ほのぼのレイワ
えせはらシゲオ
チキチキ老人呆レース
「さあ、始まりました!チキチキ老人呆レース!司会は私!I田K司でお送りしてまいります!」
湧き上がる歓声。周囲にはこのレースを見にきた観客が湧き上がっていた。レース機の横で観客に手を振っているのは、すべて八十歳以上の老人である。
――チキチキ老人呆レース。
これは政府が令和二十五年に施行された、新しい競技であり、そして最も日本国民が白熱するレースとなっている。特に若者の視聴が多い。
その発端は、老人の運転事故多発である。
それに伴い、国民達の「一定年齢になれば、免許を還元せよ」という声が高まった。
当然、地方に住む老人たちは、自らの足が無くなれば生活することが出来ないため猛抗議した。板挟みになった政治家たちが議論する中、AB総理は一言呟いた。
「つまり、老人たちが自ら『自分はちゃんと運転できる』ということを証明すればいいのではないかね、例えば……そうだな、レースとかで」
この一言で、「チキチキ老人呆レース法」が誕生し、国会を通過した。それに伴い、放送体制を整え、ネット配信や海外などにも配信するようにした。この配信権の販売で、国内景気も上昇し、白眉の法案ということで絶賛された。
ちなみにNKK動画で有料会員百万人を突破し、二十年ぶりに黒字となった。
もちろん、アメリカなど、人権侵害に値するとの抗議は激しかったが、AB総理は「パラノイアを発病して、いたるところに壁を作り、巨大迷路を作った国に言われたくないよ」と一蹴した。ちなみに、T大統領はホワイトハウスから出てから家に帰るまで、既に1年と5ヶ月を費やし、まだ帰れていない。
実際のところ、老人たちも他の老人は耄碌しており、運転などとてもできるものではない、とお互いを見下していた。老人たちの内心はこうだ。
――ここでレースで爆走し、他の老人の免許を合法的にはく奪し、他の老人を馬鹿にしながら「名誉若者」として車を乗り回す。地べたを這う他の老人を見下しながら。
すべての老人がこのような性悪であるわけではない。自らの限界を理解し、迫る認知症のタイムリミットに対して、免許を返す謙虚な老人も多数いた。だが、歳を取れば成熟するのではく、成熟を通り越して腐った人間もいるというだけだ。
別に過酷でもなんでもなく、標準的な運転が出来れば完走できるこのコース。確かにこのコースを完走出来れば、免許を返す必要がないということを、全国の人々に証明することができるのだ。
老人たちはプリウスに乗り込む。
緊張のスタートの一瞬である。
「それでは始めます……3、2、1、GO!」
11台のプリウスが一斉に飛び出した。
だが、それは錯覚で事実は9台だった。最後尾の2台が事故を起こしていた。前のプリウスがギアを間違え、バックにセットしてしまい、プリウスのスタートに手間取った後ろのプリウスに全速力のバックでヒップアタックをお見舞いしたのだった。
残るプリウスは9台となる。だが、ハンドルをカーブに沿ってまわすことが出来ず、なぜかコース上にポツンと設置されていた電柱に衝突。残るは8台。
「トップ争いが激しいみたいですね、そちらを覗いてみましょう」
トップはデットヒートである。1位は上流国民太郎、2位は無職二郎。
「この二人は因縁がありますからね。もともと無職太郎は、高校時代に上流国民太郎をいじめておりまして、机に腐ったパンを入れたり、靴に画びょうを入れたりとやりたいほうだいでしたからね。ここで負けるわけにはいかないでしょう。
しかし、高校を卒業後、2位の無職太郎は土建屋に就職し、上流国民太郎は勉強を必死に続け、T大学に入学、U先生にフェミニズムを学びながらも、政治を志ざし、無職太郎の地元の市長に。過去のいじめを晴らすかのように、談合の席で犬真似をさせたり、世界のナベアツのギャグをやらせたりしていました」
そんな二人だから負けてはいられない。2位の無職二郎は、制御できるスピードを超えて飛ばす飛ばす。1位の上流国民太郎も飛ばす飛ばす。お互いは目の前の車しか見えておらず、コンビニに激突。
令和25年のコンビニは、会計は急速な科学進歩により無人で出来るようになっており、また買い物自体もネオペッパー君がやるようになっている。従って、犠牲者はドライバーしかいない。しかし、ネオペッパー君を家族のように扱っていた人間は怒り心頭。外ではロボット権を主張する抗議運動。
「そんな難しいコースではないのに、既に5台がリタイアしてしまいましたね」
「ええ、人間というのは自分のことを過信しすぎる傾向にありますから、客観的に危ない運転だったとしても、主観的には『大丈夫だ』と思うのでしょう。それがこの悲劇を生んでますね。これは老人だけではなく、若者にも言えることです」
「なるほど、飲酒運転をした人間で免許返却を賭けて開催された、『チキチキ飲酒嘔レース』もかなりひどいものでした」
あと残るは6台。しかし、1台が急にハンドルを切って壁に激突。あと5台。
「あれ、あれはなんだったのでしょう。なにもないのに、なんでハンドルを切ってしまったのでしょう」
「私は霊感が強いんでわかるんですが、あそこらへんをすっと霊が通りましたね。あの霊を人間と勘違いし、避けようとして激突してしまったのでしょう」
「霊ですか……」
「とはいえ、何かを勘違いして、人が横切ったと思って慌ててハンドルをきってしまった可能性はありますね」
残るはあと5台。注目は、元技術者の作った高齢者向けアシストカー。
「あれ、自力で作ったんですか」
「彼はH社を出た優秀な技術者ですね。人工知能を素人ながらに独学し、それを車につけて、ということなのでしょうね。このレースはとにかく完走できれば勝てる、と踏んでのことなのでしょう」
しかし、そのアシストカー、急に動きが不安定になり、そのまま他の車に衝突した。
「どうしたんですか」
「ちょっとこれ見て下さい、このタイミングでG社のデータにアップデートがかかっていますね。そのせいで、想定されていたソフトウェアの制御が出来なくなって、この結果ということなのでしょう」
「ははあ。ソフトウェア屋としてはありえないことなんですが」
「彼の場合、独学でして、確かにハードウェアの能力はあってもソフトウェアの設計に関しては素人だったのでしょう。ちゃんとA社からでてる車用人工知能hasiriを使うべきでしたね」
残るは3台。コースも残り半分。
「というより、まだ半分だったんですか」
観客たちが息を飲む。そして欠伸する人もいる。どのプリウスがゴールするのか。確かに、一般的な車に比べれば、遥かに遅いものの、安全事故を心がけているようにも見える。
そして、観客たちが飽きている中、デットヒートの末に3台が同時にゴールした。これは写真判定かと思われたが、2台のプリウスはストップ位置に止まることができず、まっすぐ直進。そのまま壁に激突。最後の1台が結果的に優勝になる。
プリウスから老人が出てくる。オリエント工業によってつくられたセクシーなアンドロイド女性が近寄り、キスをして、免許を返却する。老人は満足そうに、その免許を掲げたあと、息を引き取った。おそらくキスが要因の興奮による急激な血圧上昇が死亡の原因だと思われる。
享年百八歳。日本長寿記録を更新する一歩前だった。
■■■
トントン。
「入りたまえ」
ガチャ。
AB総理は椅子に座って、窓の外を眺めている。
「どうだったかね、チキチキ老人呆レースは」
「ええ、おかげさまで大盛況でした」
「……日本の問題は、少子化と同時に進行していた高齢化社会だ。しかし、医療の発達と共に寿命が長くなっている。そのような老人たちへの不満が、若者や中年達の中で日に日に強くなっていることがわかっていた。若者たちは老人を憎みはじめた」
沈黙。
「ローマではコロッセウム、つまり闘技場の娯楽があった。血に血を争う戦い。人が生き死にをする。野蛮な娯楽とはいえ、それが一番盛り上がり、そして国民の不満をガス抜きしてくれる。『免許を返す』というのは名目で、我々は単なる老人たちの殺し合いを見て喜んでいるのである。特に理由も無く老人を憎んでいる若者たちは」
「……そして姥捨て山としても活用できる」
AB総理は立ち上がり、窓へと近づき、一点を見つめる。そこには何かの黒い点。
「だが、老いるのは人だけではない。国だって老いるのだ」
段々と大きくなっていき、肉眼でもそれが何かわかるようになっていた。
――それは核だった。既に隣国の指導者はボケていた。
■■■
チキチキ国家核レース・日本脱落
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