第2話 私、結婚します②
まさみは緊張した面持ちでホテルのラウンジで晴人の家族を待っていた。まさみは自分とは縁遠い都内の高級ホテルにいることにも緊張していたが、それよりも婚約者の家族と会うことに緊張していた。彼女は派手過ぎず地味過ぎないワンピースを着ていたが、本当にこの服装でいいのか不安だった。
「おまたせ」
その声にまさみははっと顔を上げた。加藤颯太が両親を連れてやって来た。颯太は大学病院の院長の息子で、父親の病院で働いている。そしてまさみの婚約者でもある。
「初めましてまさみさん」
颯太の父親の敦がまさみに頭を下げた。後ろにいた颯太の母親の真理子も頭を下げた。まさみは真理子から下から上へと舐めるかのように見られた気がした。まさみも頭を下げた。
「それじゃあレストランを予約してるから行こうか」
颯太はまさみの隣に立って歩いた。颯太はまさみの耳に口を近づけた。
「今日のワンピースすごく似合っている」
颯太はそう言うと軽く微笑んだ。その言葉にまさみの心がときめいた。
ウェイターが飲み物を聞いてきた。まさみは本当ならビールかハイボールが飲みたかったが、颯太の両親の前なのでシャンパンを頼んだ。ウェイターが注文の品を持ってくると淳は口を開いた。
「二人はどこで出会ったんだ? 」
「実は居酒屋なんだ」
颯太が答えた。
「行きつけの居酒屋が一緒で、よく会うから話をするようになったら気があってそれで付き合うようになったんだ」
「まさみさんはお酒が好きなのか? 」
「嗜む程度ですが……」
まさみは緊張を和らげるためにシャンパンを一口飲んだが、全く味が分からなかった。
「実は私もお酒が好きなんだよ。二人とお酒が飲んでみたいな」
「ぜひ飲みましょう」
まさみは安堵した。淳は彼女に好印象を抱いてるようだ。ウェイターはフレンチ料理を持ってきた。テーブルには何本もフォークとナイフが並んでいる。まさみはどのフォークとナイフを取ればいいのか手が宙に浮いた。
「あらまさみさん。フォークとナイフの使い方知らないの? 」
真理子の詰るような言い方にまさみに緊張が走った。
「颯太。お前使うフォークとナイフ間違えてるぞ」
颯太は一番内側のナイフとフォークを持っていた。
「ごめん。内側からだっけ? 外側からだっけ? 」
「外側だよ。ごめんなさいね。まさみさん。息子の教育ができてなくて。お前のせいだぞ」
「ごめんなさい。あなた」
「いえ……」
颯太は分かっていたはずだ。だがまさみに恥ずかしい思いをさせないようにわざと自分が間違えたのだ。颯太の細かい気配りにまさみは颯太を好きになってよかったと改めて思った。
そろそろ食事が終わる頃にほぼ同じタイミングで颯太は電話で、敦はトイレで席を立った。テーブルには二人が残った。まさみは落ち着かなくティーカップの持ち手を触っていた。一方の真理子は涼しい顔で紅茶を飲んでいる。
「あのお義母様はご趣味はなにかあるんですか? 」
「特にないけど」
まさみは真理子のつれない態度に口を閉ざした。
「あなた背が高いわね。身長はいくつあるの? 」
真理子からの初めての質問にまさみは嬉々として答えた。
「一七〇センチあります」
「あら背が高いのね」
晴人から「デカ女」といつもからかわれているが、真理子の言葉には侮蔑が込められている気がして、まさみは思わず鼻白んだ。
「颯太よりも年上だけどジェネレーションギャップは感じないの? 」
「確かに颯太さんよりも年上ですけど、一才しか変わらないですしそこまで感じたことはないです」
「あなたはそう思っているのね。」
まさみはまるで就職活動の時に受けた圧迫面接をされている気分だった。
「結婚したら仕事は続けるの? 」
「ええ。仕事にやりがいを感じてますし、それに自分の生活費ぐらいは自分で稼ぎたいので」
「それはよかったわ。颯太のお金が目当てで付き合ってるわけじゃないのね」
まさみは拳を握った。
「ごめん。仕事のことで電話があって」
颯太と敦が帰ってきた。
「大丈夫よ。まさみさんと色んなお話が出来たから。ねぇ」
まさみは真理子の言葉に頷くしかなかった。
「疲れた……」
まさみはうなだれた。まさみはあの挨拶から一週間後に、晴人を招集して居酒屋で酒を飲んでいた。いつもなら酒を美味しく感じるが、ただ悪酔いするだけで全く美味しく感じなかった。
「そんなに大変だったのか? 」
「彼氏のお義母さんがさ意地悪なことばっかり聞いてくるの。挨拶じゃなくて試験だよ。あの人が義理のお母さんになるのかと思うと憂鬱」
まさみはため息をついた。
「彼氏に言えばいいじゃん」
「言えるわけないでしょ。あんたの母ちゃん意地悪だって」
「それもそうか」
「それにね……」
まさみはレストランを出た後の出来事を話し始めた。
「まさみどうしたの? 何かあった? 」
淳と真理子はまさみたちの前を歩いている。
「うーん」
まさみは口籠った。
「お母さんが何か余計なこと言ったんだね」
「そんなこと……」
「ごめん。お母さんはちょっと気が強いところがあって……。何か嫌なことを言われたら話して。僕がちゃんとお母さんに言うから」
「ありがとう。でも本当に何でも無いの。緊張したからか疲れちゃったのかな」
「そうか……。それならいいんだけど」
「そんな優しい人に言えないじゃん」
まさみはビールジョッキに口をつけようとしたが、ビールジョッキを離した。
「飲まないの? 」
「うん。そこまで飲みたい気分じゃない」
まさみはテーブルに頭を置いてもう一回疲れたと呟いた。晴人はそんなまさみを心配そうに見ていた。
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