漁師崩れの海賊が海の白魔導士少女に出逢うお話

なつき

第1話馴れ初め

 ……その二人の馴れ初めは彼が海賊なって初めての略奪の日だった。


 彼は以前漁師をやっていたが、この処海の温度が上がったせいで魚がさっぱり獲れなくなり。仕方なく海賊に身を落としてしまった。本当は漁師として一生を終えたかったのに、漁師として二十数年生きて来たのに、仕方なく、である。

 全ては運が無かったからだ。彼はその帆船に乗り込むまでカモメの舞う空を眺めて嘆いていた。自分は漁師、結局自然には勝てないのだと己の心に言い聞かせ、ただただ当ての無い海を誇り高い漁に使う小舟で漂っていた。

 そして。その大型帆船を見つけた。自分と同じように当ても無くさ迷うその巨船を。幾つもの破れた帆に風を受け、穴の空いた船体のその船は。ゆっくりと潮流を進路に波の舵を取り、自分の小舟より遅く進んでいる。


「……何だこりゃ? 薄気味悪ィ船だな……」


 潮風にやられたべとべとで指通りの悪いブラウンの髪を掻き、同じ色の無精髭の生えた顎を撫でて。彼は漁に使う銛を構え、腰の鞘に収まったナイフを確認する。漁師生活二十数年、苦楽を共にしたこの銛と網とナイフは自分の宝物――でも今は悲しい事にただのがらくただ。まぁ銛とナイフだけは脅しの武器にはなるかも知れないが……。

 船体をぐるりと見回してだらりと垂れた縄を見かけた時、ここから入り込むかと決め、縄に手をかけて登ってゆく。縄は結構頑丈で、タールを塗り込んであるためか登りやすかった。


(……やっぱり人気がねぇ。難破船だなこりゃ)


 登り終えて穴の空いたぼろぼろ甲板に乗った時。海風が通り抜け泣き声のような物悲しい音色が響き、ギイギイと揺れ軋む壊れた扉……甲板どころか壁にまで穴の空いた船体をぐるりと見回して。彼は自分の推測が正しかったのだと悟る。

 ……まぁそれでも。何かあるかも知れないからちょっと探ってみたくなった。ぼんやりとした様子で歩いてゆき、扉を開いて船内に入る。

 中は暗い。日の光が全く入らないからだ。おまけにじめじめと湿気っていて壁が少し濡れている。吸い込む息にも、湿気と黴の臭いと――『何か肉が腐ったような』臭いが身体中にまとわりつき、まるで口の中にまでこびりついてくるみたいだ。少し咳込みながらも彼は奥へ奥へと進み、目についた船室を片っ端から開いていく。


「……これはあれだな。海賊にでもやられたな」


 今まで見てきた部屋の中――あちこち中を引っくり返したように荒らされ物色された痕跡を見て、彼はため息をついた。やれやれ、同業者に先を越されたらしい。いつの時代も新参者にゃ厳しいものだ……。


「……つーか海賊の連中が残ったりとかしてないよな?」


 彼はがたがたと脅えつつ客室か船倉らしき部屋達を開いて行きながら、何かないか漁ってゆく。自分はけっこういい大人でそれだけ生きて来ても海賊なんかはやっぱり恐い。あいつらは血も涙も無い無法者。捕まったら命は無い。

 一通り探したが何も無い。海賊の連中は無法者の癖に仕事は繊細みたいだ。

 ふとその時に。温かい雰囲気が奥から流れてきた。まるで天気の良い春先の草原を散歩しているような気配が先の部屋を満たしている。

 気になった彼は導かれるように、気配の源流へと歩を進めてゆく。この時すでに彼は判っていたのかも知れない。この温かな気配こそ自分に必要な存在なのだと。


「……この部屋だ」


 その部屋に辿り着き。彼はごくりと唾を飲む。『食堂室』と書かれたその場所から、確かにこの気配は流れ出ていた。全ての敵意をなだめ、優しく包むような気配が、確かに流れている。開けるのを一瞬躊躇いながらも、意を決して彼は扉を開けた。中に何があるのか見てみたかったから。

 ……食堂室の中はとても広かった。自分の小舟ぐらい何隻も入りそうなぐらいだ。改めてこの船が巨大なのだと知った。

 そして。『彼女』はそこで無数の花達に囲まれつつ、人間の遺体を膝枕させて座っていた。


「……癒されよ。永遠の旅人。永久の眠りを甘受せよ」


 澄んだ高原を渡るそよ風のように柔らかく優しい声音で魔力を放ちながら、彼女は呪文を唱えて死者を弔っている。双眸を閉ざし丁寧に癒しの魔法を創り出していた。


「……お嬢さん、こんな所で何しているんだい?」


 悪いとは思っていたが、話かけざるを得なかった。彼はついつい彼女の呪文を中断させてしまう。


「……貴方は……?」


 はっと双眸を開き、彼女は振り向いた。

 瞬間。時間が凍りつく。彼女がかなりの美少女だったからだ。肩より伸びた艶と光沢を宿した漆黒の宝石の如き黒髪に人懐っこそうなくりっとした丸みある黒い眸。整った異国の魅力溢れる見た目に『一枚の白い蛇革ローブ』を着こんだ乙女だった。


「まさか……海賊ですか!?」


 乙女の美しさに魅了され、すっかり言葉を失っていると。彼女が警戒心を向けてきた。


「いやいや! 違うぞ!! 俺はたまたま勝手にこの船に乗り込んで来ただけだよ!!」

「……海の真ん中にあるこの船に、ですか?」


 不可思議そうに、小首を傾げる乙女。


「俺は漁師でな。たまたま漁の途中でこの船を見つけたんだよ」


 そんな彼女に少し罪悪感を抱きながらも、半ば嘘では無い回答を返す彼。


「……お嬢さんは何しているんだい?」

「私は海賊に襲われ命を落とした皆様を弔っているところです」


 彼女は眠れる遺体を花に変えながら「おやすみなさい」と別れの言葉を送っている。なるほど、ここに咲く花達はかつての人間達らしい。

 そんな様子を見ていた彼もまた膝を付き手を組んで、祈りを捧げた。彼女はぱちくりと彼を見上げた。


「死者を弔うんだろ? おっさんも付き合うよ。俺は『ラインバルト』と言う。

 お嬢さん、あんたの名前は?」


 聞いてすぐに、失敗したかなと感じた。結構偉そうな感じになったからだ。


「わ、私は『如月きさらぎハルカ』と申します……」


 しかし彼女、少したどたどしいが丁寧に答えてくれた。 

 そうか、よろしくとラインバルトは再度手を組んで祈る。ハルカもまた、双眸を閉じ手を合わせ祈る。ずっとずっと、二人は亡くなった死者達に祈りを捧げ続けていた……。


 ◇◇◇


「……この貿易船が海賊に襲われた時、私は海に投げ出されてしまい運良く生き残ったのです……」


 船乗り達の弔いを終えた後。ハルカは食堂室の床に座ったまま事の経緯を話始めた。どうやらこの大型帆船は外洋を渡る貿易船だったらしく船の荷物を狙った海賊の連中から襲撃された。もちろん船乗り達は抵抗したが相手は海賊……しかも噂に良く聞く最悪の一団だった。情け容赦無く殺され苦労して入手した交易品も奪われて、誰一人として助からなかった……。

 唯一彼女――如月ハルカだけは運良く木片と共に海に投げ出され、何とか泳いで船まで生還したが。その時には略奪は全て完了していた……という訳だ。


「皆様生まれて初めて船に乗った私にとても良くしてくださったのに……最後の時、一緒に居てあげれませんでした……」


 長い髪を顔の前に垂らし、深く悔恨の言葉を紡ぐ彼女……。その言葉の端々に船乗り達への深い思いが見てとれた。


「……ま、あんたさんが無事だったんだ。それだけでめっけモンだろ。あんたさんの仲間連中もきっと浮かばれるさ」


 そんな彼女に、ラインバルトは不器用で無骨ながらも何とか慰める。


「そうでしょうか……そうですかね……」


 その言葉に僅かばかりには持ち直すハルカ。


「そーいやあんた。船乗りって風には見えないが……本当に船乗りか?」


 怪訝そうにハルカに尋ねるラインバルト。確かに彼の言う通りだ。何故なら荒くれの集う船乗りの中にこんな品の良い乙女が居るとは考え難い……。


「私はこの船に白魔導士として乗っていたのです」


 ラインバルトの質問にはっきりと答えるハルカ。


「白魔導士?」

「はい。白魔導士です」


 白魔導士? そう言えばついさっきもこの娘、魔法みたいな力を使っていたな……? 船乗り達を弔っていた時の光景を思い出すラインバルト。


「白魔導士って……何か役に立つのか?」


 漁師で海の男ではあるがラインバルトは外洋航海はした事が無かった為、ついつい失礼な質問をしてしまう。


「主には船医さんの補助をしていましたし……後は――あ、これを見て下さい」


 そう答えつつ彼女は自分の隣に布を敷きながら、小さな樽に入った水を見せた。


「これは何だい?」

「海水です」

「海水?」


 不思議そうにハルカの手の中にある樽を見つめるラインバルト。


「穢れよ消えよ。このものにアブサラストの祝福を」


 そんな彼に答えずに、ハルカは『浄化』の呪文を唱えた。間を置かずに彼女の手の中にある樽に白い輝きが集い、中から水を光らせた。


「……どうぞ。ちょっと嘗めてみて下さい」


 光が止んだ後、ハルカは水をラインバルトに差し出す。


「いや……海水なんか飲めないだろ?」


 彼はかぶりを振って拒むも、


「ふふっ。騙されたと思ってどうぞ♪」


 無邪気に笑って差し出す彼女を見ていると、騙されたくなってきた。こうなったらままよとラインバルトは恐る恐る指先に水を付けて嘗めてみて――。


「あれ……真水だこれ?」


 ぱちくりとした。


「うふふ♪ 白魔法の『浄化』の呪文は水の脱塩も出来るのですよ♪」


 ハルカは朗らかに笑う。


「この呪文を使って、私は沢山の真水を作る仕事もしていたのですよ♪ ちなみに脱塩した塩はこちらに……えい♪」


 次に魔力を集束させると。彼女の傍らにあった布の上に塩が盛られていた。


「確かにこりゃ凄ェ。俺は外の海は出た事無いけどよ……新鮮な水がいっぱいなんか普通じゃ羨ましい話だもんな」


 はー……っとため息を洩らすラインバルト。


「他にも食糧にも浄化の呪文をかけて腐敗を最小限に留めたり、交易品や船体が傷むのを護ったりもしていましたし。風を静めたり航海士のお手伝いなどもしていましたね……」


 懐かしむようにしみじみと、ハルカは語る。自分には貿易船の心得は無いがなるほど、こりゃかなり優秀な船乗りなんだなぁと。ラインバルトはひしひしと感じた。

 ……と、その時だ。ラインバルトの腹の虫が鳴ったのだ。


「あ」


 腹を押さえるラインバルトにハルカの視線が集中する。


「……もしかして、お腹が空きましたか?」

「悪ぃなお嬢さん。俺も中々飯にありつけなくて困っていたんだよ……」


 ばつが悪そうにラインバルトは頭を掻いた。


「……待って下さい。食堂室の中に少しだけ食糧が有ったはずですから」


 ハルカはそう言うと食堂室内をあちこち探す。


「うーん……このビールは少し気が抜けていますけど……使えない事は無いですね。後は蜂蜜酒に塩漬けのキャベツに塩漬けの魚と肉や玉ねぎ、レモンにライムと堅パンも少々……あまり、残って無いですね……」


 嘆息しながら緑色の物体が入った大きなビン詰めや塩まみれの魚やミンチ状態の肉に掌ぐらいの玉ねぎ、馬鹿デカい板のような堅パンにレモンやライムを取り出すハルカ。……勿論、浄化の魔法を行使しながらである。


「……何とかこの中で料理を作りましょうか。まだ火口――は魔法で代用出来ますし、竈と燃料は生きているはずですから」


 むむむ……と唸るとハルカは腰の『桜吹雪と椿の模様』をあしらった鞘から切れ味の鋭そうなナイフを抜いた。


「あんた料理もできるのか?」


 驚き目を見開くラインバルトに、


「ちょっとした調理の心得ならあります」


 ハルカは笑って答えたのだ。


 ◇◇◇


「見て下さいラインバルトさま、カモメがいっぱい飛んでいますよ」


 食堂室で食事を終えて、ハルカは少しだけ気分が優れてきたようだった。外に出て舳先に向かうと、指先で空を舞うカモメをさして楽しんでいる。


(……良かったな。ちょっとだけは気も紛れたみたいだ)


 無邪気にカモメを指さして笑う彼女を見て、ラインバルトも嬉しくなる。ついさっきまでは酷かった。船乗り仲間達を助けれなかったのを思い出して、せっかく自分で作ったシチューの前でずっと泣いていたのだから……。しかしラインバルトが何とか話かけたり笑わせたりした為少しだけ持ち直して。今では彼女の大好きな海に気持ちが向いている。


(まぁあれだな。せっかく器量良しの美人さんなんだ。笑っていてくれた方が良いもんな)


 ラインバルトも「お、確かにカモメだな」と彼女の隣に並びながら空を見上げる。


「これなら後少しで俺の漁村近くの貿易港につくな……」


 ラインバルトは水平線を見つめつつ答えた。


「そうなのですか?」

「あぁ。この潮の流れはうちの漁村付近に向かっている流れでな。沖合いではぐれた新人の漁師が良く助けられているんだよ。

 うちの漁村から近い――といっても半日ぐらいはかかる所には大きな港町もあるしな。潮の流れと風が味方をしてくれたら後少しで着くさ」


 この辺りの海域の知識を一通り語るラインバルトに、


「それは凄いです!」


 ハルカは顔を綻ばせ素直に感動した。


「あ、あぁ……まぁな……」


 そしてラインバルトはさっと顔を背けた。


「ラインバルトさま、どうなさいましたか?」

「な、何でねぇよ。まぁ海風が目に滲みただけだ」

「……? そうですか?」


 きょとんとなるハルカちゃんに、


(ちきしょう可愛い娘さんじゃねぇか!)


 ラインバルト、何とか劣情を抑え込む。全く……いい歳こいたおっさんが若い娘さんにお熱とは情けない。しかしこの娘さん……控えめなのに元気があって可愛いものだ。いや、待て待て。落ち着かなければとラインバルトは必死になる。


「そう言えばハルカちゃんよ。あんたは何で海に飛び出したんだ?」


 とにかくその劣情を逸らせる為に、ラインバルトは話題を彼女の大好きな海に向けた。


「え……海に出た理由ですか?

 それはもちろん。海が好きだったからです」


 案の定。彼女は大好きな話題にあっさり食いついた。


「私の一族は代々行商人の家系だったのですが……家族や『お兄さま』の行商話で海の話を聞き続けていたら行商人になるより船に乗って海と共に生きてみたいと強く思うようになったのです」


 潮風に艶やかな黒髪を踊らせながら、彼女はラインバルトにはにかみつつ答えた。この潮風だというのに、彼女の髪は何故か全く傷まないのが不思議だった。


「それで何で白魔導士になったんだ?」

「私は一族の中でとっても強い魔力を持っていたからです。だからお師さまに白魔法を習っていたからです」

「お師さま?」

「ルーティス・アブサラストという白魔導士さんです」

「へぇ。あの伝説の『還流の勇者』と同じ名前の白魔導士さんか……」


 その名前は良く聞いた事があった。有名な伝説だ。誰もが小さな頃は聞いた昔話、『還流の勇者伝説』に記された名前だ。確か魔王を倒した勇者にして白魔法の達人という謂われが今に残っている……。


「はい。偶然だとは思うのですが……お師さまも最高の白魔導士でした」

「若い男か?」


 何か少しだけ、良い気分がしなかった。


「まだ八歳でしたが……それでも私より魔力も魔法の術式も構築も完璧でしたね」


 何だ、八歳か。まぁそれはそれで凄いが……とラインバルトは安堵した。


「それで私は大好きな海の上で白魔導士の才能を生かせないかと考えて……今の貿易船に乗せていただいたのです」


 あ、ヤバいな。ラインバルトはぴくりと感じた。今の貿易船の話はまずい。彼女がまた思い出してしまうからだ。


「そーいやハルカちゃんはどこの国出身なんだ?」


 ラインバルトはまたしても話題を逸らせた。


「え? 私の生まれ故郷ですか?

 故郷は『タカマ』という極東にある島国です」


 これは効果があったらしく。ハルカは出身地の話題に乗ってきた。


「タカマ?」

「はい。タカマの国です。私はそこに住んでいました。

 私の生まれ故郷、私の誇りである国です!」


 さぁっと吹き抜ける海風に黒髪をなびかせて。彼女は自分の故郷を笑顔で誇る。この時の彼女はまさに女神に見えた。ラインバルトは知らなかったが……『タカマの黒髪は世界の至宝』と讃えられし評価の理由が、そこにあった。


「……私は故郷を離れなければなりませんでしたが……。

 それでも。私の大好きな国、美しい桜と椿の咲き誇るタカマはずっと私の心の中にありますから……!」


 うっとりと熱を込めて自分の国を語るハルカ。ラインバルトには彼女が眩しかった。生まれ故郷を誇り、大好きな海を誇り語る彼女がとっても眩しかったのだ。しみったれな人生の自分には、誇り高く生きている彼女がとても羨ましかった。


「……そう言えばさっきの話だとタカマって島国なんだよな?」


 そんな中、ふと彼は疑問に感じた。


「はい。島国ですよ」

「……タカマの国ってな、そんな大蛇がいるのか?」


 ラインバルトはハルカの着ている『一枚の白い蛇革ローブ』を怪訝な様子で指差した。何故ならこのローブ。彼女の腰まであるにも関わらず白い蛇の一枚革で作られていたからだ。いくら彼女が小柄でも、だ。巨大な蛇じゃなければこんなローブは作れないはずだ。尋ねたかったのはただそれだけだった。

 それだけだったはずなのに……。


「え……? あ、いやこれはその……!! これは……えぇっと……!!」


 ローブの胸元を押さえて、ハルカは赤面した。……何か悪い事でも言ったのかな? ラインバルトは狼狽えた。


「あ、あーそのあれだ! その蛇革、すっごい綺麗だぞ!!」


 だからつい、彼女をなだめる為にローブを褒めた。


「え……? ほ、本当ですか……?」

「ホントホント! そのローブ無茶苦茶ハルカちゃんに似合っているし綺麗だぞ!!」

「……そ、そうですか? ありがとうございます!! これ褒めて貰えて嬉しいです!!」

(……あれおかしいな? 俺はローブを褒めたのに……? 何で自分が褒められたように喜んでいるんだ?)


 やけに満面の笑顔で、彼女が鼻歌を歌いながらくるくる回り踊って喜んでいるその時に。中央マストの天辺にある吹き流しが方向を変えた。


「お、いかん。帆を張り直さないとな。ちょっと縄を引っ張ってくるぜ」


 ラインバルトはそれに反応して、中央マストに向かいタールの染み込んだ縄を手に取った。


「えらい事重いもんだなこりゃ」


 縄を引っ張り、ため息をつくラインバルトに。


「元々帆船は皆で動かす物ですから」


 ハルカも縄を引きながら苦笑していた。

 しかし……。


「ん……中々、くぅ……動かないですね……!」


 ハルカちゃん真っ赤な顔で縄を引っ張るも、力があまり無いのか帆はびくともしなかった。


「任せときなってハルカちゃんよ。これでも力はある方なんだから」


 ラインバルトは苦笑してハルカから縄を預かる。


「よ、よろしくお願いいたします……。私は手の皮が剥けてしまいましたから……」

「魔法で治しておけよ」


 謝るハルカにラインバルトは気にしないといった風だ。


「……しかし帆が破れているせいか速度が出ないな」


 ラインバルトは穴が空いた帆を見上げて呻く。こうした船には詳しくは無いが……今この船の速度は全然なかった。


「これだと造船所に入渠させないと駄目ですよね……」


 何とか手のひらを治しながら、ハルカはため息をついた。


「造船所に入れても直るかどうか怪しいぞ? もうほとんどボロボロだからな……」

「……お金も、ありませんしね……」


 ますますため息の止まらないハルカちゃんに、


「ハルカちゃんの魔法では直せないのか?」


 ラインバルトは疑問を向けてみた。


「……これだけ大規模な修理だと回復の魔法は時間がかかりますし、短時間で無理やり治したら私も魔力と生命力を使い果たして死んでしまうかも……」

「やっぱり止めだ。その意見は無しで頼む」


 ハルカの物騒な答えをラインバルトは否定した。それも全力で。


「お金もありませんし、皆さんも居ませんし……せっかく成人して海に旅立ったのに……私、運が無いですね」


 何だかんだで運が無いのは俺だけじゃないのだなと、ラインバルトはハルカちゃんに深く同情した。


「あれ? ハルカちゃんはもう大人なのか?」


 ふとその時。ラインバルトは疑問に感じた。


「え? 言っていませんでしたか?」


 ハルカはぱちくりとした。


「いや、かなり若く見えたからよ……失礼だったな」


 ラインバルトは謝罪した。


「あ、構いませんよ。私はちゃんと『十六歳』で成人していますから♪」


 明るく笑って答えるハルカちゃんだ。


「うん? 十六歳?」

「はい。十六歳です。私の国は十六歳で成人ですから」

「……そ、そうか。ハルカちゃんは十六歳か……」


 彼女に気があった自分に、若干引いて冷静さを取り戻したラインバルト。さすがに歳が離れ過ぎているのだから。


「そうだハルカちゃん。そろそろ舳先か見張り台の上で前方を見てくれないか? 多分港町が見えてくるはずだからよ」

「あ、はい」


 ハルカはそう答えると舳先へと向かう。


「……確かに見えますよ!

 ラインバルトさまぁ!! 左舷の方向に陸地が見えますよー!!」


 彼方を見据えながらハルカ。


「そりゃ良かった。舵を頼む」

「はーい! 取り舵を取りますねー!! 取り舵いっぱーいっっ!!」


 そう返すと彼女は舳先の舵輪を思いっきり回したのだった。

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