お母さんが買ってきた服を着ている奴らは、大抵ここに世話になっているはず。
なんか外歩いてたら、自分と全く同じ服着てやがった経験はないかお前ら。喜べ、それは同志である証拠だ。
「こ、これがこの世界の服屋なのか。ずいぶん大きいのだな」
リファは完全に足元がすくんでしまっているようだった。
これぐらいの建築物なら異世界にもありそうなものだったが、服屋ともなると受けるインパクトは相当なものなんだろう。
「この界隈じゃ唯一の服屋だ。俺も普段はここで買ってる」
「なるほど、マスターのお墨付きというわけか。胸が高鳴るな」
ごくり、とリファは唾を嚥下し、何度も深呼吸。まるで推奨レベルに足りてないダンジョン入るみたい。
まぁこいつにとっちゃ服屋もダンジョンみたいなもんか。
「よ、よし。では入ろうではないか」
ぎこちない動きで、リファは虚勢を張ってるとまるわかりなオーラを振りまきながらその中へ入っていった。
だがそのオーラの中に、まだ見ぬ服の世界が楽しみで仕方ないと言った期待があることも、俺はしっかり感じ取っていた。
○
「なんだここは、古着捨て場か?」
ヘイヘイ出オチー。
入って数秒でこのセリフよ。
さっきの入念な心構えと緊張感は何じゃらホイ。
何俺のお墨付きの上に泥塗りたくってくれちゃってんの? 馬鹿なの? 死ぬの?
ほーら、「いらっしゃいませ」って俺らに満面の笑みで言ってきた店員固まっちゃったじゃーん。
俺はリファの首根っこをひっつかんで売り場の隅の方に連行する。
「入店早々何ディスりはじめてんだオイ! どういうつもりだよ!」
「見たままを述べたまでだが?」
「ここのどこがゴミ捨て場に見えんだよ! お前まで俺達しま○ら民を馬鹿にしようってのかゴラァ!」
「別にマスターを馬鹿にはしとらんが……」
黙らっしゃい。店を愚弄するってことはそこを利用する人間を愚弄するのと同じ! その罪、万死に値する。
「だって、どう見てもゴミ捨て場ではないか……ほら」
と言ってリファはそのへんの婦人服の棚を指差す。
色とりどりの衣服がきれいにハンガーに掛けられて収められている。。
だが、目の前の好機なる女騎士に表現させると……。
「誰が着たかもわからん服が無造作に……ああやっていらない服をそこに吊るしておくところではないのか?」
これである。
これで無造作ならこいつにとっての「丁寧」とはなんぞやって話だよ。
「あれはああやってきちんと並べられてんの。それにどれも古着じゃねぇ。れっきとした新品だ」
「新品!? あれがぁ!?」
信じられないといったふうに叫ぶリファの口をふさぐ。
店員及び他の客はジロジロと俺らの方を不審な目で見つめてくる。
くっそこれじゃ客どころかただの冷やかしになっちまう。
「マスター。それなら問うが、仮にあれが作られたばかりの品だとして、それを何故あんな場所に放置しておく? 何故誰も着るものがいない?」
「放置してんじゃねぇよ展示してんだよ! んでほら……」
そこで俺は近くを通った客を示す。
その女性客はいくつか服を手に取り、サイズ等を適当にチェックするとカゴに放り込んでいった。
「ああやって買う服を取ってって、最終的に店員がいるとこで精算するの」
「信じられん……正気か?」
靴裏にこびりついた犬の糞でも見るような目でリファは今の客を見つめた。完全にドン引きしている。
「木になった実をむしりとってる猿か何かにしか見えなかったぞ! こんなのがこの世界の服屋のスタイルだというのか!?」
「お前もう黙って! いや黙んなくていいからもうちょいボリューム下げて!」
その木の実をむしった猿扱いされた客の耳にはなんとか入らないですんだようだ。あっぶねぇ。
リファは心底絶望したように顔を青ざめている。
「まさかこれから私の買う服も……いや待て、今私が着ているこのジャージも……ここで買ったものなのか?」
「そうですけど?」
「今すぐ脱ぐぅ!」
「わー!! やめろ馬鹿! 服屋で露出するとかどんなコントだよ!!」
ええい、これじゃいつ店員に注意受けるかわかったもんじゃない!
俺はジャージを脱ぎかけているリファを羽交い締めにしたまま、ひっしはっしで試着室へと押し込んだ。
「っつ……何なのだここは……」
「いいか、頼むからこの店の中で騒がないでくれ。出禁にでもなったら困る」
「なってしまえばよいのだ、こんなところなんて」
だーもう話が通じねぇやつだなまったくよー!
いや待て待て待て。
ここで言い争ってても何も始まらねぇ。
俺はこいつにこの世界での文化を教えてやらなくちゃいけないんだ。最初から俺らに合わせろなんて言っても無理な話。
まずは……。
「とりあえずお前はここにいろ。俺は外に出る」
「は? だからここは一体何だと――」
「それも説明するから! とにかくここは二人以上入っちゃいけない場所なの!」
俺は試着室から誰にも見つからないように出ると、カーテンを閉めてひとまず深呼吸。
「リファ。ワイヤードでの服屋ってどんな感じのだ?」
「どうもこうも……様々な布生地が並んでて、店員がそれらを鮮やかな手さばきで裁断し、縫い、仕立てていく。そんな場所だ」
「……服の買い方は?」
「まず採寸だな。その後色と生地を選ぶ。見積もりが済んだら注文完了。後日仕上がったら受け取りに行く」
「……そういうことか」
理解した。
こいつの思っている服屋は洋裁店、ということか。
なるほど、ここがゴミ捨て場に見えるわけだ。
「リファ、よく聞け。お前の言ってるそういう服屋も、この世界にはちゃんとある」
「そうなのか。なら最初からそこに――」
「だが、そういうところで買える服ってのはあまりにも高額だ。ワイヤードだったら王族とか貴族とかしか利用できないような店なんだよ」
「……どういうことだ」
「お前の言ってる服屋はオーダーメイド……つまり注文してから服を仕立てるスタイルだ。これが高額なのはあまりにも手間がかかるから、なんだよ」
「服を仕立てるとはそういうものだろう」
「ああ、だけど手間がかかればかかるほど、大勢の人の注文に対応しにくい。それはわかるな?」
「……」
試着室の中のリファは無言のまま答えない。
「確かに、採寸や色や生地まで決められたらそりゃ自分の気にいるものが出来上がるだろう。でもな、この世界じゃ重要なのは『どれだけ需要に対して供給できるか』ってことなんだ」
「……」
「欲しい人がいるのに時間がかかるせいで手に入らない。それじゃお互いによろしくないだろ? だからこういうスタイルが出てきたのさ」
「こういうスタイルって……木の実をむしり取るタイプのことか」
「言い方はアレだけど、そうだ。これをレディーメイドと呼ぶ」
「れでぃ、めいど」
「要は最初からいろんなサイズやいろんな色の服を作っておいて、客がその中から気に入ったもんを取ってくって流れのこと」
「さっきの猿みたいにか?」
だから言い方ぁ!
と叫びたい気持ちを抑えて俺は冷静に続ける。
「ここにある服は全部キカイで作られてる。だから採寸も客にカスタマイズもさせないけど、その分多く、早く、そして安く作れる」
「だがそうだと、必ずしも客の気に召す服があるとは限らんぞ?」
「そういうことだな。でも限りなくそれに近いものを手にすることはできる。それがお前が今いるここだ」
「この狭い部屋でか?」
「ここで、店に並んでる服を実際に着てみて、自分に合うかどうかを確かめるんだよ」
「……ああ、着替えるための場所ということか」
荒ぶっていたリファの様子が落ち着いてきたのを俺は察知した。
「リファ。一から服を仕立ててもらうのも、それはそれでいいかもだけどさ。こういうところにも、こういうところなりの利点があるんだよ」
「……」
「『これだ』って思ったのを見つけたらすぐに手に入れられる。店には服がたくさんあるから、1着だけじゃなく何着でも」
「……」
「要は、そういう自分に合う服を探すっていうのがこの世界の買い物のスタイルなんだよ。それもそれで、宝探しみたいですごくわくわくしないか?」
「……そうか」
リファはカーテンから顔だけ覗かせて店内を見渡した。
「……確かに、こうやって様々な衣服が並んでるのは……眺めてるだけでも楽しそうだ」
「だろ?」
「自分に適合するものを探すのはそう容易いことではなさそうだが、それでもその『おーだーめいど』よりは手軽に済ませられそうだ」
カーテンを開け、試着室から出てくるとリファは俺に頭を下げた。
「すまなかったマスター。少し取り乱した。この世界にはこの世界なりのスタイルがある。それを理解しようともせずに即座に忌避したこと、謝罪する」
「いや、わかってくれたならいいんだ」
俺が笑って許すと、リファも少しはにかんだ。
「ではマスター、その……私もここで服を選んでみようと思う。この店にあるものは自由に取って試着して構わないのか?」
「ああ。でも買うのは上着は1セット、部屋着と下着は2着までな。どれにするかは慎重に選べよ」
「うむ、心得た。では、私は店内を回ってみてくるとするよ。買うものが決まったらまた呼ぶ」
「一人で大丈夫か?」
「もちろんだ。それに、マスターは女の下着選びにも付き添うつもりなのか?」
おっと、それもそうか。
「わかったよ。じゃ、俺はここらへんにいるから」
「うむ、ではまた後ほど」
服屋についての理解を深めてもらったところで、俺達は一旦解散した。
リファが忙しくショッピングを続けている中、俺も俺で紳士服のコーナーでTシャツやらパーカーやらを見物していた。
10分ほど経過した頃。
そろそろかなと思い、婦人服売り場へ移動してリファを探していると、近くの試着室の一室からリファが顔を覗かせた。
「あ、マスター! 買うもの、決まったぞ」
「お、ほんとか」
俺が近寄ると、リファはカーテンを開けて試着していた服を披露した。
前開きになった薄青色のチュニックに、白色のキャミソール、そしてグレーのレーススカートという取り合わせ。
「ど、どうだろうか……?」
もじもじしながら感想を求めてくるリファ。
「うん、いいんじゃないか。サイズもぴったりみたいだし。よく似合ってる」
「ほ、本当か? いや、なんだか自分じゃないみたいだ……」
リファは頬を染めて、スカートの端を指先でつまんだりくるっと一回転したりしてみる。
ジャージを着てるときより、彼女の美しさが一層引き立って見えるようだ。
「ふふ、こういう浮いた服を着るのは久しぶりだ」
「え?」
「……軍に入ってからは、ずっと軍服か鎧しか着ていなかったから……」
「……リファ」
「そ、そうだ。部屋着は、こんなのを選んでみたんだ」
と言って彼女は試着室の中に戻ると、きれいな刺繍が施された黒と桃のネグリジェを一着ずつ差し出してきた。
「なかなか可愛らしかったのでな。これでかまわないか?」
「ああ、問題ない。下着は……」
「あ……」
リファは恥ずかしそうに顔を背けた。
「み、見たい、のか?」
「まぁ一応……」
俺が言うと、しばらく彼女はまごついていたものの、やがてふるふると首を振って、
「いや、いいのだ。マスターに買っていただくのだから、事前に確認は必要だろうし……ここは恥を忍んで――」
「え? あの、別に着た姿を見たいとかじゃなく、現物だけ見せてもらえればいんだけど」
「ふぇっ?」
「だって、確認したいのは値段ぐらいだし……サイズとかはお前が着られればそれでいいし」
「……」
しばらく呆けていたリファだったが、やがてかぁーっと顔をいつものごとく赤く染めると、
「そ、そそそそそうだな! 別にここで晒す必要もないな! わ、私は一体何を言ってるのか! あははははは!」
何だこのポンコツ。
「で、ではこれとこれを」
リファから受け取った品の値段を確認後、俺は購入の許可を出す。
合計金額8715円(税込み)
うーん、この店にしては結構いったなぁ。
でも、木村から送られてきた金もあることだし、これくらいは別にいいか。
「さて、じゃあレジに行くとするか」
「マスター、この上着は着たまま購入できないか? この後もまだ用事があるし、せっかくだからここで……」
「ん? ああそうだな。多分店員さんに言えばいいと思う。あの黒い服着た人な」
「そうか。ちょうどいい、ついでに今まで試した服も彼の者に片付けさせよう」
と言って、リファは店員さんを探しに、下着とネグリジェの入ったかごを持って行ってしまった。
「……試した服?」
俺はリファが言ったことの意味がわからず、眉をひそめていた。
そして一つの解にたどり着く。
――まさか!
俺は猛スピードで彼女が今までいた試着室のカーテンを開け、中の様子を見た。
すると!
なんということでしょう。
ぐっちゃぐっちゃになった衣服とハンガーの山が、こんもりと出来上がっているではありませんか。
「――お客様?」
その立派なお山を目の当たりにした時と、背後からそんな声がかかったのはほぼ同時だった。
ゆっくりと振り返ると、とても優しそうに微笑む店員さん(男)が。
そして胸に装着しているネームプレートには「店長」の文字が。
……。
……次からユニ○ロに行こう。
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