第3話 とある調査隊

進んでも進んでも、景色は変わらない。

粒子が舞い上がって灰色にくすんだ空、地平線まで続く荒れた大地、クロウラーや強化タイヤに踏みしめられた赤い砂…。


衛星戦艦「サウス・フランクリン」の直下に建設されたフェアファックス居留地を出発してから4時間。4台の車両からなる車列は、火星の赤焼けた大地をひたすら北へと向かっていた。

4台のうち、最後尾を進む車両は月面でもよく見る有人ローバーの一種だが、先頭と2番目、3番目の車両は特異な見た目をしている。


なによりも、でかい。


全長10.4メートル。全幅6メートル。全高5.8メートル。最後尾を進む火星対応型装甲ローバーの一回りもふた回りも大きく、茶色とオレンジと黒の混合に白いラインを加えた迷彩模様が施されている。

タイヤ、キャタピラといった従来の車両に採用されているギミックはなく、車体から4本の頑丈そうな駆動脚部が放射状に飛び出て、火星の大地を踏みしめている。脚部の先端接地部にはクロウラーが装備されており、それを使用することで歩行状態から走行状態に切り替えることができるようだ。


4本の機械の脚に支えられた車体の上部には、大きく、そして平べったい形をした回転砲塔が鎮座している。砲塔はレンガを積んだような爆発反応装甲に覆われており、とんがった前部装甲の左右からは、角ばった砲門を持った2本の砲身が突き出ていた。

そのさらに上面には連装駆動銃塔と各種カメラ、センサー、投光器、レーザー通信アンテナなどがキューポラ周辺に所狭しとと並んでいおり、無秩序に重ねた積み木のような様相を呈していた。


形状からして戦車なのだろうが、地球仕様とはひどくかけ離れた見た目を持っている戦車だ。

単に『戦車』ではなく、異色さを込めて『他惑星多脚戦車』と呼称するのがぴったりな車両だった。



──「全車停車」


先頭を進む多脚戦車に乗る男が、通信機で後続車両に指示を出す。

起伏の激しい大地を進んでいた車体が前のめりになって停車し、2号車、3号車、最後尾のローバーも順次停車する。

車内の正面、左右に設置されているモニターの景色は、出発から少しも変わらない。

大小の岩を含んだ赤い荒野が、ただひたすら広がっているだけだ。


「1号車よりローバー。調査地点NE255に到着した。所定の行動に移ってくれ」

「こちらローバー、了解。作業に入る」


停止指示を出した男は第2の命令を発し、それに答える声が通信機より飛び出す。


「ハルキ、出番だ。警備職員の指揮を執れ」


ローバーに指示を出した車長席に座る男は、左前の砲手席に座る若い東洋人に言った。

東洋人は嫌そうな顔をしたが、車内に立てかけられているコイル・ブラスターライフルを手に取り、立ち上がる。


「嫌そうな顔をするなよ。小隊長はお前を信頼して言ってるんだぜ?胸を張れよ日本人」


砲手席の右隣に座る操縦手の男が、やや茶化すように言う。


「戦車兵は戦車に乗ってこそだ。技術士たちの警護は警備職員に任せればいいんだよ」

「そう言ってくれるな。階級が一つ上の職員がいる方が、警備分隊の統制も取れる」


小隊長のなだめるような声に、東洋人──七尾春樹ななおはるき飛行士長は、不本意ながらもバイザーヘルメットを展開させ、車内後部のエアロック室に足を運んだ。

エアロックの重装な扉を閉め、タイヤから空気が漏れるような音と共に外気圧との調整を済ませる。


多脚戦車内は宇宙気密服なしでも操縦できるように与圧されている。車外に出るには、エアロックによる減圧が必要なのだ。


調整を終えると、自動的に外へと繋がるハッチが開き、目前に火星の光景が広がる。同時に、火星の大気と微粒子がエアロック室に入ってくる。

バイザーヘルメットには防塵コーティングがなされているため、粒子がつくことはない。


春樹はコイル・ライフルを肩にかけ、ハッチから地表に下るアルミ製のハシゴを降りる。多脚戦車は文字通り複数の脚部によって車体を支えており、通常の車両に比べて高さがあるためだ。

残り3段を残すあたりで飛び降り、火星の赤々とした大地を踏みしめた。


「警備分隊。これから俺が指揮を執る」


春樹は後続車両を振り向き、多脚戦車から降車中の警備職員に声をかけた。

2、3号車からは、春樹と同様のライフルを抱えた職員10名前後がハシゴを降りており、それとほぼ同数の職員が地表に降り立ち、周囲を警戒している。

大半の警備職員が標準的なコイル・ブラスターライフルを装備しているが、分隊支援用のコイル・ミニガンを装備した『火力支援員』、高濃度酸素が注入された3本のタンクと火炎放射ノズルを装備した『火炎焼却員』も1、2人混じっている。


2号車、3号車の車体下部には、長方形のコンテナが取り付けられており、それが人員輸送の機材となっているのだ。

今回の任務には、2、3号車を合計して25名の警備職員が随伴していた。


「おーい。第1分隊は車列警戒。第2分隊は調査班の直衛だ」


春樹はコイル・ライフルのグリップを握りしめ、各分隊に指示を出した。


「了解でーす」


警備職員の了解の意を受け取り、最後尾のローバーへと足を進めた。

今回の任務の中心は3両の多脚戦車ではなく、最後尾の有人ローバーに乗ってる技術士たちだ。

ローバーのガルウィングドアからは、戦闘員と区別するために白いラインが施されたバイザーヘルメットを被った技術士たちが、続々と降車している。

ライフル等の武装を持たない彼らは、代わりに工具や計測機器、スキャナーが入ったリュックを背負っていた。


その一団に、春樹は小走りで向かった。


「ハルキ士長!」


一団をまとめていた1人の技術士が、春樹の名を呼ぶ。


「“マーズ・ロザリオ“の対地表カメラが、ここから北北西40kmにカテゴリー2の砂嵐を発見したらしい。状況から見て、NE255に近づいてくる感じだ」


“マーズ・ロザリオ”とは、火星の衛星軌道上に静止している衛星戦艦「サウス・フランクリン」のあだ名である。

高度2,000kmに浮かぶ同艦は火星地表からも見え、上下左右に伸びるモジュールが巨大な十字架に見えることから、居留地の職員にそう呼ばれているのだ。


「それは…またァ…。めんどくさくなりそうだな。カーライル」


春樹はチラリと上を見上げ、衛星戦艦の姿を確認しながら呟いた。半月のように右半分だけが太陽光に照らされ、完全な十字架には見えなかった。


「みんな、行くぞォ!」


砂嵐の3km圏内に入ることは、開拓部から固く禁じられている。時間には限りがある。

そのため、技術職員を束ねる彼──クロード・カーライルはやや苛立ったような口調で、急かすように言った。


「2分隊、調査班に続け」


春樹の声で、警備分隊も調査班に続く。

コイル・ライフル等で武装した職員と、バックパックを背負った技術士。十数名の気密服を着た火星開拓局の職員が、車列を離れ、赤い荒野の砂丘を登り始める。


砂丘の中腹には、高さ10mほどの人工物がぽつんと立っている。今回の任務は、その人工物の整備と現状確認が目的だ。


人工物は巨大な三脚で、三脚の頂点からは長細い円柱塔が地面に向かって突き刺さっている。円柱の上部には大きな滑車が一つ。そこから鉄製のロープが下に伸びており、下部には何やな大きな装置が設置されている。

機械は定期的に動作しており、円柱が上に登っては一気に落ち、地面を叩く。この動作をゆっくりとだが、確実にかつ定期的に行なっている。

三脚の頂点にはプレートがくくりつけられており、『NE255point』の文字が書かれていた。


「ボーリング調査、ねぇ?」

「戦闘狂にはわからないと思うが、この原始的な方法が、火星ではもっとも有効な地質調査の術なんだよ。設置する箇所も膨大だしな」

「いちいち結果確認にお供する戦車兵は大変だな」

「ふんッ。それが仕事だろ」


春樹の言葉に、カーライルはリュックを下ろしつつ苛つき気味に言った。


この三脚は標準貫入試験用の簡易掘削装置であり、定期的に、SPTサンプラーと刺突が先端に取り付けられた円柱を破口に叩きつけ、掘削を行なっている。

火星地表にはこのような三脚が約500箇所に設置されている。目的は、地盤の硬さ、土の種類、優良鉱物の有無、不凍水源の有無などの地質調査だ。


春樹らが到着した今でも、『NE255』は自動的に作業を続けており、三脚に取り付けられたメモリは、地下2,100mまでの掘削に成功したことを示していた。


カーライルをはじめとする技術士たちはその装置に取付き、手のひらに収まるサイズの小型デバイスのコンセントを装置に接続、ここ2週間の掘削データを解析する。

同時にリュックから工具キットを取り出し、三脚や装置、円柱掘削塔の整備を行う。


「いくらAIの一元統制が行われていても、こんな火星の風塵とか極低温とかに晒され続ければ…、いずれおじゃんになっちまう。定期的な点検と掘削結果の更新が、こいつらには必要不可欠なんだよ……。それを護衛するお前ら軍人もな」


「…俺は軍人じゃない!」


デバイスの画面から目を離さずに作業を続けるカーライル。その彼が言った言葉に、春樹は不自然なほどに過敏に反応した。

幸い、個人通信の周波数だったため、周りの職員には聞こえなかったようだ。


「自分のことを『戦車兵』呼ばわりしているお前が軍人じゃない?笑わせるな笑わせるな」


カーライルは作業を続けたまま言う。口調は、相変わらず苛つき気味のそれだ。


「カーライル。軍事運用部は戦車もガンシップも持ってはいるが、あくまで準戦闘員だ。生粋の軍人じゃない。あんな自分の保身のことしか考えてないような連中と一緒にするな。そのせいで…。核戦争も…」


「………」


若干の沈黙。


1分、2分と時間が過ぎる。

沈黙が、3分にさしかかろうとした時…。


「………悪かった。ここでその話題はタブーだったな…。確かに…、宇宙飛行士を志した俺も…いつのまにか装甲車に乗らないと外出もできない戦場で命がけの作業をしている。まったく…どこで道を間違えたんだかな…」


カーライルは肩をすくめ、自傷的に笑う。


火星開拓局は主に、開拓を目的とした『開拓部』と、武力による居留地防衛を目的とした『軍事運用部』の2つの部門に分けられている。開拓部は、当初の火星開拓局の役割をこなしているが、軍事運用部は3個旅団の兵力を持っていて軍事色が強い。

カーライルや技術士は開拓部所属であり、春樹ら警備職員は軍事運用部に所属している。


「いや、まぁ、…俺も同じようなもんだな」


春樹はそう言ってうなだれ、自分の言葉の矛盾に悲痛な気持ちになる。

自分の役職、行動、心の持ち方。いずれも軍人だ。


子供の頃は宇宙飛行士になりたかったのに、今は不細工な多脚戦車を乗り回し、銃器を持って火星にいる。

カーライルは「どこで道を間違えたんだか」と言ったが、それこそ春樹自身に当てはまるような気がした。


「それは……ここにいる全員が思っていることさ」


会話に割り込んできたのは、部隊の隊長で、かつ多脚戦車1号車の車長を務めているオットー・ラングスドルフ三等星尉少尉だ。春樹に警備分隊の指揮を命じた小隊長である。

ラングスドルフは言葉を続ける。


「私だって、3年前なら…これから戦車に乗るだなんて考えもしなかった。けど、開拓の性質上、火星に軍隊を置くことはできない。開拓と軍事…2つの勢力が台頭するからね…。それに核戦争中のこともある。軍部の連中は信用ならない」


「だから、俺たちが武器を取って戦うんですか?俺たちは宇宙飛行士ですよ?……戦いに馴染んでしまった俺が言うのもなんですが……」


「開拓完遂後の火星を地球のようにするわけにはいかないんだよ、ハルキ。人間は戦いを好む生き物だ。火星と地球の距離なら、断ち切れる。それに…だ。ヒトを殺すわけじゃァないんだから、ある意味楽な仕事だと思う。私たちの戦争ゴッコも」


春樹の言葉に、ラングスドルフは笑いながら言った。


「それは…そう──」


──計器が異変を伝えたのは、その時だった。


けたたましい警報が鳴り響き、春樹の言葉を遮る。

唐突すぎる出来事に、調査班・第2分隊の全員が身をこわばらせた。


「NE255からの方位0-3-7に動体反応。大きい!」


ローバーに乗っている分析官の緊迫した声が、警報音と重なって通信マイクから飛び出した。


「総員戦闘態勢!」


春樹があらん限りの大声で叫んだ刹那、地面が大きく揺れ、少し離れた場所にあった小さい丘が大きく盛り上がり、砕けた。

酸化された赤い砂と、大小の岩石が逆円錐状に吹き上がり、周辺に降り注ぐ。

何かが爆発したような勢いだ。爆心地は、降り注ぐ砂がヴェールとなってよく見えない。


(このッ、このタイミングでかッ…!)


春樹は小さく舌打ちをした。

同時にブルパップ式のコイル・ブラスターライフルの銃口を、爆・心・地・に向ける。

ほかの警備職員もライフルを構える中、砂のヴェールを突き破って『それ』は出てきた。


「火星危険生命体…。それも大型翼竜型が3体…か。ずいぶん大盤振る舞いだな」


『それ』の数は3つ。

長い鋭利な爪を持った足を4本。尻尾は恐ろしく長い。背面には巨大な翼が一対。海龍のように長い首。首の先端にある凶々しい頭部。

目は黒一色だが、エメラルドグリーンの光が奥に見える。噛み合わせが悪そうな口には、無数の犬歯。

体表は火傷をしているように爛れ、装甲のような黒い皮膚と血のような赤い肌が混合している。


太古の時代に滅んだ肉食翼竜か、伝説の彼方から堂々飛来してきたドラゴンのようだ。


3体は大気を震わせる唸り声を上げながら鎌首を持ち上げ、調査隊に眼を向ける。

こちらをはっきりと認識している。過去の戦例から考えて、確実に『攻撃してくる』。


三脚との距離はおよそ50m。頭部から尻尾先端までの長さが25mに達する火危生からすれば、決して遠い距離ではない。


「カーライルたちは多脚戦車へ走れ!」

「言われんでも走るッ!」


春樹はカーライルらが離脱したことを素早く確認すると、膝をつき、コイル・ライフルの安全装置を外し、ドットサイト越しに火危生の胴体に照準を定める。

ほかの職員もならい、各銃器を3体の火危生に向ける。


前触れなく、3体の大型翼竜型は動き出した。

空は飛ばない。三脚目指して、いや、人間を目指して突進してくる。

砂埃を突き崩し、その全貌が職員の目を射た。



「分隊。撃て!!」


春樹の号令一下、一斉にライフル、ミニガンが火を噴く。全員が消炎器をつけているため、派手さはない。


それでも、曳光弾を含んだ無数の合金エクスプローラー弾が、火危生に殺到した。



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