自虐ネタではありません9

 その仕草は、ロディの得意技だ。

 さりげなくキノコをお皿に残す時、私に対して使っていた覚えがある。『ねえ、ダメ?』というような彼の表情に、私は弱い。


「まさか、ロディ……なの?」


 口に出すだけなら自由だ。

 間違っていたら、笑ってごまかそう。


「ああ、やっぱり覚えてくれたんだね。そう、僕だよ。こんな所で会えるなんて……。知っていたら、もっと早く来たんだけどな」


 いえいえ、早く来たらここには誰もいなかった。だって私が前世を思い出し、逃げようと決めたの昨日だし。

 それよりも、驚くべきは彼だ。

 瞳の色以外、全てが大きく変わっている。


「小っちゃなロディが、こんなに大きくなるなんて……」


 気分はまるでお姉さん。

 良かった。元気そうだし、背も高く体格もしっかりしている。自分が育てたわけでもないのに、私は誇らしい気持ちでいっぱいになった。涙をこらえ、ロディの顔に手を伸ばす。


 ロディは私の手を握ると、自分の頬に押し当てた。


「そりゃあね? 僕ももう十七歳だ。シルフィこそ、ますます綺麗になったね」


 うんうん。ロディは気を遣う子だったもんね。お姉さんはちゃんとわかっているよ。今のはもちろん、社交辞令だ。


「ありがとう。ねえ、ロディはどうしてここにいるの?」

 

 自分のことはさらっと流して、彼に疑問をぶつける。こんな辺鄙へんぴな場所に、彼がいる理由を知りたい。まさか神様が、私の願いを叶えてくれたとか?


「シルフィこそ。まあ、どうしてって言われたら……ここ、うちの小屋だから」

「そう……って、ええっ!?」


 目を丸くして、穴の開くほど彼を見つめる。ロディはそんな私を見て、クスクス笑う。


「シルフィったら、相変わらず驚く顔も可愛らしいね。報告を受けて来てみれば……まあ、これほど早く会えるとは思っていなかったけど」


 もしかして、修道院から私を探すように頼まれた? それとも男爵家から?

 私は彼の頬から手を引きがすと胸の前で握りしめ、おびえて後ずさる。


「シルフィ、どうかした?」

「私……今は修道院に戻りたくない」

「そんなこと! ねえ、いったい何があった? 僕はいつでも君の味方だよ。シルフィ、離れている間に、君はどうしていたの?」


 ロディの優しい言葉に、うっかり泣いてしまいそう。だけど私は涙を武器にしたくないので、唇を噛みしめ我慢する。私の方が年上だから、冷静にならなくちゃ。


「僕が君の力になるよ。良かったら、聞かせてくれないか?」


 どこかで聞いた台詞に、一瞬身体が強張こわばった。

 駄作過ぎて読み飛ばしたけど、そんな言葉がラノベの中に出てきたような気がする。

 けれど『聖女はロマンスがお好き』は、シルヴィエラが大きくなってからの話だ。ロディという名前の人物は、どこにも出てこなかった。義兄のヴィーゴはそのまま。幼なじみは水色の髪で、レパードという名前だったはず。だからここにいるロディは、ラノベとはまったく関係がない。


 私は詰めていた息を吐き出し、ロディと共に長椅子に移動した。

 彼は私の前ではなく、隣にくっつくように座る。大きくなってもロディはロディだ。以前と変わらず、甘えん坊らしい。


 私は彼に、今の状況を語ることにした。

 ラノベのヒロインであることは、当然伏せて。


「……というわけで、父が亡くなった後、私は修道院でお世話になっていたの。義兄に呼び戻されるなんて、思ってもみなかったわ」


 それは嘘で、私はこの後の展開もちゃんと知っていた。

 迎えの馬車の中で義兄に襲われたシルヴィエラは、泣く泣く彼のものになる。開き直った彼女は、幼なじみが現れるまで義兄の愛人として、王都の男爵家で暮らすのだ。

 だからこそ私は、逃げると決めた。

 でも考えてみれば、レパードなんて幼なじみは知らない。


『私は義兄に襲われる予定で、訪ねてくるはずの幼なじみと逃走。その次が第二王子で、最後は第一王子と深い仲になるわ。全部嫌で逃げてきたの』


 そんなことを言ったら、ロディに頭がいているのかと心配されてしまう。

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