第一章:百鬼哉行の場合

1限:准尉、見参

―――――――  1  ―――――――



―――死立真里谷まりや学園



 由緒ゆいしょある帝立ていりつ学校が元であったらしい。

 高台たかだいに位置した広々とした敷地に新築された校舎、継続して使用されている旧来の建物には改装に改装を重ね、その印象は実にさわやかだが学費だけ高そうな新設校、そんなところ。

 今年は冷え込みと暖かさが丁度ちょうど良かったのか、無数の桜が咲き誇り、朝日の光をび、なんとも幻想的な鴇色ピンク一色に染め上げられている。

 淡紅ほんのりと軽やかに甘い桜の香りに、かすかにただよう刺激臭。この鼻を突くにおい、ああ、よく知っている。


 入学式や始業式の頃合ころあいにこそ間に合わなかったが、新年度早々、転入できたことには感謝しなければならない。

 やはり、四季のうつろいに合わせた新生活というものが一番、らしいしな。

 自然と背筋が伸びる、そんな感じ。このわずかな緊張感。適度なC8H11NO3ノルアドレナリンの分泌をうながすこの緊張感こそ、目的を達するのに向いている。ヤーキーズ・ドットソンの法則、ってヤツだ。別にマゾというわけではない、さ。


 まず、立ち寄るのは職員室だっけか。

 いや、その前に学園長室に向かう手筈てはずだったか。

 大人おとなと接するのには慣れている、どうという事はない。

 問題は生徒ガキども。学校に通っている連中ガキと、どう接すればいいのか、皆目かいもく見当けんとうが付かない。まあ、未熟者ガキ自分じぶんが云うのもなんだが、な。

 もっとも、余所よその学校とは違う。その一点に、けてみるとするか。



―――――



「わぁ、すっごくキレイな“コ”だニィッ!」


 招き入れられた教室の、その引き戸を開けて一歩立ち入ったところで第一声。

 耳許みみもとまとわり付くほど過分かぶんに甘ったるい声。生徒の一人から、か。

 ふん――下らない。

 綺麗きれい、だと?

 当然オフコース、当たり前。至極当然の事実を有りのまま口に出すやつってのは、国法級のマヌケがすることだ。戦場では長く生きられない。強運でも持っていなければ。


 ――っ!?

 教壇わきまでを進め、教室内を見回してみて、その異様さに気付く。

 なんだ、コレは。

 一人、二人、三人、四人……4人?

 二列ずつ、整然と並べられた机と椅子、30席。だというのに、ほぼ空席。

 たった、たった四人。その四人ともに女子。その女子達四人のみ席に着く閑散かんさんとしたさま

 思わず、瞳を左右に流し、再確認するほど

 学校、ってところは、こんなに人が少ない場所なのか?


 その、たった四人の生徒だというのに、皆、指定されているはずの制服の着こなしが違う。

 白を基調としたセーラー服、襟と袖、スカートには焦茶こげちゃの一本線。前合わせのノースリーブジャケットは濃紺のうこん躑躅つつじ色からなるツートンカラー。ネクタイは学年によって色違い。

 一人として正式な着こなしをしている者がいない。

 駄目だめ、だな。規律がたもたれていない。

 指揮官は、無能。分隊にも満たないこの人数さえ統括できないのであれば、辞すのが必定ひつじょう。女々しい指揮官だ。

 まあ、その指揮官、いや、教師か。そもそも女性の教師なのだから、女々しい、という語は何の意味もさないか。


「あははは……それじゃあ、百鬼なきりさん、自己紹介お願いしますね」


 この若い女教師、作り笑顔が下手過ぎる。

 表情筋の使い方が圧倒的に下手へた。笑い慣れていないのではなく、緊張しているといったほうが正しいのか。

 眼鏡の下で目が泳いでいる。ついでに眼瞼がんけんミオキミアまで引き起こしている。

 恐れているのか、じぶんを?いや、この教室を、か?

 かく、黒板に向き合い、チョークで名を書く。

 ――百鬼夜子、と。


「はじめまして、百鬼なきり夜子やこと申します」


「あれれ?なの?てっきり、だと思ったし」


 ――看破ばれているのか……

 メラニー法で声色フォルマント調整は完璧なはず

 どこかでミスをしたか?

 歩き方、重心移動、あるいは立ち振る舞い?それとも単に高身長デカいから?

 まあ、一人にでもバレてしまったら押し通す意味はない。明かす、か。

 黒板に書いた名をてのひらで無造作に消し、哉行、と書きえる。


「失礼致しました――改めて、じぶんは、百鬼なきり哉行かなゆきであります」

「なんで女子の制服着てるの?がわの人?それとも、そういう?」

はなぶささん!そういう質問は……」

支障ししょうない、先生。これは、変装の一環であります」

「なーんだ、変装なのかぁ。残念だったね、ういちゃん」

「……」

「えーと……百鬼なきりさん。自己紹介を続けて下さい、ね」

「――承知。

 甲種こうしゅ特等とくとう特戰とくせん鬼士きし、コードナンバー5946S0ゴーキュウヨンロクシエラマル麝香閒祗候じゃこうのまさもらい刄驗德じんげんとく御佩刀司みはかし指南役しなんやく百鬼なきり哉行かなゆき准尉じゅんい。以上」

「――えーと……百鬼なきりさん、終わり、なのかしら?」

おおむね以上であります」

「――あははは……それじゃあ、百鬼なきりさん、えーと……好きな席に座ってくださいね」

「承知」


 出鱈目でたらめに座る四人の女子達よりわずかに後ろの席を選ぶ。教室のほぼ中央。取りえず、取り敢えずはそこに座る。

 窓際まどぎわは駄目だ。狙撃スナイプされる恐れがある上、目視確認され易い。廊下側壁際かべぎわも駄目だ。壁越しに撃たれたら一溜ひとたまりもない。

 毎時まいじ、席を移動しよう。用心ようじんした事はない。

 天井四隅よすみに設置された監視カメラは気になるが、追々おいおい


「それじゃあ、朝のホームルームですけどぉ~……転入してきた百鬼なきりさんにも分かってもらえるように、皆さんも自己紹介しておきましょう」


 ホームルーム?

 ミーティングのたぐいか?

 掌握しょうあくする為にも、耳を傾けるとするか。

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