第18話 私、店長代理です①

「えっ! 旦那さん骨折しちゃったんですか? 」

「そうなの。私もびっくりだよ。夜の十一時ぐらいに電話が来たと思ったら階段から落ちたって」

 まさみと飯尾は昼休みに自分たちのデスクで昼食を食べながら話していた。飯尾は外回りの時に買ったコンビニ弁当で、まさみは昨日の夕飯で余ったおかずを詰めた弁当だ。

「いつ治るんですか? 」

「一ヶ月くらいかな」

「その間のお店はどうするんですか? 」

 飯尾はコンビニ弁当に入っているエビフライを頬張った。

「二、三日はお店を閉めるけどさすがに一ヶ月はまずいでしょ。だから副店長がお店を見てくれるんだけど、その人は他にもお店を経営してるんだって。だから土日は私が手伝うことになったの」

 まさみはかぼちゃの煮物を口に運んだ。

「つまり高橋さんが店長代理ってことですか? 古着の知識とかあるんですか? 」

「ないない! 古着なんて一着も持ってないもん。それにアパレルのバイトもしてなかったしめちゃくちゃ不安だよ」

「そうなんですねぇ。そういえば大学生の時ってなんのバイトしてたんですか? 」

「居酒屋だよ」

「高橋さんっぽいっすね」

「そう? 」

「でも経験ないのに大丈夫なんですか? 」

「家はお店の二階にあるから分からないことがあったら旦那に聞けばいいし、それに副店長も時々土日に来てサポートしてくれるらしいから大丈夫だと思いたい……」

 まさみは思わず項垂れた。

「新婚なのに大変ですね……」

「でもやるしかない。私が手術した時にサポートしてくれたから、今度は私が旦那を支える番だよ」

「なんだか夫婦みたいですね」

 飯尾はぽつりと呟いた。

「だって夫婦だもん」

 飯尾の言葉にまさみは思わず笑ってしまった。

「そうなんですけど。前に旦那さんってどんな人なんですかって聞いた時なんかはぐらかされたんですもん。本当に新婚かなぁって思いましたよ」

「そうだっけ? 」

「だからなんか高橋さんから旦那さんの話を聞けて嬉しいっす」

 飯尾は笑みを浮かべていた。まさみは職場でも新婚らしさを出すべきなのかと考えた。しかしどうしたらその雰囲気が出るのか分からなかった。彼女はとりあえず飯尾に合わせて笑ってみた。


 まさみは戸惑いながらも店のオープン作業をしていた。初めて晴人の店に立つのでとても緊張していた。彼女は何度もメモに書いたオープン作業の手順を何度も確認した。昨日の夜にまさみは晴人から一通りの作業と商品のことを教わり、実際にレジを使って練習もした。晴人からは太鼓判を押されたが、まさみは自分が物覚えがよくないことを知っているので不安でしかなかった。

 しかしまさみの心配は杞憂で終わった。その日、店に入った客は二十人も満たなかったので、落ち着いて接客が出来たが土曜日なら客がもっと入ってもいいはずなのにと思った。しかしたまたま今日は客が来なかったのだと考えた。次の日もまさみは晴人の店に立ったが、昨日と相変わらず客が入らなかったので彼女はある疑念が頭を掠めた。

 その日もまさみが店にいたが変わらず店には客はおらず、レジカウンターの後ろに置いてある椅子に座ってぼーっとしていると信五が店に入ってきた。

「沢口さん! どうしたんですか? 」

 まさみは信五が店に入ってくると立ち上がって彼に駆け寄った。

「様子見に来たよ」

「わざわざありがとうございます! 」

「ううん。むしろごめんね。まさみさんお休みなのにお店手伝わせちゃって」

「いえいえ。こちらこそすいません。忙しいのに平日にお店を見てもらって」

 信五は店に入ると店の商品を手に取ってチェックし始めた。

「俺は副店長だからね。当たり前だよ。それよりどう? 儲かってる? 」

 まさみはずっと疑問に思っていたことを信五にぶつけた。

「沢口さん。ずっと気になってたことがあるんです。この店って儲かってるんですか? 」

 信五は動かしていた手を止めた。ゆっくりまさみに振り返った。

「実は全然儲かってないんだよね」

「やっぱり……」

 予想通りの言葉にまさみは肩を落とした。

「まさみさんにはちゃんと話さないと駄目だな。経営はかなり厳しい状況にある。見て欲しいものがあるんだ」

 信五はレジカウンターに置かれている金庫を取り出して、金庫のダイアルを回すと金庫が開いた。そこにはノートが三冊入っていた。

「あのこれは? 」

「これは帳簿。まさみさんって確か簿記の資格持ってるんだよね? 」

「はい。就職の時に取りました。でも今の仕事だと全然使ってないんでかなり忘れてますけどね」

「そうなんだ。まさみさんに見てほしいんだ」

「駄目です! そんなの見せてもらう訳にはいきません」

 まさみは勢いよく断った。

「お願いだから読んで。それでウチの実情を知って欲しい」

 信五はまさみに一冊のノートを渡した。彼女は仕方なく受け取って読み始めた。

「これはまずい……」

 まさみはノートを読み終わると思わず呟いた。まさみはこの店はかなり危ない状況にあることをヒシヒシと感じた。今の所、店はなんとか黒字を保っているが、いつ赤字になってもおかしくない。そして赤字になってしまえば、大した貯蓄がないこの店はすぐに倒産してしまう。まさみはこの店に改革が必要だと強く感じた。


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