自虐ネタではありません11

 柔らかいが、有無を言わさぬ口調だった。従者もそう感じたらしく、慌てて引き下がる。


「ま、まさか! 大変失礼いたしました」


 それなら私も、確認しておかなければならない。


「ねえ、ロディ。そんなに大事な馬に、私を乗せてもいいの? この子が嫌がるかもしれないわ」 


 ロディは苦笑し、首を横に振る。

 あれ? おかしいな。


 彼はひらりと飛び乗ると、私の手首を掴んで引っ張り上げた。次いで私の身体を後ろから包み込む。

 伸ばされた二本の腕のたくましさに、私は時の流れを思う……折れそうに細かった白い手が、こんなに立派になるなんて。


 白馬は嫌がらず、とってもおとなしい。

 とりあえず、振り落とされる心配はなさそうだ。だけど乗馬は初めてなので、どうすればいいのかわからない。


「シルフィ、肩の力を抜いて僕に寄りかかるといい」


 ロディの声が頭上から聞こえるって、なんだか変な感じだ。手綱たづなを握る手も大きく、まるで男の人みたい……って、そうだった。私は急におかしくなり、クスクス笑う。


「楽しそうで良かったよ。揺れるけど大丈夫かな? 気分が悪くなったら休憩するから、早めに言ってね」


 ロディは女性に優しい好青年に成長したみたい。姉として嬉しくなり、私は再び笑みを浮かべた。


 穏やかなリズムで、白馬は進んでいく。詳しくはないけれど、彼の手綱たづなさばきは上手なようだ。

 後ろに寄りかかってもロディはびくともしなかった。今日はポカポカ良い天気。温かい腕に包まれて馬の背に揺られているため、つい眠くなってしまう。


 咳ばかりして痩せ細っていたロディが、こんなにもたくましく、元気になるとはね。彼のお父様とお母様も、さぞや息子を自慢に思っているはずで……


 そこまで考え、私は目が覚めた。

 ロディの許しを得ても、彼のご両親が納得しないと、私は彼の家で働くことができない。


「ね、ねえ、ロディ」

「なあに、シルフィ」


 身体だけでなく声も、ずいぶん男らしくなっている。低すぎず高すぎず、ちょうどいいイケボだ。身体は密着しているし、私の耳元に息がかかったため、背中がザワザワする。

 くすぐったくて首をすくめた私は、言葉を続けた。


「私が突然お邪魔したら、ご両親が嫌がるのではないかしら」

「嫌がる? まさか。むしろ歓迎されるよ」

「そう。それならいいけれど……」


 ロディの家は、そんなに人手不足なのだろうか? 行き場のない私を歓迎するくらいに?

 だったら一生懸命頑張ろう。働くことには慣れている。置いてもらう代わりに、精一杯尽くすことにしよう。

 決意を新たに、私は気合いを入れ直した。

 ところが――


「あの、道が違うわ。この先にあるのは王城よ。ここには、選ばれた人しか入れないのに」


 男爵令嬢という身分は低く、実の両親が生きていた時でさえ、私はお城の敷地に入ったことがない。王城勤めの経験がある母から、昔の話を聞いただけ。懐かしそうに語る口調から、私は憧れを抱いていた。


 けれど憧れだけで、勝手に観光していい場所ではない。それなのに、ロディも彼の従者も迷わず奥に進んで行く。


「あれ? シルフィに言ってなかったっけ。母上からも教えられなかった?」

「教えられるって、何を?」


 顔を反らして上を向くと、楽しそうな金色の瞳が踊るように輝いている。あまりの至近距離に、私はすぐに前を向く。心臓が役目を思い出したように疾走しっそうしたので、胸を押さえた。


 ――イケメンの破壊力、半端ないわ。


 大きくなったロディの顔はまだ見慣れないから、油断をしてはいけない。

 ロディは明るい笑い声を立てながら私の腰に手を回し、肩にあごを乗せた。内緒話のように口にする。


「知っているのかと思ってた。あのね、僕、ここに住んでいるんだ」

「なんと!」


 驚いて、思わず変な声が出た。

 身分が高いとは思っていたけど、まさかロディが大臣の息子さんだったなんて!

 

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