第16話 毛皮と仕事の依頼
お昼には貿易都市ロレンスに着いた。
「そこのお嬢さんッ!そう、キミ」
セナは大きなため息を付くと呼ばれた方に振り返る「はい、なんですか?」
「いやぁ、立派な狼の毛皮をお持ちでしたので少し、いやぁちょっとで良いので、見せて頂けないでしょうか?」
町に入って5回目だ。
あの森で薄手のタオルケット1枚とモコモコのぷぷを抱き締めて寝てしまった。明け方はまだ息が白くなるくらい冷え込むので、あのまま寝ていたら低体温症で身動き出来なかったかもしれない。だけど、目が覚めたときには身体中にうっすらと汗をかくほどヌクヌクだったのは、レアが夜中に掛けてくれたロックウルフの毛皮のお陰だった。
「言っときますけど、お売り出来ませんよ」
キリッっと睨み付けると、男はその迫力に若干尻込みするが、その瞳はまだ諦めていない。
「5000ログでどうでしょう?」
ーーーーーーッ!
レアが身を乗り出す「ほ、本当に!?」
手応えありと感じた男は畳み掛ける「はいッ!即金で5000ログ」
「売りッーーーーーーッ痛い!」
レアのお腹に肘を食らわすセナ
「いくらお金を積まれても、これは売りませんッ!失礼します」
セナはクルリと向きを変えると、スタスタとその場を離れた。
レアも直ぐにその後を追い掛ける。
「良い話だと思ったけど・・・」レアは折角の大金を手に入れることが出来るチャンスを逃がしてションボリ顔だ。
「お金に変えるより良い方法があるの、付いて来て」
様々な店が並ぶ石畳の大通りを暫く進むと、セナは一軒の店に入った。
お客が入店したことを知らせる鈴がなる。
そこは、旅人用の洋服を扱うお店だった。陳列されている洋服は、Tシャツからズボンに帽子、男物が多いが女性用のスカートやシャツなども置かれている。
セナは、それらの物には一切興味を示さずに、カウンターに向かった。
「いらっしゃい」
エプロンをして黒く長い髪の毛を後ろに束ねた20代前半位の女性が、カウンターで出迎える。
「これを使って、私と彼に旅用の服を仕立てて欲しいのですが」と言うと、ロックウルフの毛皮をカウンターテーブルに置いた。
女性は置かれた狼の毛皮の状態を確認する。
「へぇ、こんな上物の毛皮は久しぶりに見たよ」
彼女は毛皮を引っ張ったり、毛並みを確かめる。
「これロックウルフの毛皮でしょ?ロックウルフの毛皮もたまに持ち込まれるけど、これは極上品質 しかもまだ剥いで1日か2日しか経ってない」
苦笑いする2人に、何か感じ取るような視線に納得したかのような頷きがあった。
「あたしもね、こんな商売してるからさぁ、いちいち持ち込まれる品に詮索なんてしないよ」
「助かるわ」
「で、ご注文は?上着?ベスト?ズボン?生地は十分あるから2人分くらい余裕で作れるけど、どうする?」
「私はスカートと上着に帽子、彼には・・・・・・」
改めて、レアの服装を見ると、所々破れてヨレヨレの上着、元の色が分からないくらい汚れたズボン、風呂敷のようにペラペラのマント、げんなりするセナは大きなため息を漏らす。
「ベストとズボン、それにマントをお願い」
着なれた服を確認するレアは「まだ着れるけど」と声を掛けるが、セナは聞く耳を持たない。
無頓着な彼氏を持って大変ねと言う声が聞こえそうな笑みをする女店員。
「分かったわ、料金は500ログ、仕上がりは1週間後くらいになるかしら」
「それじゃ1週間後にまた来ます」
女店員は帰ろうとする彼等の背中をじっと見詰めると、意を決死たような声を掛ける。
「ねぇ、ちょっと相談があるんだけど」
足を止め、振り返るセナとレア
「はい?」
カウンターを出て2人に近づく店員
「仕事を頼みたいの」
突然の仕事の依頼にキョトンとするレアとセナ。
仕事の依頼はほとんどの場合、組合を介して旅人などに依頼するのが通例だ。
その理由は、組合を介さない直接の依頼でのトラブルが多いので、組合が個人間で直接仕事を依頼しないで欲しいと勧告している。
「まずは組合に相談したらどうです?」セナは当然、女店員がそのルールを知らないはずがないにも関わらず、直接依頼をしてきたことに不信感を顕にした。
「それは分かっているの、それが出来ないから、こうして腕の立つ信頼出来そうな人にしか相談してないの」
組合の審査基準に、『人道に反する事、極度の自然破壊、絶滅危惧種の狩り等は依頼を拒否する、また、それらを行った者、依頼した者は将来に渡って組合との関係を持つことが出来ない』となっている。
「私達に組合から睨まれるようなことをしろと?」
「それは分かってるッ!」
女店員は両手を固く握り締めてうつ向きながら、声を荒げた。
こんな時、女性は同情で気持ちを動かされることはない。
「悪いけど、服の仕立ては他を当たるわ」
セナはカウンターに向かうと、預けた毛皮を手に取る。
「お願い、話だけでも聞いて」
横を通り過ぎるセナに手を伸ばしすがるような視線を送るが、セナは目を合わせない。
女店員は完璧に断られたことが分かると、静かにカウンターへ戻った。
「行きましょ」
レアは出口に向かおうとするセナの袖を掴んだ。
「レア!?」
「話を聞いてみようよ、僕に何が出来るか分からないけど」
「ワタシはあなたの依頼主よ、ワタシの言うことを聞いて」
そんな口論をしている2人を置いて、一匹の小さな生き物がカウンターにいた。
「ねえねぇ ボクの毛並みも結構自信あるんだ、毎日毛繕い欠かさないし、艶だって、ほら触って、触って ぷぷ」
丁寧に撫でられてご満悦なぷぷ、こうなると暫く動こうとしないのを実体験で知っているセナは軽くため息を漏らすとカウンターに戻った。
「こうなるとこの子暫く動かなくなるの、この子が飽きるまでなら、話だけなら聞くわ」
それを聞いた女店員はぷぷの気持ち良さそうな顔を見て、撫で方をゆっくりにした。
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