第8話 私たち、結婚します
まさみが目を覚ますと妙子と剛志が心配そうな顔でベッドに寝ているまさみを見守っていた。
「お父さん、お母さんどうしたの? 」
「どうしたのじゃないわよ! あんたが倒れたって言うから急いで駆け付けたのよ」
「戸山さんが救急車を呼んでくれたんだ」
「そうだったんだ……。晴人は? 」
「帰ったよ。今度お見舞いに来てくれるって。環奈もアメリカから戻ってくるよ」
「ええ! なんで? 戻って来なくていいのに」
まさみの妹である環奈が戻って来ると聞いて、まさみはあからさまに嫌そうな顔をした。環奈は大学時代にアメリカに語学留学をした。環奈はアメリカが大変気に入り、大学卒業後には仕事も決めない内に単身アメリカへ乗り込んだ。今はアパレルショップの店員として働いていてそれなりに生活が出来ているようだ。彼女は大胆な行動とは裏腹に小柄で可愛らしい見た目と声でまるでうさぎのようだ。一目会っただけでみんな彼女の虜になってしまう。まさみは自分とは正反対な環奈にどこか苦手意識を持っていた。
「お姉ちゃんが倒れたって電話したらわざわざ戻ってきてくれるんだ。そんな言い方しなくてもいいだろう」
「そうだけど……。痛っ」
まさみは体を起こそうとすると頭に鈍い痛みを感じた。
「倒れた時に頭をぶつけたの。多分たんこぶ程度だろうけど念の為にCTを撮るからね」
「分かった。倒れたのは病気が原因かな? 」
「いいや。精神的なものじゃないかって」
「精神的なもの? 」
「病気がストレスのきっかけじゃないかって松岡先生が言ってた」
剛士は硬い表情だった。
「確かに最近はあまり眠れてないかも……」
「お願いだから颯太さんと結婚して。結婚して移植をすれば助かるんだから。お願い」
妙子の目には涙が浮かんでいた。
「お母さん……」
「父さんからも頼む。お前には元気になって欲しいんだよ。だからお願いだから移植してくれ」
「まさみ、一番の親不孝ってなんだと思う? それはね親より先に死ぬことだよ。お願いだから颯太さんと結婚して。それで移植して」
今までに見たことのない両親の顔を見てまさみはかける言葉が出て来なかった。
まさみは頭部のCTを撮影すると、妙子の言う通り頭の傷はたんこぶだけで脳内には損傷はなかったが、彼女の肝臓の数値は悪化していた。彼女の体は黄身を帯びていき、とうとう病気が目で見える形でまさみの体に表れ始めた。まさみの両親は娘の体の異変に大変ショックを受けていた。しかし移植をしなければどうにもすることは出来ず、入院して三日目にはまさみは退院をすることになった。妙子と剛志は退院の手続きをして、まさみは退院の支度をしながらあることを心に決めていた。
「高橋……。大丈夫か? 」
晴人はまさみの姿を見ると言葉を失いそうになった。
「うん。体が黄色い以外は大丈夫。救急車を呼んでくれてありがとう」
まさみは晴人に頭を下げた。
「別にいいよ。高橋が無事なら」
「親に会った? 」
「さっき少しだけ話したよ」
まさみは声を潜めた。
「あのこと話したの? 」
「話してない」
「そうだよね……。よかった」
まさみは安心したように息を吐いた。
「お前これからどうするんだよ」
「そのことなんだけど……。晴人の話に乗ることにする」
「えっ? 」
晴人はまさみの言葉に驚いた。
「なんで晴人がびっくりするの? 」
「だってあんなに嫌がってたじゃん」
「親不孝な娘になりたくないと思ったの。親より早く死ぬこと以外に親不孝のことはないから」
「わかった。協力する」
「ありがとう。晴人は欲しいものはない? 」
「欲しいもの? なんで? 」
晴人は不思議そうな顔をした。
「健康な体にわざわざメスを入れるんだから代償を支払わないと。晴人は何が欲しいの? 一生掛かるかもしれないけど必ず償うから。何でも言って」
「そうは言われても……」
晴人は困ったように頭をかいた。
「いいんだよ。遠慮しなくて! 何でも言って」
晴人は考えた上でようやく口を開いた。
「それならお金かな? 」
「分かった。お金ならいっぱい持ってるから」
「さすが営業トップだな。インセンティブもたくさん貰ってるんだろ」
その言葉にまさみは勝気な笑みを浮かべた。
「もちろん。会社で何度も営業トップで表彰されてるから。これで交渉成立だね」
「それじゃあ改めて、高橋まさみさん。僕と結婚してください」
「はい。よろしくお願いします」
まさみと晴人は頭を下げた。
「どういうことだ? 」
二人の背後から低い声が聞こえた。
「お父さん……」
「結婚ってどういうことだ! 」
剛志は晴人に掴み掛かった。
「お義父さん。これには事情があって……」
「お前にお義父さんと呼ばれる筋合いはない! 」
剛志は晴人をベッドに押し倒して彼を殴りかかろうとしている。
「止めてよお父さん! ここ病院だから」
まさみは剛志の腕を掴んで止めようとした。
「もしかして颯太さんとの結婚を止めようとしたのは晴人さんが原因? 」
妙子の言葉に剛志は鬼のような顔をした。
「貴様がまさみを誑かしたのかぁ! 」
「お母さん! 火に油を注がないで! お父さんを止めてよ」
「それもそうね」
まさみの言葉に妙子は剛志の腕を掴んだ。
「離せ! 俺はこいつを殴らないと気が済まない」
「止めてよ! 颯太との破談に晴人は関係ないの」
「嘘をつくな! 」
あまりの騒々しさに患者や患者の家族たちがなんだと病室に集まって来ている。
「本当だよ! 晴人は私が落ち込んでいる時に支えてくれたの。確かに破談になってからすぐに結婚するっていうのはおかしいと思う。だけど私は晴人と結婚したいの」
まさみの言葉に剛志は少しだけ落ち着きを取り戻した。晴人は乱れた服を直すと背筋を伸ばした。
「お義父さんが怒られるのは当然です。だけど僕はまさみさんを支えたいんです! まさみさんとの結婚を許していただけませんか? お願いします」
晴人は深く頭を下げた。剛志はむっつりした表情で黙ったままだった。まさみたちと病室の外にいる患者とその家族たちは固唾を飲んでいた。
「二人は愛し合っているんだな? 」
剛志はポツリと呟いた。
「はい」
「そうだよ」
「分かった。晴人くん。不詳な娘だがよろしくお願いします」
「ありがとうございます! 」
まるで墜落しかけた飛行機が無事に着陸出来たかのように、ほっとした雰囲気が辺りに広まった。一人の入院患者は感動のあまり涙を流している。
「よかったな! 」
患者や家族たちが病室に入り晴人の肩をバシバシと叩いていたり、剛志を慰めている。
「結婚するのね。おめでとう」
中年の女性がまさみに声を掛けた。
「はい。私たち、結婚します! 」
まさみは病室の真ん中で高らかに叫んだ。
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