ラノベ化しません7

 私はびっくりして、思わずお盆を落っことしそうになる。

 振り向くと、悲しげな表情で首をかしげるローランド王子の姿が見えた。甘えるようなその仕草に、私は昔から弱い。


 ――変なことを考えてごめん。ここにいるのはやっぱり、弟のようなロディだ。


 こんな時間に夜食を取るってことは、夕食に行く暇もなかったんだね? 病弱だった頃を知っているので、すごく気になる。お願いだから栄養のあるものをきちんと取って、身体を大事にしてほしい。


 結局私は長椅子に腰掛け、真横に座る王子の食事を見守ることとなった。

 ローランド王子はシチューを口にするが、ある物だけをより分け、全く食べる気配がない。スプーンですくっても、皿に戻してしまうのだ。そのため私の口から、言葉がするりとこぼれ出る。


「こら、ロディ。キノコも食べなきゃだめでしょう!」

「ああ、いつものシルフィだ。嬉しいよ」


 しまった~~つい!

 王子をロディと呼んだ私は、すぐに謝った。


「た、大変申し訳ありません」

「いや、ロディでいいよ。最初に約束したよね? 時々は君と二人の時間がほしい。その時は敬語もなしで、ロディと呼んでって」


 もちろん覚えている。

 採用するための条件がそれだった。でも、私が楽なだけなのでは?


「お互い忙しかったから、なかなか二人になれなかったね。寂しかったよ」


 寂しい……

 そうか、疲れているから甘えたいんだね? 姉のように接してということなのだろう。

 だったら任せて! 

 私は今だけ彼を『ロディ』と呼ぶことにした。


「ええっと……ロディ、キノコも美味しいわよ」

「シルフィは好き?」

「もちろん。今の時期、一番のごちそうだもの」

「そう。じゃあ、あげる。ほら」


 ロディがスプーンに載せたキノコを、私の口元に突きつける。

 オイ、それじゃあダメでしょう。無理に食べろとは言わないけれど、人にあげるのはおかしい。ムッとしながら彼を見ると、いたずらっぽく片方の眉を上げていた。


「要らないの? シルフィが食べたら、僕も食べるんだけどな」


 今日のロディは、とことん甘える気分らしい。仕方がない、乗ってあげよう。

 けれど私がスプーンを受け取ろうとしたら、首を横に振られてしまった。このまま口だけ開けてって、そういう意味?


 唇を開くと、スプーンを押し込まれた。餌付けみたいだけど、キノコはやっぱり美味しいな。満足しながら咀嚼そしゃくしていると、何度もスプーンを運ばれる。上には当然キノコが載っていて……って、こら!


「そうやって、全部私に食べさせようとしているんでしょう。ダメよ」

「バレたか。じゃあ、シルフィが食べさせて」


 それぐらい私にとってはお安いご用だ。綺麗な顔の王子がねだると、普通の女官はうっとりしてしまうのかもしれない。だけど私は平気。

 ロディからスプーンを奪い、彼の口の前に持っていく。ロディはなぜか嬉しそうに微笑むと、私の手を掴んでキノコを口にした。

 なんだ、食べられるんじゃない。

 唇をめるロディに、私は思わず目を奪われた。……いやいや、見ているだけで、変な意味じゃないから。


「シルフィの後だと、美味しく感じられるよ」


 ロディ、いきなり何を言う!?

 確実に気のせいだ。

 それとも同じスプーンを使ったことを、やんわり注意してくれたのかな?


「ごめんなさい。戻って別のスプーンを持ってくるべきだったわ」

「違うよ。僕が言いたいのは……」

 

 あ、わかっちゃった。私も同じ考えだ。

 脳裏にある光景がよみがえる。


「黒スグリのジャムを同じスプーンでめたことがあったわね。昔に戻ったみたいって言いたいのでしょう? 姉弟のようで私も嬉しいわ」


 ロディがひたいに手を当て、ため息をつく。

 あれ? 違ってた? 

 おっかしいな。自信があったのに。

 沈黙がいたたまれず、私は別の話をすることにした。


「ねえロディ、ここでは鼻歌禁止なの?」

「どうして? ……ああ、そうかもしれないね。でも、僕の前ではいつも通りでいいよ。シルフィの歌は久しぶりだから、寝る時にでも聞きたいな」

「なっ」


 その発言は、いかがなものか。

 だって寝る時って……寝室でってことだよね?

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