第20話~22話
20
それからシルバは、夜間警護や修身の授業、カポエィラ・クラブでの指導の合間にリィファを鍛えていった。フランとの出来事が気になる様子ではあったがリィファの成長は目覚ましく、シルバは舌を巻く思いだった。
武闘会の日の午前十時、シルバとリィファは、武闘会の会場である
二人は最下段の空洞を潜り、観客席の裏の薄暗い空間を抜けていった。
中には、乾いた広大な土の地面が広がっていた。周囲には歴史を感じさせる観客席が、見下ろすかのように聳え立っている。
中央のでは、大人と子供、合計五十人ほどが、なんとなく固まって会話や体操をしていた。真剣そうだったり楽しげだったり、それぞれ武闘会への思い入れは違う様子だった。
「お久しぶりだね、二人とも! いやー、ついにこの日が来た! 来てしまった!」と、背後から跳び跳ねるような声がした。二人は同時に振り返った。
すぐ目の前に、ジュリアが立っていた。少し後ろでは、トウゴが見守るように小さく笑っている。
「久しぶりって、一昨日に押し掛けてきたばっかだろ? 『てっきじょーしさつー(敵情視察)』って歌いながらよ」
シルバはジュリアの目を見つつ、冷静に指摘をした。
ジュリアはすぐに、きゅっと口を引き結んだ。シルバを見返す眼光は妙に鋭い。
「まぁったくセンセーったら。なーんにもわかってないよね! 『男子、三日会わざれば刮目して見よ』! そのクールな両の眼をしかと開いて、あたしのホンシツ(本質)を見極めなくっちゃ!」
「お前女子だし二日しか経ってねえし、返答が微妙にかみ合ってねえし。突っ込みどころ満載だよな」
呆れたシルバの低い声にも、ジュリアの顔の輝きは収まらなかった。
すっとリィファが、シルバの隣に出てきた。薄く穏やかな笑みは大きな自信に満ちている。
「今日はよろしく。一緒に勝ち進んで、決勝で会おうね。でも私、今日はジュリアちゃんにも勝っちゃうから」
「おっ! あたし的優勝候補ランキング、ダントツ・トップのあたしに勝つとは、ずいぶん大きく出たね、リィファちゃん。残念ながらそいつぁ、叶えるわけにはいかないよ」
ジュリアは、リィファと睨み合った。教え子二人の仲の良さに、シルバは微笑ましい思いだった。
「可愛らしい宣戦布告も済んだし、受付に行くか。ジュリアもリィファちゃんも、今日はしっかり頼むぞ」
愉快げにトウゴが締めて、一行は受付へと向かった。
21
受付後、少ししてから集合が掛かった。まず参加者二十九人による籤引きで、トーナメントの組み合わせを決めた。リィファとジュリアが当たるとしたら、決勝戦となる配置となった。
その後、ルールの説明があった。舞台は地面に描かれた歩幅十歩分ほどの正方形で、場外の場合は仕切り直し、どちらかが降参もしくは気絶しない限り試合は続く、急所への攻撃は寸止めして勝敗は双方の協議に任せる、という規則だった。
一試合ごとに休息を挟みながら、試合は続いた。リィファとジュリアは危なげなく勝ち進んでいった。
日が陰り始めた午後四時半、休憩時間の終了を告げる審判の声がして、二人は中央に赴いた。今や五十人ほどの観客の全てが、決勝戦の舞台に集っていた。
「リィファちゃん、約束を守ってくれてあんがと。今度はあたしが約束するね。リィファちゃんに、最強はカポエィラ――もとい、あたしだって、テッテーテキ(徹底的)にわからしたげるってさぁ」
舞台の向こうから、ジュリアが強烈な視線を向けてきていた。声音は、いつになく重かった。
(大袈裟に宣言して、相手を圧倒しながら自分を勇気付ける、か。勝気なジュリアちゃんらしい入り方だよね。でも私は、ジュリアちゃんのペースには巻き込まれないよ)
気持ちを整えたリィファは、おもむろに目を閉じた。丹田(臍の下)を意識しながら、大きく深呼吸をする。
開眼したリィファは、「よろしくお願いします!」と思いっきり頭を下げた。「よろしく!」と、ジュリアから気合の叫び声が返ってきた。
「始め!」声が高らかに響いて、二人は同時に動き出した。
22
リィファはジュリアを注視し始めた。ジュリアは、ダイナミックなジンガでゆったりと接近してきている。
リィファは高速の歩行を開始した。恐怖を振り払ってぐんぐん近づき、半歩分の距離で停止する。
ジュリアのジンガが止まった。集中しきった表情で、スピーディーな右蹴りがくる。
リィファは、すっと退いた。眼前の左手を内回し。ジュリアの右足を払おうとする。
ジュリアは足を寸止めして引いた。リィファに鋭い視線を遣ったまま片手を突く。
(回避!)左手を空振ったリィファは、低い軌道で右足を振った。脛を狙った爪先の蹴りである。
しかしジュリアの対応は早い。蹴撃を避けて側転し、頂点で脚を蛙のように曲げた。
逆立ち状態のジュリアは、ぐんと両足を押し出してきた。
(その体勢から蹴ってくるの!?)驚愕するリィファの鳩尾に、衝撃が加わる。
リィファは耐え切れず、大きく後退した。けほっと咳払いをしてから、ジュリアの動きに注目する。
側転を完遂したジュリアは、とんっと着地。すぐさま直立姿勢になり、にっと悪戯っぽい笑顔を浮かべた。
「『そんな! 逆立ちからキックが来るなんて! ジュリアちゃんって、想定外にも程があるぜ!』って顔だね。あたしはスーパー・スターだから、客が多いと燃えるんだ。
さぁて、アストーリ最強決定戦は、まだまだ始まったばっかだ! もっと楽しんでこーよ!」
挑戦的な声色のジュリアは、ジンガを再開した。動作には、一層の強靭さが感じられた。
(ジュリアちゃんが強いなんて、初めっからわかってる! でも私は、さらにその上を行く!)闘志を燃やしたリィファは、ぴしりと構えを取った。
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