利賀家の妹

「心を落ち着けて、世界と同化する。感覚的には『気配を消す』というのがまんまそれだ」

 躍斗の説明に、キュオは印を結んで目を閉じ、「うーん」と口をへの字に曲げる。

「いや。忍術じゃない」

 分かんないよー、と早くも根を上げるキュオにやれやれと首を振る。

 台所を漁ってキュオの食事を工面するのにも限度がある。かと言って躍斗の小遣いで養うのは無理だ。

 キュオの為に盗みをやるなど、もう魔王どころか名作劇場に出てくる健気な兄になってしまう。

 キュオも姿を消す事ができれば、一緒に食卓に着く事で食事にありつけるし、ずっと隠れているのも窮屈だと言うので教えてくれと頼まれたのだが、どうにも感覚が伝わらない。

 躍斗が姿を消していてもキュオには見えるのだ。それがキュオも能力者だからなのか、狭間に迷い込んだ影響なのかは分からない。

 いずれにせよキュオが姿を消す事に成功しても、躍斗には分からないのかもしれない。

「それじゃ確かめようが無いな」

 と体よりも大きな服を着た小さな子を見る。

「その服も何とかしないと」

 狭間の中では衣料品も使い放題だったろうが、ここでは無理だ。洗濯や風呂など問題は山積みだ。

 外で練習させるにしても目処が立たないんじゃ……、とわりと急を要する問題なのだと頭を悩ませた。



 夕食の時間になり、躍斗は階下へと降りた。

 食器が並べられた席に着き、箸と茶碗に手を伸ばす。

 小さく頂きます、と行った所で視界の横で僅かに軋んだ音を立ててドアが開き、キュオが恐る恐る顔を出した。

 大丈夫なのか!? と一瞬焦るが、両親に気にした様子はない。気配を消す事に成功したのだろうか。

 それとも単にお腹がすいて力が発揮されたのか。

 躍斗の隣に座るキュオに箸と茶碗を持たせる。

 箸でご飯を取り、小さな口に運ぶと顔を綻ばせた。久しぶりの普通の食卓だろう。

 母が何も言わず、躍斗の席に新しい箸とご飯を置いた。

 キュオが躍斗の箸を持ったから見えなくなって、また置いたのだろうか、と少し不安になりながらも自分を納得させる。

 躍斗は小皿にカボチャの煮物を取ってキュオの前に置いた。

 まるで四人家族の食卓のようだ。

「あなたご飯は?」

「もらおう」

 母が父にもご飯をよそう。

 食卓で躍斗が声を発する事はほとんどない。食事中はテレビも点けない為いつも静かだ。

「躍斗お代わりは?」

「ああ……うん」

 よそわれたご飯を少しキュオに分けてやる。

「ほら、ちゃんと野菜も食べなさい」

 と躍斗の前というか、キュオとの間に置く。

 それにキュオが箸を伸ばした。

 躍斗はいつも食べている母の料理なので何の感慨も湧かないが、キュオは次から次へと箸を伸ばす。

 急ぎすぎた為かキュオは激しく咳込んだ。

「あ、母さん。水もらえるかな」

 はいはいと言って冷蔵庫を開け、麦茶を取り出す。

「躍斗、麦茶いるの?」

「え? いるよ?」

 なぜ改めて聞かれたんだろう? と思いつつも受け取った麦茶をキュオに渡すと、母はまた麦茶を入れて躍斗の前に置いた。

 違和感はないのだろうか。まあ違和感だらけだと言えばそうなのだが、という躍斗の心配をよそに、キュオはそんなに食べて大丈夫なのかと言う勢いで食べている。

「お。よく食べるな。育ち盛りなんだからいい事だ」

 父が食卓を見て言う。

 自分が食べているわけではないのだが、と躍斗は曖昧に頷く。

「お前も見習え」

 ……母さん? と母を見るが育ち盛りには見えない。

「これ美味しい……」

「カボチャの煮っ転がしよ。甘いから美味しいでしょ」

 と母がキュオの呟きに応えたかのように小皿に上乗せする。

 確かに躍斗は甘党だが……。

「躍斗、お代わりは?」

「ああ……」

 またご飯が盛られる。

「キュオ、お代わりは?」

「あ、はい」

 キュオのご飯も新しくよそわれる。

 今何かおかしくなかったか? と思いながらも黙々と食事を続ける。

「お前達、まだ一緒に寝てるのか?」

「ん?」

「キュオも来年は中学生だろ。もう窮屈じゃないか?」

「でもベッド二つ入らないし、大きいのに換えましょうか」

「そうだな。この家は部屋が少ないからな」

 お父さんは頑張るよ、と言わんばかりの神妙な面持ちになる。

「ホント、二人は仲がいいから助かるわ」

 躍斗はどうリアクションしたらいいものかと困惑する気持ちを押し殺し、黙々と食事を続けた。



 軽く妊婦のようなお腹になったキュオがベッドで大の字になる。

「どういう事なんだ?」

 躍斗は疑問を口にするが、キュオは大して気にしていないようだ。久しぶりにお腹一杯で何も考えられないのだろう。

 親に冗談のセンスはない。こんな長いノリ突っ込みをするわけはないはずだ。

 キュオは本当にこの家の娘、躍斗の妹になっているようだ。

 狭間に落ちた人間が、現世の者に忘れられるというのなら、これはその逆の現象なのだ。

 忘れ去られた人間がまた戻ってくると、自然に居場所が作られるのだろう。

 躍斗の妹になったのは、ここにずっといたからか、元々のキュオの家族が遠くに行ってしまったからかは分からないが、世界は思いの外適当に帳尻を合わせるようだ。

 問題は解決したのだから深くは考えまい、と今日のところは寝る事にした。

「……ただ、ベッドは早く変えてほしいかな」

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