第5話 インターバル
…必ずストライクゾーンに来る4球目を、闘志をギラつかせながら中尾は待ち受けていた。
球雄は足を上げ、腕をしならせてその4球目を投げた!
(来た!インコース、甘い球だ!)
中尾は迷い無くバットを振り抜く。
…だがインパクトの寸前でボールはスッと沈み、当たりはバットの芯を外れて打球はサード正面のゴロとなっていた。
「何っ !? シンカー!…」
愕然とする中尾を嘲笑うかのように、ツーバウンドで簡単に打球は処理されサードから一塁へ送球されてスリーアウトとなった。
…一塁に走る途中で中尾は球雄がニヤリと笑みを浮かべたのを見た。
(まさかコイツ、俺に4球目のシンカーを打たせるためにわざとスリーボールにしたっていうのか !? …)
中尾は打ち取られた悔しさより、球雄のピッチングの非凡さに衝撃を感じていた。
「5分間、インターバルを取った後で2イニング目を開始する!いいな !! 」
球審を務める崇橋監督がそう言って、いったん選手らはベンチに引き上げた。
球雄たち守備側は三塁側ベンチに引き上げたが、一塁側打撃陣ベンチは三者凡退という結果に少なからず危機感が生じていた。
「カーブ、スライダーにツーシーム、カットボール、それにシンカーか !? …あの野郎、器用に変化球を使って上手いこと投げて来やがる…」
「だが、このまま一年坊バッテリーにやられたんじゃシャレになんねえぜ !! 」
「奴のストレートはそれほど速くない ! …変化球主体、コースに的を絞って思い切って振って行こうぜ!」
「よし、ガツンと一発喰らわして、先輩の力を見せつけるぜ !! 」
「本気出して集中して行くぜっ!」
「球雄を潰せ~っ!」
「オ~ッ !! 」
…先輩たちが声を上げた。
「…向こうは何か気勢を上げてるぞ!」
住谷が一塁側を見て言った。
「何か、手応え無いなぁ…これが県内ベストエイトの高校の打線かよ !? 」
球雄が住谷に言った。
…ここ東葛学園高校はまだ開校して6年目の新設私立高校だ。
学校の名前を全国に認知させるためにも野球部の甲子園出場、特に夏の大会の出場は学校を上げての悲願である。…もともと千葉県は野球強豪校が多い。県内の中学や少年野球シニアリーグからは有望な投手やスラッガーとなる選手も推薦入学で何人か入れてきた。…しかし開校2年目からの夏の県内予選の結果はベスト16、ベスト4、ベスト8、そして昨年もベスト8だった。
…なぜ良い所まで行きながら甲子園に届かないか?…理由は明白だった。
現在のエースピッチャー、三年生の百方良男(ももかたよしお)は球威のあるストレートを投げるパワーピッチャーで、一年生の秋からエースとなったが、登板して百球を過ぎると急に球威が落ちてコントロールも甘くなる。いわゆる肩のスタミナに欠ける投手だ。…予選を勝ち進んで強いチームと当たると、ゲーム終盤に打ち込まれる展開になる。昨年の夏の県予選では準々決勝で逆転サヨナラホームランを喰らって負けてしまっていた。
(甲子園に行くためには信頼出来るリリーフ投手がどうしても不可欠 !! …)
崇橋監督は当然ながらそう考えたが、現在の部員の中に百方の後を抑えられるような球を投げる者などいなかったのである。
「球雄!油断するなよ!…4番からのバッターはみんなパワーヒッターだ。簡単にスタンドに放り込む力を持ってる。こないだ打撃練習してるのを見たけど簡単には…」
「ビビるなよ金ちゃん!…バットの芯で捉えなきゃホームランにはならないさ!…せっかくの勝負なんだから単純に野球を楽しもうぜ!」
球雄はニヤリと笑って言った。
「5分経った!…2イニング目の対戦を開始する!ピッチャーはマウンドへ!」
監督がそう言って、球雄はペットボトルのスポーツドリンクを一口飲むとグローブをはめてマウンドに向かった。…いよいよ4番打者との対決である。
…球雄がウォーミングアップの5球を投げるとその4番打者、二年生の都橋太郎(とばしたろう)がのっそりと右打席に入った。182センチ88キロの、いかにも長距離打者といった風貌だ。
構えもどっしりと隙が無い印象である。
(なるほど…コイツが4番か ! )
球雄の胸中は徐々に高ぶって来ていた。
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