魔性の女11
「お互い様って……」
「良い意味でね。彼とは気が合うし、好みも似ている。だからシルフィ、気をつけて。ただでさえ君は美しく、男を
「魔性の女?」
おかしいわ。それはラノベのシルヴィエラで、私ではないはずだ。どちらかといえば、義妹が近いような。
「王城でも評判だよ。君自身にその気はなくても、惹かれる男は大勢いた。だから公爵家の夜会で、君を僕の相手だと印象づけたんだ」
「でも貴方はあの時、次で最後にすると言っていたわ」
「ああ。『恋人のフリが最後』という意味だ。僕は君と本物の恋人になりたかったからね」
「まあ!」
「そうだな。婚約前、侯爵家に留まる期間は、やはり最小限にしよう。もちろん城の女官も付き添わせるよ。それまで君は、ここで過ごせばいい」
ロディの言葉に、私は彼との未来を思い描く。もう、大切な人と別れなくていい。大好きな彼とこの先もずっと一緒にいられるのだ。それは、幼い頃に交わした約束みたいで……
「わかったわ」
私は
「シルフィ、本当にわかっている? 君はこれから、ここで過ごすんだ」
「ええ、もちろん。嬉しいわ」
王城なら知り合いもいるし、友もいる。何より忙しいロディを、遠くからでも見守れるのだ。
「そう。それじゃあ早速」
「……ええっ!?」
言うなり彼が、私を長椅子に押し倒す。
ちょっと待って、ロディ。今の流れでどうしてそうなるの!?
「可愛いシルフィ、きちんと確認したからね。ここ――この部屋で一緒に過ごすっていうのは、僕のものになるって意味だよ」
「……え? そ、それはっ」
違うと思う。
ここって、王城のことじゃなかったの? 婚約前にいきなり
ロディ、いつものように首をかしげたってダメだから!
ロディの色気がダダ漏れで、私の胸は意志に反してドキドキする。落ち着こうと深く呼吸をしていたら、彼は長椅子の背に手をかけ、私ににじり寄った。整った顔が接近し、かすれた声が耳に響く。
「シルヴィエラ、愛しているよ。我ながら、膝枕だけでよく耐えられたな」
「耐える? それって、な……」
疑問は、彼の口に呑み込まれた。
ロディの唇が私のそれに優しく触れ、角度を変えて幾度も口づけられる。熱情を秘めた金色の瞳、頬に触れた手の熱さと額にかかった紺色の髪、そのどれもが愛しくて胸が締め付けられそうだ。
「ロディ……」
「シルフィ、好きだよ」
繰り返されるたびに深まるキス。子供の頃とは異なる親愛の表現に、私はどうしていいのかわからない。
「……くっ、ふう……」
「シルフィ、息はしていいよ」
良かった。空気が足りなくて、死ぬかと思……じゃなくて、ロディったらその余裕は何? 私は初めてなのに彼は慣れているってこと?
「待って、もうダメ!」
「シルヴィエラ――?」
ロディが困ったような声を出す。
だけど無理。胸が苦しいし息継ぎも難しくって頭がクラクラする。いや、ふわふわと言った方が正解かな?
それにまだ、最大の疑問が解消されていなかった。ロディは長年、エメリア様を想っていたはずだ。本当に私でいいの?
私は首を横に振り、
「あのね、ロディ。どうしても聞いておきたいの。元カノ――ええっと、エメリア様のことはもう吹っ切れた?」
途端に彼は、驚いたように目を丸くする。
「吹っ切れた、とは?」
「さっき、付き合いは終わったって言っていたけど……もらったものを大事にしているんでしょう? 実はまだ、王女のことを……」
過去は変えられないけれど、彼女に心を残しているならきちんと打ち明けてほしい。
「王女のことを、何? 質問の意味がよくわからないな。終わったっていうのは縁談の話で、付き合った覚えはないよ? 隣国の王女から贈られたものを、受け取ったこともない」
「……え? でもリカルド様が、弟には好きな人がいるって……」
第一王子のリカルドは、アマリアかアマレーナがその人だと言っていた。だから私は、エメリア様のことだと考えたのだ。しかも女官仲間で親友のカリーナも、ロディが白い何かを大事そうに手にしていた、との情報を得ている。
「兄が? まあ、ね。兄には昔、好きな子がいると話したかな」
愛しそうに目を細めたロディを見て、私の胸が激しく痛む。エメリア様でないのなら、ロディは過去、別の誰かを好きになったということだ。気にしてはいけないと思いつつ、非常に気になる。
「そう……」
落ち込む私とは対照的に、ロディはクスクス笑う。
「誰だと思ったの? もちろん君のことだよ」
「……ええっ!? だって、リカルド様が口にしたのは、別の方のお名前よ」
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