恋人ごっこの終幕
だけど。
正直に言うと、姫宮との『デート』は楽しかった。
高二の夏休み、俺と姫宮は色んなところへ行った。映画館、カラオケ、ボウリング、ゲーセンといったTHE学生の遊び場から、動物園・水族館・遊園地といったTHEデートスポットまで。その中で俺が気づいたのは、姫宮が物凄く多趣味であるということだ。姫宮に誘われて観たマイナー映画は面白かったし、歌声も歌っている姿も凄く綺麗で、本当のアーティストみたいだった。スポーツでもゲームでも、俺は一度も姫宮に勝てなかった。そういったこととは無縁の人生を過ごしてきた俺に対して、姫宮はこの世のありとあらゆる娯楽を楽しみ尽くしていた。多分、今までボッチだった分、こうした独りでも楽しめることを散々やってきたのだろう。好きな動物はコウジョウセンガゼルで、好きな魚(?)はオニイトマキエイ。遊園地ではメリー・ゴーランドと観覧車に好んで乗った。どうやら絶叫系は苦手らしい。小さい頃に乗ってあまりの恐怖からトラウマ化したらしく、今でも乗ると気分が悪くなるのだとか。『ごめんね、折角遊園地来てるのに』とよくわからない謝罪をされたので、素直に『折角遊園地来てるんだから、金払ってまで怖い思いする必要ないだろ』と答えた。すると姫宮は嬉しそうな顔をして、『ありがとう』と言った。礼を言われるようなことなど何一つしていないのだが、その顔があまりに可愛くて、何も答えられなかった。次は何処へ行くかとカフェで話し合っている時、姫宮の鞄に文庫本が見えたこともあった。本まで読むのか、と俺が呆れ半分に言ったら、照れ臭そうに笑って言った。
『この世界には、見えていないだけで素敵なものが沢山ある。私は、一度しかない人生で、なるべく多くそういうものに出逢いたいんだ』
どこまでも楽しさに貪欲な奴だと、俺は苦笑いした。姫宮という人間の好奇心と行動力は凄かった、何に対しても興味を持ち、そこに向かってどんどん突き進んで行く。これでいてなんで友達が出来ないのか不思議ではあったが、きっとこのマイペースさに周りが着いていけないのだろうとも思った。とにかく、色んなところへ行った。名前も知らない画家の展示を観に美術館へ行ったこともあった。俺も姫宮も、何が良いのかはさっぱりわからなかったが、その静謐な空間と独特の雰囲気がなんとなく気に入って、お互い何も言わずに絵を眺めていた。町はずれのプラネタリウムに行ったこともあった。真昼間に映し出される満天の星空は本当に綺麗で、嫌なことを少しだけ忘れられた気がした。その日々を、詳しく語ることはしたくない。別に、良いことがあったから隠している訳じゃない。むしろ、逆だ。楽しかった、確かに楽しかったけれど。
わからないだろうか、その楽しさが、痛いという感覚が。
夕暮れの帰り道、並んで歩いている時。思ってしまった、その手を握りたいと。電車の中で、俺の肩に頭をのせるようにして眠る姫宮の寝顔を見た時。思ってしまった、その髪に触れたいと。
『じゃあ、またね。九条君』
いつもの駅で別れる時、その笑顔をみて、急に胸が締め付けられるように痛くなって、姫宮が去った後、俺は駅のホームで独りで泣いた。もう、自分を騙しきることは出来なかった。
ちっきしょ、ふざけんな。折角此処までずっと、気づかないフリをしてきたのに。
本当はずっとわかっていた。俺のこの意地が、全て酸っぱい葡萄であるということを。でも、だって、仕方ないじゃないか。届かないんだから、叶わないんだから。
手に入らないものを望むことほど苦しいことは、他にない。
「…マジになって、どうしろってんだよ」
最初は、ただ単に可愛い子だから仲良くなりたいという、その程度の下心で。それもすぐにアイツらの真似事みたいで馬鹿馬鹿しいとやめて。でも、友達とは言えなくても、こうして一緒に居ることが、居心地良くて。『デート』に付き合ったのも、たまにはそういうのも悪くないかも、くらいにしか思っていなかった、はずなのに。
問題、青春アレルギー患者が告白する、彼女を作る等の青春イベントに遭遇し、自身が『青春』の当事者となった場合、どうなるのか。
普通ならばそれは”治療”にあたり、そのままアレルギーが完治する可能性だってある。
だけど俺は、それらをずっと否定してきた。あんなものは要らないと、あんなものは下らないと。そうやって生きてきた人間に、今更何を望めと言うのだ。今更何を期待しろと言うのだ。
『大切なのは、”一歩を踏み出す勇気”なんだ』
その踏み出した先に待っているのはきっと、”現実”と”絶望”だけだ。
仮に、万が一OKを貰えたとしても、その瞬間、俺は俺の今までの在り方全てを自分自身で否定することになる。口で散々言ってても、結局はただの負け惜しみだったと認めることになる。もし、それを俺が自覚して、今までアイツらに向けていた嫌悪を自分自身に向けたら。
今になって、自身の”青春アレルギー”というネーミングが秀逸だったと自覚した。もし俺が、『青春』を手に入れたりしたら、
自己嫌悪が発作を引き起こして、あらゆる苦しみの末に俺は…いや、まさかそんなことはないだろうと思いたい。全く未知数の話なので、本当になんともなくて平気な可能性だってある。
だけど、危険なことになる可能性も、同じくらいあった。
だから、
この想いは絶対に姫宮には言えない。
俺は姫宮と恋人どころか、
友達になることさえ出来ない。
それでいい。
ずっと胸の内に秘めていよう。どれほど苦しくても、何も感じていないフリをしていよう。
俺達は、別に関わっている訳じゃない。
これは冗談で『デート』なんて呼んでるだけの、修学旅行対策会議だ。
そんな風に俺が思っていた頃、俺と姫宮の別れは唐突に訪れた。
夏休みが明けて、一週間ほど経った頃。
『修学旅行で同じ班になった子達から、お昼誘われたんだ!』
そう言って笑う姫宮は、本当に嬉しそうだった。長年の夢が叶ったのだから、当然か。最初の頃は、『ごめんね、九条君』という言葉があった。だから俺も、『気にすんな、俺となら別にいつでも食えるだろ?』と笑って返していた。本当のところ、胸は苦しかった。アイツらなんかと一緒に笑う姫宮を見るのは嫌だった。だって姫宮は、俺だけの隣に居たたった一人の…何だ?友達でも恋人でもないと、ついさっき言ったばかりだ。
ああ、そうか。
「俺と姫宮って、他人だったんだな」
俺が屋上でそんな独り言を漏らしたのは、一人で昼食をとるようになって一ヶ月ほど経ってからだった。
俺の1メートル隣には、誰の影もなかった。
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