第3話 乙丑さん。相談役兼探偵役
そのオカマ野郎は嬉しそうに、こちらの話に飛び付く。
「ワタクシ、こういう推理小説に出てくるような事件が大好物なんです」
「先生、これは遊びじゃないですよ? 現実に人が亡くなっているんです」
「あらやだ。ワタクシったら。失礼しました」
「まったく、なんで私はカウセリングなんか受けてるんだ? 今頃、捜査で借り出されるはずが……」
警察組織において、刑事がカウンセリングを受けるなど、精神が軟弱な負け組と思われてしまう。
これはこれで屈辱だ。
丙馬はカウンセリングが始まる前は、話を聞くだけで問題が解決出来るのか? と、懐疑的だったが、いざ始まると、日頃のうっぷんが溜まっていたのもあり、口を開けば決壊したダムのように愚痴が流れ出た。
後輩刑事の仕事の飲み込みが遅いだとか。
自分が女ということもあり、男がまだまだ幅を利かせる警察社会で、正当な評価を受けていないとか。
かと思えば同期に「刑事になる代わりに女を捨てた」などと、冷やかされたとか。
自分でもその口に、歯止めを効かせられなくなった。
そこにきての銃使用。
銃の発泡は武力による解決という、法治国家の根幹を、揺らぎかねない事態を起こした上に、犯人に命中して死亡させてしまった。
ゆえに部署内では無能扱いされ、捜査班では冷遇されていること話し、気付けば事件に関する内部情報まで自然と話していた。
やはりこれも話を聞き出す、心理士の技術によるものなのか?
カウンセラー
「都心から遠ざかった旅館……ありがちですねぇ。ミステリーの王道ですねぇ。ワクワクしますねぇ。青酸カリを飲むと、アーモンド臭がするのは本当なんでしょうか?」
「
咎める丙馬を見て、カウンセラー乙丑は手で上品に口を押さえ、それ以上出る言葉を塞いだ。
口から手を離すと、彼は話題を変える。
「あら、ワタクシったら、失礼しました。それでは
うるせぇな、こいつ。
丙馬刑事は吐露した後、語り始める。
「言われなくても解ってる。容疑者はもう固まっているんだ」
§§§§§
事件現場の室内は、六畳一間の和室。
和室の中央には木製のテーブルが置かれ、縁側から見える、庭の一本桜は散りかけている。
旅館の主人と女将である妻、二名の従業員は、この和室で花見を楽しもうとしていた。
夫妻の
入室の順番を簡単に説明すると、その時間、最初に入室したのは仲居。
彼女は水の入ったピッチャーとテーブルナプキンを持って入室。
ナプキンを畳に敷いて、ピッチャーを畳の上に置き、花見に必要な物取りに厨房へ戻る。
次に女将である妻は、人数分の四つのタンブラーを客間へ持ち込んで、中央のテーブルに腰掛けると、散りかける一本桜を先に鑑賞する。
妻は桜から見て右側に座る。
三番目にマネージャーが、氷の入ったアイスペールとマドラーを持って、部屋へ入る。
アイスペールに入った氷は、全て透き通るほど奇麗な氷だった。
マネージャーはテーブルを挟んで、桜と真向かいに座る。
これは彼がテーブルの側で、酒作りをする為の座位置だ。
彼は持ち込んだアイスペールとマドラーを、テーブルナプキンの敷かれた、畳の上に置く。
最後に旅館の主人が、シングルモルト・ウィスキーを持って入室。
この時、主人は持ち込んだウィスキーをマネージャーへ渡し、酒作りを任せる。
そして主人は中央のテーブルへ、女将である妻と向い合せで座る。
桜から見て左回り側の座位置。
マネージャーは夫妻に背を向けて、畳の上で四つタンブラーにウィスキーを入れ、酒を作り始める。
中央のテーブルに座る夫妻からは、死角となりマネージャーが酒を作る様子は見えない。
マネージャーが四人分の水割りを作り終えたところで、厨房から客間へ戻った仲居が、予備のテーブルナプキンを持って、呼びに来る。
呼んだ理由は、マネージャー宛に電話が来ていたので、その伝言。
仲居がマネージャーと入れ替わりで、再度入室。
マネージャーは部屋を出る際、仲居へウィスキーを中央のテーブルへ運ぶよう指示。
そして、仲居は予備のテーブルナプキンを畳の上に置くと、マネージャーが作り終わった、作られた四つのウィスキーを、中央のテープへ運ぶ。
電話を終えたマネージャーが部屋へ戻り、四人揃ったところで、花見を開始。
主人、妻、マネージャー、仲居は、それぞれ配られたウィスキーを、乾杯の合図で一斉に口へ運ぶ。
主人が真っ先に二杯目を所望する。
その後―――――――旅館の主人は絶命した。
これにより、事件現場にいた主人以外の三人。
【女将で被害者の妻、
【旅館のマネージャー、蟹沢】四十歳。
【旅館の仲居、酒井】ニ十七歳。
以上が容疑者として、捜査一課の聴取を受ける。
青酸カリが使用されたこと以外、殺害方法は不明。
ウィスキー、タンブラー、マドラー、水のピッチャー、氷のアイスペール、テーブルナプキン……どこから毒物が混入されたのか、今だ不明。
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