第42話 金二郎の打撃

 右打席に立った金二郎はバットを構えて玉賀の投球を待つ態勢をとったが、実のところ心中は揺れていた。

(球雄は内角スライダーを上手く打ったけど、俺には出来ないテクニックだ。外角のスクリューボールも、捉えるのは難しそうだし、狙い球を絞れったってどうすりゃ良いんだ !? )

 マウンドの玉賀はそんな金二郎の気持ちを探るかのように、セットポジションから一塁へ牽制球を投げた。

 球雄はさほどリードを取ってなかったので、足から戻ってセーフ。

 あらためてセットポジションに入った玉賀は、クイックで初球を投げて外角にスクリューボールを決め、ストライクを取った。

 金二郎は球筋をじっくりとは見たが、バットを振ることは出来ない。

(このスクリューは軌道も変わるし落差も大きいし、バットで綺麗に捉えるのは無理だぜ!…おっ付けて打ったらフライになりそうだし、普通に打ったら引っ掛けてせいぜいショートゴロコースじゃねぇか !! )

 金二郎の迷いを見透かすかのように、玉賀は2球目を投げて来た。クイックモーションから投じた得意の内角スライダーをきっちり膝元に決められ、

「ストライ~ク、ツー !! 」

 球審のコールが上がる。

 …たちまち金二郎は何無く追い込まれてしまった。


「タイム!」

 その時、一塁走者の球雄がそう告げて、ベースから少し離れると、腰を落としてスパイクのヒモをおもむろに結び直し始めた。

(…俺のために一拍の間を取ってくれたのか?…)

 打席を外して、ひとつ大きく息を吐きながら、金二郎は球雄を見て思った。

 …スパイクのヒモを結び終えて、一塁ベースに球雄が戻ると、球審が

「プレイッ!」

 と宣告して試合が再開された。

 するとその時、球雄が叫んだ。

「金ちゃん、粘っていけ~っ!! 」

「 !! ……!」

 それを聞いて金二郎はちょっと顔つきが変わり、バットの先端を少しの間見つめてから、ゆっくりと構えに入った。

 玉賀がセットポジションに入る。

 球雄と金二郎が玉賀の顔を睨む。

 玉賀の足が上がって、金二郎に向けて腕を振ろうとした時、球雄が二塁へ走った!

 玉賀の3球目は、初球と同じく外角へのスクリューボールだった。…金二郎は逃げながら落ちるその球を、腕を伸ばしてバットの先に引っ掛けるように打ち、手首を返すとピッチャーの左側に中途半端な速さのゴロが転がって行った。

 打球は遊撃手のやや左へと進んで行き、通常なら遊撃手がサッと回り込んで捕球して一塁へ送球…というイージーゴロだが、球雄が走ったために遊撃手は二塁ベースカバーに向かっていたので完全に逆をつかれた。…慌てて態勢を立て直して逆シングルでゴロを追って行き、グローブに何とか捕まえた時にはもうどの塁にも投げられない状況だった。…もちろんその間に三塁走者の義田はホームを駆け抜けて東葛学園ベンチからもスタンドからも大歓声が沸き上がっていた。

「おぉ~っ !! やったぜ~っ !! 」

 一塁ベース上では拳を突き上げながら金二郎が叫び、二塁ベース上では球雄が笑顔で手を叩いていた。

 …実は先ほど球雄が叫んだ「粘って行け!」というのはベンチ内で二人が打ち合わせておいたサインだったのだ。

「…金ちゃん、俺が塁に出た時のサインを決めとくぜ!…もし俺が塁上で、粘って行け!っ言ったら、次の投球でエンドランだ! OK?…」

「ああ、了解!…カッコ良く決めてやるぜ!」

 …それが結果的にうまくハマって喜色満面の二人だった。


 …7回の裏、3対2とついに東葛学園が勝ち越し点を上げてなお2死一塁二塁、打順もトップに返って俄然チームの意気が上がって来た場面だが、その時球場内にアナウンスが流れた。

「…八千代吉田学園高校の、選手の交代をお知らせいたします」

 …一転して、球場内にざわめきが広がる。

「ピッチャー、玉賀君に代わりまして、早佐君…九番ピッチャー早佐君!」

 …そして三塁側八千代吉田学園ベンチからヒョロッと背の高い幼い顔の選手が出て来て、走ってマウンドに向かった。…玉賀は唇をかんで悔しげな表情を浮かべながら、その二番手ピッチャーにボールを渡してベンチへと去った。

 マウンドに上がったそのピッチャーは、二年生の早佐一(はやさはじめ) 、184センチ71キロ、右投げ右打ちの選手だ。…しかしプレート先の足元を馴らし、投球練習を始めると、またもやスタンドからざわめきが起こった。

「速い!…かなり球が速いぞ !! 」

「玉賀とは全く違うタイプだ…」


 …規定の練習投球数を終えると、早佐は外野方向に振り向き、右手の人差し指と小指を立てて、

「2アウト~ッ!…よろしくっ !! 」

 と叫んだ。

 …そして東葛学園の一番バッター、根張大志がゆっくりと右打席に入った。











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