僕の頭を悩ます黒猫

マイク

僕の頭を悩ます黒猫

 僕の住む家の周りに黒い猫が出てくる。

全身黒い毛におおわれていて足と口元は白い毛だ。

首輪をしていないので飼い猫かどうかはわからない。


 初めて出会った日は去年のクリスマスイブの夜だった。

寒い中コートを着て白い息を吐きながら早く帰りたいと思いながら自宅前の河川敷を歩いていた。

その河川敷の道の真ん中でそいつは待ち構えていた。


 黒猫は僕のほうに向かって歩いてくる。

そして、


「ニャーン」


と甘やかな鳴き声を発して僕の靴にまとわりついてよじのぼろうとした。

目当ては僕が手に持っている甘い香りのするイチゴが乗ったクリスマスケーキだろう。

しかしこれは家族と食べるために買ってきたものだ。

しかも大抵の人間が食べる加工品は猫にとって決していいものではない。


 僕は猫を振り払ってその場を去った。

申し訳ないという気持ちでいっぱいだった。

あの時の甘やかな鳴き声が今でも忘れられない。


 帰宅した後、家族にその黒猫のことを話してみた。

家族に聞けばその猫と何度も河川敷で出くわしているようだ。

やんちゃな猫だと言っていたがどういうことだろうか。

その時はまだその理由がわからなかった。


 二月の終わり。

冷たい雨が降る中傘を差して歩いていると再びその黒猫と出会う。

近所の家のガレージに止まっている車の屋根の上にいた。

我が物顔で香箱座りをしている。

確かにやんちゃな猫である。


 近づくと黒猫はどこかに逃げてしまった。

先日の行いで嫌われてしまったのだろうか。


 三月となり温かくなったある日。

近所のこともたちが河川敷で遊んでいる後ろで日向ぼっこをしているあの黒猫を見かける。

しかも隣にはしっぽを振りながら香箱座りをしているヒョウ柄の猫がいる。

ガールフレンドだろうか。


 黒猫はガールフレンドのほうを向きながら寝返りを打っている。

とても平和な光景だ。

道の真ん中で寝そべっている二匹の猫を邪魔しないようにそっと通り過ぎようとすると、


「シャー!」


という声を上げて僕とすれ違う形でガールフレンドと一緒に逃げてしまった。

恋路を邪魔してしまっただろうか。

いたたまれない気持ちでその場を去った。


 それから数日後。

僕は黒猫と再び出会う。

黒猫は川のコンクリートの斜面に出ている土管から顔を出していた。

けだるそうにこちらの様子を見ている。


 僕もその様子を見ていたが、しばらくすると黒猫は土管の奥に入り見えなくなってしまった。

改めてやんちゃな猫だと感じた瞬間だった。

土管の中は猫にとって快適なのだろうか。

暗くて中の見えない空間は僕は嫌だ。


 さらに数日。

黒猫は河川敷を散歩していた飼い犬を威嚇してた。

黒い毛を逆立ててしっぽを立てている。

犬は知らんぷりして飼い主と共にその場を去っていく。

黒猫は犬が立ち去ったのを見届けて川辺の草の茂みの中に入っていった。

やはりやんちゃな猫である。


 四月の始め、桜が綺麗な夜。

例の黒猫は再び僕の目の前に現れた。

僕はここぞとばかりにスマホをポケットから取り出してカメラアプリを立ち上げた。

立ち止まった僕を猫は不思議そうに見ている。


 夜桜の舞う中、川のせせらぎしか聞こえない場所でシャッター音があたりに鳴り響いた。

黒猫はスマホの画面を確認する僕をいぶかしげに見ながら去っていった。


 帰宅してその黒猫の写真を家族に見せて確認する。

家族が見ていた猫はやはりこの黒猫であった。

その日は家族と黒猫の話題で盛り上がった。

彼はこの近所のアイドルなのかもしれない。


 その日の翌日の朝。

僕が会社に向かって家を出発すると河川敷で二匹の猫が道を塞いでいる。


 そう。

例の黒猫とガールフレンドのヒョウ柄の猫である。

二匹は仲良く身を寄せ合って座っていた。


 これはシャッターチャンスだと思い、僕は急いでスマホを取り出してカメラの準備をする。

スマホを構えてゆっくり近づいたが、僕が近づくとすれ違うように逃げていく。

急いでシャッターを何度も切って撮った写真に写っていたのは、恋仲を邪魔されて恨めしそうにこちらを向いている一匹ずつの写真であった。


 こんなはずでは……。

肩を落としつつ、駅へ向かうバスが停まるバス停へトボトボ歩いた。


 四月末。

ゴールデンウィーク前日。

仕事の休憩の合間にあの黒猫のことを思い出す。

最近姿を見せないあの黒猫。

今どうしているだろうか。

また二匹で仲良く日向ぼっこでも知れいるのだろうか。


 可愛くて毛むくじゃらでやんちゃで呑気で……。

僕の頭を悩ませる困ったやつだ。


 今月で今の年号が終わり、来月から新しい年号になる。

新しい年号になったら何が変わるだろうか。

あの黒猫とまた会える日が来るだろうか。

またあの猫の甘やかな声をもう一度聞きたい。

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