第20話 私、店長代理です③

 まさみが一ヶ月近く温めた計画改善書は晴人の呆気ない言葉で片付けられ、まさみは言葉を失った。まさみの表情を見た信五は思わず晴人に反発した。

「なんだよその言い方。まさみさんは仕事をしながらこれを書いてくれたんだぞ」

 まさみは我に返ると慌てて二人の間に入った。

「沢口さん落ち着いて。晴人の言い分を聞いてみましょう。晴人。どこが駄目なのか教えて」

「全部」

「お前なぁ! 」

 晴人の素っ気ない言葉に信五はまた食ってかかった。

「沢口さん落ち着いて。晴人、どこが駄目なのか一つずつ教えて」

 まさみはショックを隠せないながらも晴人に穏やかな口調で促すと彼はゆっくりと口を開いた。

「買い付けが多いから店の経営に影響を与えてるのは分かる。でも買い付けを減らしたら掘り出し物を見つけるチャンスが無くなる。ウチの客はそういう掘り出し物を探しにウチに来るから、客の期待を裏切ることはしたくない。だから買い付けを減らすことは出来ない」

「分かった。二つ目のSNSの開設は何が駄目なの? お店を知ってもらうにはいいアイデアだと思うんだけど」

「この店をやる時に家賃を低く抑える為に人通りが少ない場所を選んだから、宣伝の為にSNSの開設は確かに大事だと思う。でも俺は文章を使って宣伝するのもSNS自体も苦手だし気まぐれな更新になると思う。頻繁に更新が出来ないならするべきじゃないと思う」

 確かに晴人はまさみや信五といった知り合いと連絡を取るぐらいでSNSをほとんどしていない。大学生の時にSNSが流行って晴人も手を出したが、すぐに疲れてしまい止めてしまったことをまさみは思い出した。

「分かった。それじゃあお店のリフォームはどうかな? 私、色んな古着屋を見に行って思ったんだけど、晴人のお店って入りづらい気がする。だからね窓を付けて太陽の光が入るようにすれば、たまたまお店を見つけた人も入りやすいと思う」

 店は木造のロッジのような外観をしていて窓がないので通行人からは店の様子が分からない。路上に置いてある『Vintage Shop The High Lows』という看板を片付けてしまえば、何の店だか通行人には分からないだろう。

「まさみの言いたいことは分かった。でもそれは絶対に無理だ」

「どうして? 」

「まさみは洋服を日光に当たる場所に長い間置いたことある? 」

「えっ? 」

 まさみは晴人の言っていることが分からなくて口ごもった。

「洋服を長い間、日光や蛍光灯に当てると日焼けする。だから日光が入るようにリフォームすることは出来ない」

「そっか……。でもこのままだとお店潰れちゃうよ! だからなんか方法を考えないと」

 まさみは熱が籠った口調で言うと晴人は勢いよく立ち上がった。

「部外者が口挟むなよ。ていうかまさみに店の経営をどうにかしてくれなんて頼んだか? 古着のことも経営のことも詳しくないのに」

 晴人はそう言い残すと玄関へ向かった。

「おい晴人! どこに行くんだよ? 」

「レジの金を数えてくる」

 晴人は玄関の扉をバタンと閉めた。

「まさみさん。本当にごめん! 」

 信五は頭を下げた。

「全然気にしないでください。晴人の言う通りですよ」

「えっ? 」

「たった数回お店を手伝った人間が経営のことに口を出そうとしたのがそもそもおかしい訳ですから。夫婦とはいえこの店は晴人の店なんだから、私が口出しするのはおかしいんですよ。お忙しい中、話を聞いてくださりありがとうございました。さっきの話は忘れてください。すいません」

 まさみはテーブルに置いてある計画改善書を手に取るとそのままゴミ箱に捨てた。信五はゴミ箱をじっと見つめていた。


 まさみは仕事を終えて歩いていると晴人の店のドアの隙間から光が漏れていることに気づいた。彼女が帰ってくる時にはシャッターが降りているので、不思議に思いながらドアを少しだけ開けて店の中を窺うと晴人と信五が向かい合っていた。声を掛けようと思ったが、いつもとは違う雰囲気にまさみは口を閉じた。

「まさみさんの提案を受け入れるべきだ」

 信五の手にはまさみが捨てたはずの資料が握られていた。

「何を言ってるんだよ」

「お前だって分かってるだろ。このままだと不味いって。まさみさんのアイデアは確かにお前には受け入れづらい所はあるかもしれない」

「駄目だ。絶対に」

 しかし晴人は頑なだった。

「いい加減にしろ! 趣味でやってるんじゃないんだよ。これは仕事なんだよ。仕事と趣味を分けれないヤツは辞めろ! 」

 まさみは信五が語気を荒らげたのを初めて見て息を飲んだ。しかし晴人は相変わらず黙ったままだった。まさみは知っている。こうなった晴人は中々口を開かない。

「俺は色んな経営者を見てきたよ。早くに店を潰してしまった経営者には共通点があった。それはこだわりを捨てきれなかったことだ。憧れや夢が強すぎて現実に折り合いをつけられなくて、客が入らないの客のせいだって言い訳してる経営者だ。もっと客のことを考えろ。こだわりを捨てろ。そうすれば店は続けられる」

 晴人は口を閉ざしたままで店の中には張り詰めた空気が漂っていた。その空気を壊したのはまさみだった。

「あの……。こだわりを持ってたら駄目なんですか? 」

 気がつくとまさみは口が動いていた。二人は驚いてまさみの方を見た。

「まさみさんいつから! 」

 まさみはドアを開けると店に入った。

「ごめんなさい。さっきから二人の話を聞いてました。私は晴人のこだわりを捨てなくていいと思います」

「まさみさんもそんなこと言うの? 」

 信五の今までに見たことないくらい鋭い目をしていた。まさみは信五の迫力に気圧されそうになったが耐えた。

「はい」

「それじゃあこの店は潰れてもいいってこと? 」

「いいえ。ただ晴人のこだわりを大事にしながら店を守れる方法があるんじゃないかと思うんです」

「例えば? 」

「買い付けは晴人がアメリカに行ってするんじゃなくて信頼出来るブローカーにお願いするのはどうでしょう? その人に手数料を渡す必要がありますけど、わざわざ晴人が行くより経費は掛からないと思います。それに晴人が定期的にアメリカに行くよりブローカーに頻繁に買い付けた物を送ってもらった方が掘り出し物もたくさん見つかるんじゃないでしょうか? 」

「なるほど……。SNSはどうするの? 」

「新商品を仕入れた時とか季節の変わり目にコーディネートを紹介する投稿をするのはどうでしょう? これなら頻繁に投稿をしなくても平気だと思いますし、文章じゃなくて写真メインだから晴人の苦手意識が減るかなと思います」

「コーディネートならお前の得意分野だもんな」

 信五は晴人に話を振ると気まずそうな表情を浮かべながらも頷いた。

「それでリフォームは? 」

「例えばですけど通行人の人にもお店の中が分かるように窓付きのドアにするのはどうでしょう? そして天気がいい日にはドアを開けたままにするんです。この大きさのドアなら開けたままでも太陽の光が商品には当たらないけど、お店の中は少しは明るくなりませんか? 」

「なるほどね……」

 信五はしばらく考えている様子だった。

「でもすごいシフトチェンジだね。どうしてそこまで意見を変えようと思ったの? 」

 まさみは苦笑いを浮かべた。

「すいません。私も正直に言えば店が潰れるなら晴人のこだわりなんてどうでもいいって思ってました。でも私、思い出したんです。晴人が古着屋をやりたいって言い出した時のことを。どこに何を置くか、どんな商品を置くのか。そんなことを話してる時の晴人の顔がすごくキラキラしてたんです。その話を聞いてる私もなんかワクワクして来ちゃったんです。だから晴人のこだわりを守りながらお店を守れないかなって」

「晴人はどうなんだ? 」

「どうって……」

「まさみさんの案を受け入れるのか受け入れないのかどっちにするんだよ? 」

「分かった。とりあえずやってみるよ」

 晴人の言葉を聞いてまさみと信五は嬉しそうに顔を見合わせた。それから三人は店の経営について夜中まで話し合った。

「夜遅くなっちゃったね」

 まさみは風呂から上がりパジャマに着替え、リビングで寛いでいる。晴人は風呂から上がったばっかりで濡れた髪をタオルでガシガシと拭いている。

「ごめん」

「明日は休みだから大丈夫だよ」

「今までのことだよ……。部外者は黙ってろって言ってごめん」

「いいよ。私の方こそ晴人の考えを否定するようなアイデアを言ってごめん。大学生の時から色々考えてたのに、そんなもの捨てろって言われたら腹立つよね」

「いや。まさみが色々考えてくれたのに酷い言い方だったと思う」

「いやいや私の方こそ! 私ね沢口さんが晴人にお客さんのことをもっと考えろって言われた時に腹が立ったの。だって晴人はお客さんのことをめちゃくちゃ考えてるじゃん。買い付けもSNSもお客さんを失望させたくないからだし。リフォームだって商品を痛めないためにやりたくなかったんでしょ。お客さんのことを考えてお店をやってるんだから絶対に大丈夫だよ」

 晴人がくすっと笑ったのでまさみは怪訝な顔をした。

「まさみは変わらないな」

「何が? 」

「そうやって俺を信じてくれるところ。俺が古着屋をやりたいって言った時にみんな笑ってたけどまさみだけは笑わなかった」


『ずっと好きだったんです』


 まさみは両家の顔合わせをした時のことを思い出して顔が熱くなった。

「そうだっけ? 忘れちゃったよ」

「本当に感謝してる。ありがとう」

「晴人もそんな昔のことは忘れなよ! おやすみ」

 まさみは照れを隠すように捲し立てると寝室に向かった。晴人はまさみの背中におやすみと呟いた。

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