第29話 魔球の効果
「さすが義田先輩!長打コースだ !! 」
打球の行方を見ながら思わず球雄が叫ぶ。…左翼手がレフトフェンスに走ってクッションボールを処理しようとしたが、跳ね返る角度をちょっと読み違えて捕球時にジャッグルした。
それを見て一塁走者沖本は一気に二塁から三塁を回って本塁へ走る。
すでに三塁走者はホームイン、沖本の走塁は左翼手から内野手が中継したバックホームとの競争となり、本塁へのスライディングに捕手タッチプレーの結果判定は…「セーフ!」
「よっしゃあ!」
ベンチの選手が一斉に拳を突き上げると、義田は二塁ベース上で右手親指を立ててグッジョブポーズをとった。
これでスコアは2対1と逆転、マウンド上の河州は明らかにショックを受けた表情を見せていた。
捕手がタイムを取ってマウンドに向かい、内野手も集まった。
「…しかし、頼みのシンカーを打たれ、ストライクを取りにきた直球も打たれて逆転されてるからな…河州はそれ以外の球でストライクを取らなきゃならないぞ ! 」
球雄が呟くと、
「カーブだ!」
住谷金二郎が球雄の横で言った。
…すると、崇橋監督が二人に、
「球雄、住谷、準備しろ!…次のイニング須々木の打席から行くぞ !! 」
と告げた。
相手チームがそれぞれ守備位置に戻り、七番打者の甲斐田仙一(かいだせんいち)、三年生175センチ69キロが右打席に入ると、河州がセットポジションに入った。
投球モーションからの初球は金二郎の読み通り外角へのカーブ。…甲斐田はバットをおっつけて右方向にゴロを打ち、二塁手が捕って一塁へ送球、その間に義田は三塁へ進んだ。
…次打者は投手の百方。右打席に入って河州の投球ワンボールからの2球目、外角の直球を鋭くピッチャー返し に打って行った。速い打球はセンターに抜けるかと思われたが、ワンバウンドで遊撃手が何とか追い付いて捕球し一塁へ送球、間一髪アウトにした。…しかしその間に義田が本塁を駆け抜けて追加点を上げる。
…という訳で結局2回の裏を終わって3対1。
3回の表、浦安東京学院の攻撃は九番打者からだったが、百方はあっけなく3球投げて三振に仕留めた。
…そして打順がトップに返って須々木が左打席に入った時、場内にアナウンスが流れた。
「…東葛学園高校の選手の交代をお知らせします。…ピッチャー百方君に代わりまして、長江君」
…その時、スタンドからは微妙なザワツキが起きた。
(えぇっ!!…百方君が何故ここで交代?…)
という空気が漂い、相手ベンチからは、
(…長江って、誰?…)
という戸惑いが上がった。さらに、
「…キャッチャー義田君に代わりまして、住谷君」
のアナウンスには、さらにザワザワの声がスタンドに湧いた。
「…頼んだぜ、タマキンバッテリー!」
百方がそう言って球雄にボールを渡すと、
「この試合、5回コールドで勝ちますよ!先輩」
球雄が応えた。
例によって真ん中からストライクゾーン四隅を順に球速を上げながら投げて行くウォーミングアップを終えると、金二郎が二塁に送球して内野手球回しの後、ボールが球雄に返って来て球審がプレー宣告をした。
…球雄は打席の須々木の顔を一瞥して金二郎とサインの交換に入る。
マスク越しに須々木の表情を見上げた金二郎は、須々木の口端が一瞬ニヤついたのを見た。
(こいつ、本格派パワーピッチャーの百方先輩が降板して、一年坊のツルンとした顔の球雄がマウンドに上がって来たから、へッ! と思って舐めてるな !?…)
そう思った金二郎は、迷わず球雄に例の「魔球」のサインを出した。
(そう来ると思ったぜ、金ちゃん!)
球雄はニヤリとして頷き、投球モーションに入った。
…左打席で構える須々木は、マウンド上が一年坊リリーフに代わったのを、ある意味しめたぞ、と安堵していた。
(ウォーミングアップを見た限り、百方ほどのスピードも無いし、コントロールは良さそうだが、バットにさえ当てれば自分の俊足でヒットにして、こっちのペースで攻撃出来る ! )
と考えたのだ。
…しかし次の瞬間、ピッチャーの腕から放たれたボールは、まっすぐ須々木の顔面に向かって来ていた。
「うおっ !! 」
思わず須々木は小さく叫びつつ、のけ反り顔をそむけて必死によける態勢を取った。
「ストライ~ク!」
だが、振り返って見るとボールは内角ベース上に構えたキャッチャーミットに収まり、球審がストライクコールを叫んでいた。
「えっ !?…」
訳が分からないといった顔で呆然とする須々木に、金二郎が軽い口調で
「あ、今の消える魔球っス!」
と言ってマウンドに返球した。
…早い間合いで球雄は2球目を投げ、外角スライダーでストライク。
3球目は内角高めに139キロのストレートを投げたが、初球の残像がチラついた須々木はバットを出せずにあっけなく見逃し三振に終わった。
「OK!ツーアウトッ !! 」
…金二郎が気分良く叫んで内野手にボールを回した。
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