第7話 私、手術しません
まさみは家族に颯太との結婚が破談になり、颯太からの移植は受けないということを伝えると剛志は今までに見たことがないほど怒り出した。遠い親戚にも声を掛けたが誰もまさみとは適合しなかった。脳死移植という方法もあるが、待っている人間がまさみ以外にも多くいるので彼女が手術を受けるには時間がかかる。颯太はまさみにとって命綱だったのだ。まさみは担当医の松岡に颯太とは結婚しないので移植手術を受けないことを伝えると、松岡は静かに口を開いた。
「本当にそれでいいんですか? 分かっていますか? 手術をしないと助からないんですよ。私も結婚しているので結婚に対する不安や悩みがあるのは分かります。時代が変わったといってもまだ結婚は家族のつながりが重要で、二人だけで決めることができないことも分かります。しかしこのままでは高橋さんは助かりません。婚約者の方ともう一度相談してください」
「はい……。分かりました」
まさみはそう答えたが颯太と会うことも話す気持ちも全くなかった。
まさみは仕事終わりにスマートフォンを取り出すと晴人から連絡が来ていた。晴人は仕事終わりに会えないかという連絡だった。まさみは颯太と別れたと晴人に話してから何となく気まずくて自分から連絡を取ることを控えていた。まさみは晴人の連絡にいいよと一言返した。晴人は落ち着いて話をしたいということで会う場所を自分の家に指定したので、まさみは彼の家に向かった。まさみは晴人の店に入ると、晴人は二階に上がるよう言った。まさみは前に来た時と同じように二階に上がりソファに座って彼を待っていた。
「おまたせ」
「お店の締め作業終わったの? 」
「うん」
「それで大事な話って何? 」
晴人はまさみの前に正座をした。彼は改まった表情をしている。
「俺......。適合手術を受けようと思う」
「それって私の移植に必要な適合手術ってことだよね? 」
「うん」
「どうして? 」
まさみは驚いて声が大きくなった。
「適合したら移植出来るだろ」
「適合するはずがない! 」
まさみはかぶりを振った。
「分からねぇじゃん」
「分かるよ! 遠い親戚にもお願いしたけど適合しなかったの。颯太とようやく適合したのに、晴人とも適合するはずがない」
「分からねぇじゃん」
「それに移植するには結婚しないといけないの! 」
「結婚すればいいじゃん」
晴人があまりにもあっさりと言うのでまさみは頭がクラクラした。
「結婚ってそんな簡単なことじゃないの! お互いの家族にも伝えないといけない。何より偽装結婚みたいなことしたくない」
「ビザを取るための結婚を偽装結婚って言うんだけどな」
「うるさい! ツッコミを入れるな」
「お前が助かるならいいじゃん。俺は別に構わないけど」
「あんたが良くても私は嫌なの。そんな……契約結婚みたいなこと」
まさみは偽装結婚と言いかけて契約結婚と言い直した。そこからまさみと晴人の攻防戦が始まった。まさみは適合率は親族間でも低いので赤の他人である晴人とは適合するはずがないと主張した。しかし晴人は颯太と適合したんだから自分と適合するかもしれないと主張して一歩も引かず、まさみはとうとう晴人が適合検査を受けることを認めた。晴人は適合検査を受けられることを喜んでいたが、まさみは適合検査を受けてもどうせ適合しないとたかを括っていた。しかしまさみの予想を大きく裏切った。
「適合しました」
「本当ですか? 」
「はい」
晴人はガッツポーズをしているが、まさみは何度も松岡に本当に適合したのか確認している。まさみは本当に適合していることが分かると項垂れた。
「生体肝移植は親族間でしか認められてませんが……」
「大丈夫です。俺たち結婚します」
晴人は高らかに結婚を宣言した。
「しません! 絶対に結婚はしません」
まさみは勢いよく晴人の言葉を否定した。
「しかし加藤さんと結婚しない。戸山さんとも結婚しないって言うなら生体肝移植は出来ませんよ」
「私は生体肝移植はしません。もう決めたんです」
まさみははっきりと告げた。診察が終わって病院を出てもまさみと晴人は結婚するしないを言い合っていた。
「なんで結婚したくないんだよ。結婚すれば移植出来て助かるんだぞ」
「絶対に嫌。そんな契約結婚みたいなことしたくない。契約結婚をするならお互いにメリットがないとしちゃ駄目でしょ。結婚すれば私は助かるけど、晴人には何のメリットがあるの? 」
「なんでお前はメリットとかデメリットとか物事を難しく考えるんだよ。俺はお前に助かって欲しいんだよ」
「あんたが何も考えて無さすぎなんだよ。このバカ」
「うるせーな」
晴人は子供が拗ねたような顔をした。
「晴人の気持ちは分かってるよ。だけど私は
晴人から肝臓をもらえるほどの価値がある人間じゃない。肝臓をもらっても晴人にあげられるものはないの。だからごめん。諦めて」
まさみは晴人に背を向けて歩き出した。
「おい! 」
晴人はまさみに声をかけたが、彼女は振り返らなかった。晴人は仕方なく歩き出したが、バタンという音が聞こえた。晴人が後ろを振り返るとまさみが倒れていた。
「おい! 高橋大丈夫か? 何か言えよ」
しかしまさみは目を閉じて答えなかった。
「高橋! しっかりしろよ!! 」
晴人はまさみの名前を叫んだがまさみは目を覚まさなかった。
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