第12話 夏が来る

 教室の外はキレイな夕焼け空、そして机の上に大量の紙切れ。

 三郎はここに書かれてある現実を受け入れられず頭を抱えていた。

 どうしてこうなったのだろうか、とまるで悲劇の主人公のような台詞が口から漏れていた。


「佐藤…、これが現実だ」

「…あぁわかってる、ただ一つだけ…言われてくれ」

 芳子の肩を優しく叩く彼。


「全教科合わせて100点いかないってどうなんだよ!」

「そ…」

「…」

「それが現実だ」

「やかましい」

 三郎が彼女のために作った難易度の低めのテストを当たり前かのように赤点を取っていた。

 これが解けないようであれば来週のテストは絶望的。

 そして―――。


「夏休みは補習だな、頑張れ」

「うわああぁっ、見捨てないで!」

 次のテストで赤点を取ると夏休みを教師と過ごすことになる。


 三郎は学年でもトップクラスの成績、優子も毎回10番以内には入っている。

 あの琢磨でさえ赤点取っているところを見たことがない。


「…」

 彼は慌てる芳子を眺めた。

 黒髪ポニーテールに眼鏡、彼女を見れば誰もが成績が良さそうと勘違いするだろう。


「鈴木」

「…なに」

「得意科目は何だ」

「体育かな」

 そんな地味な女子聞いたことがない。


 得意と言っても芳子は体育の授業では実力を抑えている。

 もし彼女が全力を出してしまえば男子どころか教師も軽く超えてしまうほどの運動神経を持っているからだ。

 ようは目立たないため。




「お疲れ様~」

「優子っ、佐藤がイジめる!」

「…」

 芳子は半泣きになりながら図書室から戻ってきた優子に抱きついていた。

 机の上に置かれた用紙を見て全てを把握した優子は大きくため息をつく。


「夏休み遊びに行こうって言いに来たけど…芳子は無理だね」

「うえっ!?」

 味方に裏切られる芳子。


「遊び?」

 床に崩れ落ちる芳子は置いておき、三郎は優子に質問する。


「うん、知り合いが別荘貸してくれるらしいから皆でどうかなって」

「どんな知り合いだよ…」


 それは優子の嘘。

 富豪から貧民に落ちた彼女が唯一売却しなかったお気に入りの別荘。


「海もあるから楽しいよっ」

 うなだれていた芳子が起き上がり目を輝かせ始める。


「それは…プライベートビッチってやつ!?」

「ビーチだ」

「ビーチよ」

 とても嫌なビッチである。




「いいね、行かせてもらうよ」

「ホント?」

「ああ、小田にも声かけとくよ」

「お願いね、芳子は…」

 別荘、海という言葉に胸を躍らせている芳子がいた。


「補習だね」

「補習だな」

「うわぁあああぁぁ…っ」

 泣きながら席についてカバンから教科書とノートを取り出す芳子。


「勉強するっ、勉強する!」

「…ふ」

 思わず笑みを浮かべてしまう三郎と優子。


 夏休みに補習といっても毎日ではないことを二人は知っていた。

 赤点を取っても旅行ができる時間は大いにあったのだが、優子はあえて言わなかった。


「頑張らないと、佐藤君独り占めしちゃうぞ~」

「つ…塚本、お前何言って…っ」

「それはどうでもいいけど」

「いいのかよ」

 少し寂しさを感じた三郎だった。


「大丈夫だ、佐藤」

「その根拠は?」

「私が本気を出したら天才になる」

「お前、本気出してもアホだよね!」



 悪さばかりをしてきた芳子は青春をした経験がない。

 バイクで暴走することやケンカが青春だとは言えないことくらい頭の悪い彼女でも理解している。

 だからこそここまでムキになるのだ。


「でもまぁ、そこまでやる気になってるんなら手伝ってや…」

「よし佐藤、テストに出そうなとこ片っ端から教えてくれ!」

「天才どこいった!?」

 赤点を回避しなければいけない芳子よりも、赤点を取らせないようにする三郎の方が苦労するのはいつものことだった。









 テスト当日の朝。

 三郎は先に登校していた優子に挨拶をして席に着くと同時に教室の後ろから何やら勝ち誇ったような表情を浮かべている芳子がやってきた。

 当然だろう。

 この土日、三郎と共に死に物狂いで勉強したのだから。


「自信ありそうだね」

 そのことを知っている優子が笑顔で芳子に話しかける。


「ええ、動きが止まって見えるわ」

「…何の勉強をしてきたの?」

 後方にいる芳子の頭の悪い発言で一気に不安が倍増した三郎であった。





「では、始めてください」

 黒板前に立つ教師の言葉と同時に生徒たちは用紙を表に向ける。

 三郎は手を動かさずに問題を上から順に見ていく。

 教科担当の教師のクセ、引っかけなど彼の予想は見事に的中していた。

 彼の教えを芳子がちゃんと覚えていれば赤点を取ることはない。



―――おかしくて笑えてくる。

 誰かに勉強を教え、誰かを応援していることがおかしくてしょうがなかった。


 不良になれば何かが変わるかもしれないと必死になって変身した元オタク男子。

 今彼が進んでいる道は思っていたものとは大いに違っていた。

 それは紛れもなく後ろにいる【芳子のせい】だった。


 違う。

 今の言葉に間違いがあるとすれば、それは…。



 彼は薄っすらと笑みを浮かべながらペンを動かしていった。


 学校が楽しいと思えるようになったのは【芳子のおかげ】だ。






 後日、見事赤点を免れた芳子。

 全てギリギリだったとはいえセーフだったことには違いない彼女は生まれて初めて親にテストを見せるという行動を取った。


 暴走と暴力で何度も警察にお世話になってきた芳子。



 手渡した時の両親の顔を彼女は一生忘れない。

 嬉しさの涙でテスト用紙を濡らすあの表情を。






 そして待ちに待った夏休みがやってきた。

 誰も欠けることのない全員参加の2泊3日の旅行。



 一同、胸を躍らせながら家のドアを開け待ち合わせ場所へと向かうのであった。

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