自虐ネタではありません6

 森に行きたいと切実に願ったのって、ロディがうちにいた時以来じゃなかったっけ。小さなロディは元気かな? とても可愛かったから、今は前世のアイドルのように成長し、ちやほやされていることだろう。彼が笑顔で過ごしていればいいな、と思う。ロディのことを考えるだけで、胸がほわんと温かくなる。私にとってあの頃が一番楽しかった。懐かしい木イチゴは……時期外れで今は取れない。黒スグリの実だって、当分先だ。

 

 冷静に考えたら、森ではなく他にもっと良い場所があっただろう。それでも森に行こうととっさに思いついたのは、あの日の思い出に引っ張られたからかもしれない。馬車ならすぐなのに、歩くとこんなに時間がかかるなんて、判断ミスだ。逃げようと焦っていた私は、落ち着いてものを考えられなかった。


 好きでもない人に食われるのは嫌だけど、森で狼に頭からバリバリ食べられるのは、もっと嫌。そうかといって、こんな田舎の道では馬車も走っていない。野宿か小屋か……それなら小屋の方が良さそうだ。




 歩きすぎてヘトヘトだけど、目の前に広がる森を見て、少しだけ気力が回復する。私の記憶が確かなら、ここからそう遠くないところに、狩猟用の小屋があった。どちらにしろもう日が傾き始めたので、引き返すという選択肢はあり得ない。暗くなる前に小屋を見つけよう!


 寒さが一層増したため、私はコートを掴んでブルッと震えた。

 急速に薄暗くなる森の中で、懸命に小屋を探す。道は間違っていないはずだ。不安な気持ちはあるけれど、自分を奮い立たせるため、私は食べたいものを頭に描くことにした。食い意地が張っているのは、前世の影響かもしれない。亡くなる前は点滴だけで、何も食べられなかったから……


 いちご大福に温かいお茶、タルトにケーキ、ボンボンショコラ。アップルパイにカステラ、ようかんなんかも捨てがたい。それから、蜂蜜たっぷりのアマレッティ。

 蜂蜜と言えば、ロディの瞳は金色だったっけ。弟のような彼を思うと、自然と口の端に笑みが浮かぶ。可愛い彼は、ラノベに出てきていなかった。適当ヒロイン、シルヴィエラの虜にならず良かったと思う。


「やっと着いた」


 目当ての狩猟小屋を見つけた時、私は疲れ切っていた。休まずに歩き続けたため、足はガクガクで、身体もだるい。足の裏にはまめができているだろう。

 木々の枝や葉で肌は所々切れているし、髪にもたくさん草や葉っぱがくっついている。バランスを崩して何度か転んだため、手や服もドロドロだ。

 残念ながら、もう蹴り飛ばして扉を開ける余力は残っていない。どうか開いていますように……


 私は持っていた布の袋を下に置き、取っ手に手をかけ押してみた。


「そんな! この前来た時は簡単に開いたのに……」


 あれから一ヶ月も経っていないはずだ。それなのに、中からかんぬきでもかかっているのか、びくともしなかった。狩猟シーズンだから、屋内に人がいるのだろうか? 


「すみません、森で迷いました。助けてください!」


 嘘をつくのは、この際仕方がない。

 けれど、物音一つしなかった。

 扉を叩いても、反応がない。

 横に回ってのぞいたら、室内も真っ暗だ。軒下のきしたにはまきが積み上げられているし煙突えんとつだってある。中にはきっと温かい暖炉もあるはずなのに。


 ここに来れば、全てが上手くいくと信じていた。根拠のない自信だけで行動した、私はバカだ。辺りがどんどん暗くなるにつれ、身体の奥から森への恐怖がせり上がる。


 ――昔遊んだ所に似ていたから、勝手にあてにしたのかな? やっぱり森って、一番危ないんじゃあ……

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