ワールドオブザーバー ~僕が魔王になったワケ~
九里方 兼人
ワールドオブザーバー
一幕 僕が魔王になったワケ
モノローグ
https://www.youtube.com/watch?v=995gOAVYaLo&t=14s
神谷そらさんによるプロローグの朗読。より世界観に没頭できます。
存在感がないって言われた事はあるかい?
仲間外れにされた事はあるかい?
周囲から浮いていると思った事は?
空気が読めないって言われた事は?
声が聞こえないって言われた事はある?
同じ事をしたのに、自分はダメで他人は咎められなかった事は?
人がした失敗なのに自分のせいになっていた事は?
それを誰も疑問視しない事を不思議に思った事は?
友達がいないだろって言われるかい?
僕は全てある。それも二度や三度じゃない。初対面の人間に言われた事もある。
むしろこれだけ揃えば、自分が何か特別な気さえしてくると思わないか?
それでも大人ならいい。周りに馴染めないのなら、会社を辞めるなりすればいいんだ。
僕ら学生はそうはいかない。
嫌でも学校で同じメンツと顔を合わせなくちゃならない。
嫌でも班の連中と共同作業をしなくちゃならない。
しかし、美術の時間に班の中で一番良い作品を提出する時には僕の物は選ばれない。何が劣っているのかは誰も説明しない。
班の行事で取り決めをする際にも僕の意見は通らない。
しかし後になって指摘した問題が実際に起こっても誰も反省しない。
僕としては、これを機に次から僕の意見に耳を傾けてくれればそれでいいと進言するのだが、彼らは僕のミスを指摘する事で反論する。
それも一体いつの話だ? というよりそれは僕のせいではない事は説明しただろう? というような事ばかり。
「これだけの人間が揃ってお前が間違っていると言ってんだぞ。それでも自分が間違ってるのが分からないってのか?」
と班の五人は取り囲んで言う。
それは僕も常日頃から疑問に思っていた事だ。
なぜ彼らはこうも口を揃えるのか? 僕が登校するよりも早くに朝会でもやって、事前に申し合わせているのだろうかと思うほどに。
一つ考えられる可能性があるとするならば、間違っているのは僕だという事だ。
世間の者が当たり前に理解できる事が、僕には理解できていないのだ。
僕の成績は決して悪くない。むしろ上位に位置するといっていい。
しかし地理と音楽という僕にとってはどうでもいい教科の為に、全体順位としては中の下だ。
彼らが僕を上回っているのは地理と音楽の点数だけだが、それで彼らを下に見るのが間違いなのだろう。
どういう理由があるのかは分からないが、世間では平均で能力を判断するのではないか。
きっと数学界の権威も各県の区名を全部言えて、ビートルズからレディ・ガガまで歌えるに違いない。
しかし困った。
僕が間違っていると仮定した所で、どう直せばいいのかが分からない。
なぜ総合的な平均の方が、個別の技能の高さよりも重視されるのか。その理由が分からなくては納得のしようが無い。
いつもはそのうち分かるかもしれないと折れていたが、今日はわざわざ僕の為に場を設けてくれたのだから徹底的に突き詰めてみようじゃないか。
彼らは僕の間違いを指摘する。
それは違うんじゃないか? と僕は根拠も含めて説明する。
「言い訳するな」
とボディに一発打ち込まれた。
僕のが言い訳だったとして、僕はまだ君達の指摘の根拠を聞いていない。それを説明してくれないか。
そう言うと、またボディに一発入れて別な問題の指摘を始めた。
それも違うじゃないか? と僕はまた根拠を含めた説明を繰り返す。
いつもと同じ、僕は疑問の根拠を逐一説明しているのに、彼らは何一つ説明しない。
話がどんどん違う方向に進むので、いったん最初の問題に戻ろうと提案すると「話を逸らすな」と殴られた。
彼らの稚拙な国語力では愛の鞭を使わざるを得ないのだろう。
とにかくまず謝れやと挟んでくる言葉にも、僕は逐一丁寧に侘びを入れているのに納得した様子もない。
「お前の為にやってんじゃねぇんだぞ。みんなお前が嫌いでやってんだ」
なんだ。そうなのかよ。
てっきり僕の為にやってくれていると思っていたから付き合っていたのに、どうやらその必要はなかったらしい。
彼らの支離滅裂な言動を精一杯繋いでみるのだが、どう解釈してもそれは「弱いくせに生意気だ」と言っているようにしか聞こえない。
確かに僕は喧嘩は嫌いだ。だが僕は彼らと一度も殴り合いをした事がない。
実際彼らよりも体は小さいが、ボクシングのフライ級チャンピオンは僕よりも小さいが僕よりも強いだろう。
そもそも人と殴り合いをした事がないから、強いのか弱いのかなんて僕も知らない。
どちらかと言うと力がない方だから、むしろ相手の力を測る事に長けていると思っている。
一体何を根拠に、彼らは僕を弱い者に分類しているのだろう。
「なんでみんなこんなに怒ってるのか分かってんのか?」
今日と言う今日は溜まりかねたので袋にしてやろう、というような事を言っているがおかしな事を言う。
いつも折れているのは僕の方なのに、なぜ君達が溜まりかねる?
「ボコボコにされないと分からないらしいな」
ボコボコと理解がどういうプロセスで繋がるのか僕には全く分からない。
いつもなら面倒なのでここいらで折れているのだが今日は、
「それが正しいと本気で思うなら、やればいいと思うんだが。どうしてやらないんだ?」
と言ってみた。
彼らはしきりに自分達は怒っていると言っているが、それは僕も同じだ。
我慢の度ならとうの昔に越している。
怒りは爆発力だ。彼らの怒りが、僕のそれを上回っているとは到底信じられない。
それでも耐えていたのは、同じ学校で、同じ班で、これからもよろしくやっていかなくてはならないからだ。
だが今日は「お前は仲間じゃない」「これからは無視する」と言っている。
これから無視するのなら、よろしくやっていくために僕が気を使う必要が無くなってしまうのだが……。
耐える理由をなくして、彼らはどうするつもりなのか。
僕が怒ったら、一体どうやって押さえるつもりなのか?
僕が弱そうに見えると言うなら否定はしないが、別に彼らも強そうには見えない。
口は揃えているが、彼らの言動は全く整合性が取れていない。人数がいても息の合った連携が出来るとは思えない。
一体どんな武器、どんな技? どんな作戦が? 彼らがこの状況を打破できるというのなら是非それを見てみたい。
それに、本当は僕の方が間違っているのかもしれないじゃないか。
我慢して、耐えていると思い込んでいるのは僕だけで、実は彼らの怒りの方が勝っているのかもしれない。
そして、僕は相手の力量を測れるなんてのも気のせいなのかもしれない。実際比べた事ないし。
本当は怒ったら恐いんだなんてのもイタイ思い込みで、五人も相手にしたら簡単にやられてしまうのかもしれない。
これは疑問を解決するまたとない機会だ。
常識や感覚は解釈が異なっても、殴り合いでどっちが強いかに解釈のズレはないだろう。強ければ勝ち、弱ければ負ける。
どっちが間違っているのかはっきりするに違いない。
彼らの先鋒となる一人が僕の胸倉を掴む。
「殴ってみろ」
どうやら先に殴っていいらしい。さっきのボディブローも愛の鞭ではないと言うのだから、先に手を出した事にはならないんだろう。それに相手は五人もいるんだ。
僕は手を後ろに……、相手から見えないように振りかぶり、空手で言う一本拳で相手の顎を確実に捉えた。
先鋒の頭が吹っ飛ぶ。
その瞬間、アドレナリンのせいか時間が止まったような気がした。
吹っ飛んだ姿勢のまま止まったように見える頭を掴んで引き戻し、もう一方の手で喉を締め上げる。
まず一人。
残り四人……、だが僕の感覚では二人の戦闘力を検出できない。その二人からは全く脅威を感じられなかった。それ以外の二人を目標に定める。
どっちが来る? 今の攻撃は死角になって見られていないだろう。一瞬でも先に射程に入った方を同じ方法で仕留める。
機械のように冷静な目で相手を見据え、武器を持っていないか、掴める箇所はあるか、と距離、姿勢、服装、髪型を順に確認する。
だが残った者達は、まるで僕などその場に存在しないかのように集まって日常会話を始めた。
今にも死にそうな仲間の一人を放り出して、自分達が怒ったらどれだけ恐いかという武勇伝を語り合っている。
僕は一瞬何が起こっているのか分からなかったが、手の中で呼吸不全を起こしている級友を見てはっと手を放す。
三半規管を完全に狂わされた級友は、立ち上がろうとしては転び、を繰り返す。
それもほったらかしに武勇伝に花を咲かせる連中を、しばらく呆然と眺めていたのを覚えている。
危険から身を守る為の方法の一つくらい身につけていないのか?
先鋒の奴は殴ってみろと言ったのになぜ歯を食いしばらなかった?
僕がプロボクサーを殴っても倒せないのは相手が防御をするからだ。
たとえプロボクサーでも僕の攻撃をまともに喰らったらそれは倒れる。
彼がやったのは防御姿勢ではなく次の台詞を言う事だった。
口を開けている時は打撃に弱い時だというのは、漫画を読んでいれば知っている程度の事だ。
こんなに弱いのに、普段威張ってあまつさえ喧嘩を仕掛けてきたのか?
しかも負けて、仲間をあっさりと見捨てる。
まだ二人、いや四人残っていたのに、誰も仲間を助けようとせず、自分だけは助かろうとした。
殴り合いが始まっているというのに、逃げるでもなくそのまま無防備な姿を晒す。
僕がそのまま攻撃したらどうするつもりなんだ? 集団現実逃避なのか!? それとも武勇伝に僕がビビッて止めてくれると思ったのだろうか。
いったい何なんだ、こいつらは?
僕は一生懸命に努力してこいつらと同じ輪に入って、同じレベルで会話ができるようにならなくてはならないのか?
それが僕が学校で学ぶべき事なのか?
班の連中だけが特別なわけではない。これまでどこを見渡しても似たような連中ばかりだった。
疑問は解決どころか、より大きく濁流のように押し寄せて来て、その後の事はよく覚えていない。
本当に彼らの言う通りに僕が間違っていたのなら、先生にでも警察にでも突き出せばいいんだ。
僕が幼い為に理解できなかったのなら、より上の者へと話を持っていかなくてはおかしいはずだ。
今までは何かある度に僕がまたやらかしたといつまでも騒いでいたくせに、最大の事件であるはずの今回の件はその後彼らの話題に出る事はなかった。
まるでそんな事実はなかったかのように忘れられ、むしろ今までよりも普通に接してくる。
あれは一体何だったのか。それは未だに分からない。
ただ一つ確実に理解できたと言える事は、僕は周りとは違うんだという事だ。
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