ととだち

神永ピノ

プロローグ

俺には父親がいない。



 バスの運転手だった俺の父さんは、俺が小学生のとき、山道を走行中滑落した岩があたり、その下敷きになって死んでしまった。回送車であったから、死んだのは父さんだけだった。

 街の電気屋のテレビにこのニュースが流れると、行き交う人は皆口を揃えて、「被害者が1人でよかった」と言う。

 何がよかったのか。俺にとっては、かけがえのないたった一人の父親だったのに。行き交う人全員に石を投げたい気持ちをぐっと堪えて、家に帰ったことを今でも忘れていない。

 父さんのことが大好きだった母さんは、三年間ずっと家に引きこもっていた。その間、叔母さんと叔父さんがきて、俺と母さんの面倒を見てくれた。

 そんな生活から何とか立ち直り、俺が中学生になった頃から、母さんが楽しそうに笑うことが増えた。

 再び始めた仕事が楽しいのだと言っていた。俺は、母さんが笑うのが嬉しくて、もっと笑わせたくて勉強を頑張った。きっと俺が頑張ればもっと母さんは笑ってくれる。そんなことを考えながらも、ただ自分が褒めて欲しかっただけなのではないかと、今は思う。父さんが死んでから俺は母さんに何をしても褒めてもらえなかったから、幼い心がまだ消化しきれていなかったのだろう。

 だが、自分が褒められ、母さんも笑うならそんなに幸せなことはない。

 二人でも生きていける。周りがどんなことを言おうが、事故のことが風化されようが、俺と母さんの中にあの大きな手でなんでも包み込んでくれる優しい父さんは生きている。



俺は、そう思っていた。





だが、母さんは違ったのだろうか。







高校に入学したばかりの俺に、母さんは報告があると言って、一人の男を紹介した。





「はじめまして。美月さんとお付き合いさせていただいています。春井智樹と申します」






なぁ、母さん。





父さんは母さんの一番好きな人じゃなかったのか。




母さんはもう、







父さんのことを忘れてしまったのか。

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