第五幕 ミスミミミと招かれざる生徒 (1)
その日の夜、透史は自宅のベッドに寝っ転がりながら、イヤホンジャックにつけた石を眺めた。
「お守り、ね」
実際、家から帰ってくる間にへんなものは見ていない。彼らの話を全て信じたわけじゃないが、へんなもんを見たのは事実なのだ。もらえるものはありがたく受け取っておこう。
「お菊さんが聞いたら喜びそうだな」
とはいえ、彼女に伝える気はない。喜びそうだけど、喜びすぎそうだから。話して信じてくれないどころか、菊ならば完全に信じてくれるだろう。だが、ミスとかの迷惑になりそうだし、見えないものを見えないまま追いかけている方が彼女のためになる気がする。
そんなことを考えていると、ぶーっとケータイが震えた。
「っと」
着信。表示は弥生だ。電話? 珍しい。
「もしもし? 弥生?」
ちょっとだけ緊張しながら出ると、
『透史君っ、助けてっ』
悲鳴のような声が聞こえる。
「弥生?」
のっぴきならない気配に、慌てて体を起こした。
「どうした?」
『助けて、あたし……ミスがっ!』
「え、ミス?」
『帰りたく、ないのにっ! あたしはっ』
ぶつっと、そこで通話が切れた。
「もしもし? 弥生? 弥生?!」
思わず立ち上がり、端末に向かって怒鳴るが、ぷーという不通を知らせる音のみが返ってくる。
「なんだっていうんだよ」
助けて? ミスが? 意外な名前に首をかしげながら、こちからから掛け直す。つながらないどころか、電源が入っていない旨のアナウンスがかかった。
「ミスの番号……は、わかんないし」
そうだ、さっきもらった名刺。財布にしまった皆子の名刺を取り出すと、その番号にかける。でも、この番号も繋がらない。
どうしよう。何か問題が起きたようだし警察に連絡? でも、弥生が出したのはミスの名前だし、大事にしない方がいい? 何が起きたかわからないし。でも、弥生の家は知らないし……。
ああもう、と頭を掻く。でもこのままにしておくのが適切だとも思えないし……。
「そうだ、お菊さん!」
たまには部長を頼ってみよう。菊の番号を呼び出す。
『透史? なんなの、こんな夜に』
不満そうな菊の声を無視して、
「お菊さんっ、今、弥生から電話があって、様子が変でっ!」
『弥生?』
すがりつくような透史の言葉を、菊の言葉が切り捨てた。
『誰? それ?』
「え……?」
この人は、何を言っているんだ?
「や、弥生ですよ? うちの部の!」
『何言ってんの、あんたと二人しかいないじゃない、部員』
「は?」
そんなわけない。この前だって、二人で校舎に泊まったし。
「ちょっと、お菊さん!」
『はいはい、あんたのイマジナリーガールフレンドの話は明日聞いてあげるから』
「なにがイマジナリーガールフレンドだよ! 本当に、弥生は!」
『夜中にやめてよね、じゃあね』
ぶつっと切られてしまう。
なんだっていうんだ? あの人、ついにボケたのか? 寝起きか?
不安になる。胸騒ぎがする。
どうして、覚えていない? たった二人の後輩のことを。
ケータイを睨むと、次は今井に電話することにした。
『どうしたー?』
のんきそうな声。
「もしもし? あのさ」
一度、息を吸って、吐いてから、
「葉月弥生って、わかる?」
早口で尋ねた。頼むから、笑ってくれ。いつもみたいに。嫁の名前もわかんなくなったのかよって、馬鹿にするのでいいから。からかうのでいいから。笑ってくれ。
『んー? 誰だー? 他校の子? 芸能人?』
でも透史の淡い願いは、今井ののんびりした声にかき消された。
「あ、いや……」
今井も覚えてなかった。いつもからかってきたこいつも、弥生のことを知らないと言った。
「知らないなら、いいんだ。ごめん」
『は?』
「ごめん」
重ねて謝ると、返事を待たずに通話を終える。
一体、どういうことだよ。なんで、みんな、弥生のことを忘れているんだ?
ケータイを見つめ、しばし考える。たぶんこれは、へんなことが起きているのだ。ミスも絡んでいるっぽいし。
弥生はいたはずなのだ、間違いなく。自分の頭が作り出したものなんかじゃ、ない。そうは思うものの、どこか不安になってくる。何か、弥生がいた確かな証拠……。
ケータイの画像フォルダーを漁るが、弥生が写っている写真はない。そういえば、あんまり写真好きじゃないって言ってたっけ。あとは……、
「あ、部誌!」
机の上にかけよる。乱雑に積まれた本の中から、文芸部の部誌を取り出した。
文芸部の部誌には、部員として弥生の名前が描いてある。この前の分には、イラストだって載っている。
震える手で部誌をめくる。最後のページの奥付を見て……、
「……嘘だろ?」
そこには、透史と菊の名前しかなかった。
「だって、ここにっ」
透史の隣に記されていたはずの、弥生の名前がない。
ページをさらにめくる。弥生が描いた絵が、ここに……。
「……なんで」
載っていなかった。弥生の絵が載っていたはずの部分は、謎の空白ができていた。
「どういう、ことだよ」
意味がわからずに、部誌を見つめたままつぶやく。
右手に持ったままのケータイ、お守りの石が揺れた。
眠れぬまま一夜を過ごし、早めに学校に行く。下駄箱で菊が来るのを待っていると、
「あ、透史」
「お菊さん!」
のんきそうにやってきた、菊のところに駆け寄る。
「ちょっと、あんた昨日の電話、一体……」
「お菊さん、力を貸してください!」
「は?」
皆子には連絡がつかなかった。ということは、次に頼れるのはこの先輩だ。怪異に出会えないでいるけれども、誰よりも怪異を愛している、この部長だ。
「お願いします!」
頭をさげる。登校中の他の生徒がちらちらこちらを見てくる。
「え、ちょっと」
珍しく菊の慌てたような声がする。
「信じてくれなくてもいいです。とにかく、俺の話を聞いてください!」
「透史!」
肩を押されて、顔を上げる。
「なんだかわかんないけど」
珍しく、ものすごく深刻そうな顔をした菊が、心配そうに続けた。
「話ぐらいなら、聞くから。そんな泣きそうな顔やめてよ」
困ったように言われた言葉に驚く。ああ、そんな、泣きそうな顔をしていたのか、自分は。
「ここじゃあれだから」
菊にしては珍しく、周りの視線を気にすると、
「部室、行きましょ」
そう言って、歩き出した。
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