スサノオの旅
巫夏希
第一話 スサノオの旅
第1話――プロローグ
1
「……ったくなんでこんなことをしなくちゃならねえんだ? なあ、イザナギ」
「君がそれをしなくてはならないほどの悪事を働いてしまったからですよ。一度、君の胸に聞いてみたらいかがです?」
スーツにメガネをかけた男――イザナギはため息をつきながら少年の言葉に答えた。少年は黒が強い茶髪に剣を背負った少年の、その名前はスサノオといった。
彼はこの世界――神界でも破天荒なカミサマとして知られていた。神界とは、名前のとおりカミサマのいる世界だ。天界とはまた違い、天界とは天使が住む世界で、天国はその属国としている場所だ。カミサマが住む世界だから人間が住めないのかというわけではなく、一部の人間も住むことはできるし、住んでいる人間もいる。
ちなみにイザナギはこの神界を統括する組織『オオヤシマ』のリーダーを勤めていて、スサノオは彼と古い仲でもあるが、今はあまり話すことではない。
スサノオはふてくされて、小さく答える。
「……で、なんで俺がそれをしなくちゃならねえんだ。――」
そして、スサノオは彼が行うその内容について告げた。
「――『草薙剣』の補完だなんて、しちめんどうくさいことを」
イザナギは微笑んで、書類を片付ける。
「君が悪いことをしたのが悪い。冠天堂のゆるふわロールケーキを泥棒しようとしたらしいじゃないか? アマテラスに似て甘いものが好きなのは、充分に知っているけれど、それはさすがにまずいってことくらい理解してくれ。カミって存在は人間からの信仰を失うと存在できなくなる。それくらいは、幾ら君だって知っていると思うのだがね?」
そう呟くイザナギの言葉を、その意味を、スサノオも知らないわけではなかった。
カミサマという存在は昔から人々の信仰からなる存在である。だからこそ、カミサマという存在は神界に存在していられるし、人々は平和に暮らせるというのもある。
神界という世界は下界の、謂わば、拡大した世界観のもと存在している。カミサマにも争いがある。カミサマにも日常があり、平和がある。それによってそのカミサマを信じている人間たちは平和になり、または争いをすることもある。
カミサマという存在は、そういうことから、ひどく不安定であるのだ――しかしそれを下界に住む人間たちは知ることもない。
「それに、何も君一柱ではいかせないよ。おーい」
イザナギが部屋の奥に声をかけると、ひとりの少女が姿を現した。
「はいはーい、お呼びでしょうかっ!」
その少女は茶がかった髪――パーマをかけているのか天然なのかは解らないがウェーブがかかっていた――に、白のワンピースを着ていた。
そして、一番注目すべきは背中から雄々しく生える黒い翼。
「……彼女はヤタガラスだよ。名前だけは知っているだろう?」
「ああ、すごいおてんば娘だってこともな」
「ううっ、ひどいっ!」
スサノオからの前評価を聞いてヤタガラスは両手で顔を覆った。
「あー、泣かせるとは思わなかった……」
そして――またため息をついて、イザナギは「仕事があるから、あとは任せた」と言って出ていった。
2
神界の中心街である『高天原』は今日も晴天であった。
「あまーい、やっぱり暑い日は『雪子堂』のアイスクリームだねっ!」
アイスクリームを食べながら、ヤタガラスとスサノオはメインストリートを歩いていた。
メインストリートを見ると、いつもよりも人が少ないように見えた。
アイスクリームを食べながら、スサノオは訊ねる。
「そういえば、『草薙剣』ってのはどこに置かれているんだ?」
「草薙剣は、ここから遠く離れた出雲国に封印されていますよー。そこからちょちょいのちょいで完璧ですっ!」
そう言ってヤタガラスはグーサインをスサノオに送る。さすがのスサノオもそれを見て、ため息をついた。
「そういう問題じゃないんだよな……。さすがに戦う事態になんて及びやしないよな?」
「そりゃあもう勿論大丈夫ですよ! チョベリグですよ!」
「言葉が古くない?」
最早周りから見ればヤタガラスとスサノオのやりとりはただの漫才にしか見えなかった。
「……話を戻すぞ。出雲国か……。そう遠くもないだろうが、何もなければ半日もあれば着くか?」
「だと思いますっ」
いち早くアイスクリームを食べ終わり、口をナプキン(どこからナプキンなんて取り出したのか、そもそもなぜナプキンを常備しているのかスサノオは解らなかった)で拭いたヤタガラスの返事に、一先ずスサノオは頷く。ほんとうにやっていけるのだろうか……そうも思ってしまうほどだった。
今は朝十時を回ったあたりである。スサノオがイザナギから呼び出しをくらったのが朝七時半なので、凡そ二時間も『オオヤシマ』のオフィスにいた事になる。
「ったく話が長いんだよイザナギは……」
と、彼がアイスクリームを頬張ろうとしたその時だった。
彼の口はそれを通り越して、彼の手を頬張った。
ガリッ、と彼は自分自身の腕を噛んでしまった。
「いてえっ!? なんだ! アイスクリームが消えた、だと……!?」
アイスクリームを探そうと、スサノオはあたりを見渡すと、ヤタガラスの顔が目に映った。そしてスサノオは彼女の口にクリームがついているのを目撃した。
「……どうしました、スサノオさん?」
「お前の口元についているそのクリームはなんだ?」
ヤタガラスはそれを聞いて、はっとした。そして、口元を触り、クリームを全て取ったあとにそれをスサノオに差し出す。
「ど、どうぞ……」
「なんで俺がそれを食べなきゃいけねえんだ――――――ッ!!」
スサノオの絶叫が高天原の街に広がった。
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