第31話 決戦前
…俊足巧打の須々木を擁する浦安東京学院を破って東葛学園が順調に勝ち進む中、県内No.1スラッガー新野を擁する八千代吉田学園もまた危なげ無く勝ち上がって来ていた。
そのチームのスタイルは言うまでもなく新野を中心とした打線の破壊力をもって相手投手を粉砕する豪快な勝ち方である。
「…須々木のいる浦安東京学院が来るかと思ったけど、東葛学園が上がって来たな… ! 」
自分たちの試合が終わった後、八千代吉田学園野球部寮の一室で、四番打者の新野と三番打者で遊撃手の綱出郁男(つないでいくお、三年生173センチ67キロ、右投げ右打ち) が千葉テレビにて放送された球雄の試合中継録画を見ていた。
「…この、長江っていう奴が出て来て須々木を完全に抑えてるんだよな、すげぇ変化球使ってさ ! 」
綱出が画面を指差すと、
「うわっ、何だこの球 !? 」
新野が叫んだ。
二人は球雄の魔球の変化にあらためて驚き、顔を見合わせた。
「…この球、新野を抑えるために絶対使って来るぜ!…どうするよ?」
綱出が半分面白がるように言った。
…新野は球雄の投球を少しの間凝視してから顔を綱出に向けて答えた。
「…いや、でも結局ストライクゾーンに来る球なんだから、打つよ!…まぁちょっと練習しなきゃならないけどな…!」
「練習 !?…どんな?」
「要するに顔面に向かって来る球にビビらず、視線を切らずにストライクゾーンに入ったところを打ち返せば良いんだろ?…その練習さ ! 」
そう言って新野はニヤリと笑い、
「…面白いじゃん、この長江って奴 ! 」
と呟いた。
…一方、その後も勢いに乗った東葛学園高校は、準決勝の対君津緑浜高校戦に6対3で勝利し、同じく準決勝の対成田レイクサイド高校戦を10対4で下した八千代吉田学園といよいよ決勝戦でぶつかることとなった。
…甲子園大会初出場をかけての決勝進出ということで、学校内外からの注目も集まり、校長を始め、生徒や父兄からも激励の声が高まり、地元マスコミや新聞社の取材スタッフもやって来た。
「…何だか凄いことになって来たなぁ、球雄 ! 」
「野球はまだまだ最高の娯楽だからな…! やって楽しく、見て面白く、上手くなるほど奥が深い…」
「へぇ~、何それ?」
「昔、俺の爺ちゃんが親父に言って聞かせたセリフだよ…」
…決勝戦の前日の夕方、地元マスコミにイジられたくない球雄は、金二郎と学校の校舎屋上に逃れて会話していた。
「…明日はやっと新野と対決出来るな…! ガラにも無くワクワクするよ」
球雄が独り言のように呟くと、
「あの魔球があれば大丈夫だよ!」
金二郎が応えた。
「いや、去年までベストエイト止まりだった東葛学園が決勝に進んで来たんだ。当然その要因については分析されてる。つまり俺たちの事だ。新野は絶対に魔球対策を考えてきてるよ!」
球雄は冷静にそう言った。
「…だとしても、あの球はお前にしか投げられないし、俺にしか捕れないんだぜ!…対策を考えたところで、実際に打ち返す練習なんか出来ないだろ !? 」
金二郎が言った。
「今頃何を心配してるんだよ ! …俺が言うのも何だけど、お前は天才だぜ ! 今までどうり自信持って行こうぜ!」
金二郎の言葉に、球雄は
「もちろん自信は持ってるさ、…でもなぁ金ちゃん、間違いなく新野だって天才なんだよ!」
と応えた。
「じゃあ甲子園をかけた決勝戦で、天才対天才の勝負が試合の決め手になるってことか !? …すげぇじゃん、俺たち !! 勝ったらスターだぜ!」
金二郎がおどけるように言った。
球雄はフッと小さく笑って応えた。
「…そうだな。じゃあ新野を抑えて勝つよ。黄金バッテリーだもんな、俺たち」
「そうだよ!…勝って、黄金バッテリーって言葉を復活させようぜ !! 」
金二郎が言って、二人で笑った。
…そしてついに決勝戦の日がやって来た。
球場に向かう前、野球部ミーティングが行われ、崇橋監督の話とともに球雄が主砲新野について部員の前で情報を伝えていた。
「試合の勝敗は、四番打者新野を抑えられるかどうかにかかっています。特にインコースのストライクゾーンの球は変化球でも直球でも新野は簡単にスタンドに持って行きますから要注意です。基本的には外角中心に球を散らして打ち損じを誘うしかありません。とにかく、引っ張れるコースに投げたらもう目をつぶるしかないと覚悟して下さい!」
…エース百方はムスッとした顔で聞いていたが、球雄はその百方に向かって、
「先輩の剛球を持ってしても、力勝負は危険です。配球をよく考えて、最後は外角で打ち取るような組み立てでお願いします」
とキッパリと言った。
「よし、みんな!とにかく今までの頑張りも努力も、今日の決戦に全てぶつけて勝つ!そして俺たちは甲子園に行くぞ!」
最後にキャプテン義田が叫び、全員が、
「おぉ~っ !! 」
と応えて学校からバスに乗り、決戦会場である ZOZOマリンスタジアム へと向かった。
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