刻印の魂魄竜

_ヨナ(夜凪)

第1話 死、そして生誕



(白い、ここは・・・どこだ?)



 僅かに開くまぶたの奥から、真っ白な優しい光が差し込まれる。


 『ここはどこだろうか』


 ふと疑問に思うも、心の中で唱えるだけで考えることはできない。俺の思考はフワフワとした意識の中に消えてしまう。


(・・・それにしても・・とても心地いい。こんな温もり・・感じたことがない。)


 微睡むまどろむ意識の中、考えられたのはそんなことぐらいだった。

 ・・・母親のおなかの中にいる。

 そんな感覚は覚えているはずもないが、なぜかそんな気持ちになっている自分がいた。



(そうか。・・これは・・・・夢か。)



 ふと、そんなことを思う。

 ・・・・いや、そうに違いない。こんな安心感が、現実世界で感じられるはずがない。

 そう思うと、無理して何か考えていたことがバカらしくなった。


(なら何も・・心配はない・・か・・・・。)


 全てを投げ出したくなるような安心感に包まれながら、俺は再び深い微睡みの中に意識を沈めた。



====================



ドドドドドドッ!!!!



 強い衝撃と音で、俺は目を覚ました。


(地震・・・ではないな、何だ?)


 明らかに地震の音ではない。四方八方から、爆発音や鈍い金属音、重いものが崩れ落ちるような音が鳴る。地鳴りや何か動物のような鳴き声のようなものも聞こえた。

 急いで周りを見ようとするが、視界が真っ白にぼやけていて何も見られない。音も、さっきから耳栓でもつけているかのような聞きづらさだ。

 その上、身体にも違和感があり身動きも取れない。


(くっそ、どうなってる!? 拘束・・・されてる訳でもない・・。なんだ・・これ。)


ドドドッ!!! ・・ガダッ!・・・ドドドド・・・・・


 身体をどうにか動かそうと四苦八苦している間にも、外の音は鳴り止まない。いや、むしろ激しくなっているようにも感じた。

 その騒音が、俺にさらにに焦りを与える。




ドドド・・・・・・・


 ーーー突如としてこの場に静寂が訪れた。

 さっきまでの爆音も地鳴りも、そのすべてが嘘だったかのように、今は微かな物音しか聞こえなくなった。


(ん? 何が起こった? ・・・・いや・・何かが『終わった』?)


 何か大切なものが消える感覚を、直感で感じる。・・・もちろん確証はない。


 暫くの静寂の後。その中に一つだけ、微かだが足音のような音を耳にする。

 トッ、トッ、トッ。・・・といった一定のリズムの軽い音は心なしか近づいている気がした。


(・・・・いや、近づいてる!!?)




・・・・・ザッッ!!




 ・・・・一瞬、思考が固まった。


 鋭い斬撃音の次に、強い光が俺を刺激する。

 感じた光はさっきまで視界を覆っていた優しい白ではなく、痛みをも感じそうなくらいに眩むような、とにかく強い白い光だった。


 しかし、何故か俺はそれよりも目の前にいる人影に目が行ってしまう。


 ゲームで言うところの『威圧ヘイト』と言えば分かり易いのか。・・・俺の意識とは無関係にそちらに注目してしまっていた。


「・・・・・」


 人影は怖いぐらいに動かない。


 いや、実際とても怖い。・・・まさに『蛇に睨まれたカエル』の状況である。

 逆光で真っ黒なシルエット、その中で何故かそこだけ光っている水色の瞳。

 そしてその視線に込められた感情は、強い威圧や殺意。・・・・とにかく、動けなくなるほど怖いものだった。

 正直自分でも馬鹿らしいとは感じているが、確かに俺は今、怖いんだ。それも、目が離せなくなるほどに。


 体感で数時間にも感じられた沈黙は、突如として破られた。

 ---その人影よりも黒く冷たく、そして鋭い『何か』で。


 気づいた時には、既に視界に映っていた。いつ出していつ突き付けられたのかは分からない。

 視界が狭く遠近感も掴みづらいので定かではないが、・・・その大きさと特徴的な形から、よく物語で登場するような『大鎌(デスサイズ)』のようなものだと悟った。


 ・・・・寝起きドッキリか何かなら、たちが悪すぎる。


 ・・・・しかし、そうであって欲しかった。


「~-~-~」


 ようやく目の前の人影が喋った。しかし、相変わらず聞き取ることはできない。もはや日本語をしゃべっているのかすら、今の俺には分からない。


(・・・・ドッキリ・・じゃないよな・・・。 となると誘拐か? いや、俺を誘拐するメリットがない。)


 一瞬頭に浮かんだ可能性を即座に否定する。だが、今だ首元に当てられている刃はそれを肯定させるかのように怪しく光っていた。

 本物の凶器が自分の首を狙っている。証拠はないが、そうとしか考えられないほどの恐怖が、俺の身を強張らせていた。


 恐怖に身体が固まりそうになっていることを悟った俺は、最早冷静な判断などできてはいなかった。

 ・・・ただ、何かを言おうと勇気を振り絞って口を開けた。



「・・・・・キュゥ!」



(ーーーえ?)


 確かに今声を出したのは俺のはずだ、間違いない。

 しかし、出ていた声は俺のものではなかった。高い、動物に似た鳴き声だ。



(何が起こった? 何だこの声は? 俺は・・・喋れていない? いや、確かに喋ったはずだ。)



 必死に声を出す。・・・しかし、やはり出てくるのは、動物の鳴き声のような声だけ。


 頭の中がパニック状態になる。それも、目の前の人も見えなくなるほどに。

 その人影は、その一瞬さえあれば十分だったのかもしれない。


 ガサッ!!


 ーーー次に気付いたとき、俺の視界は赤く染まっていた。


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