第13話 まぬけに踊れば、月はきっと美しい。

 幸せだった。幸せてこんな簡単なんだと。安恵は涙に出そうになる。


「いえーい。サイコー」と安恵は瓶ビールを片手にぐるんぐるんと振り回す。遠心力で瓶の中のビールは零れない。いやパタリパタリと空に弧を描きながら多少は零れる。


 夜の商店街。アーケード。都会とは異なりこの街はほぼ眠っている。ぽつりとぽつりと居酒屋とコンビニに明かりが灯っている。そして光に群がる害虫のように四、五人くらいの大学生男女のグループ。酔っぱらって中年の会社員の男性二人。長時間残業なのかくたびれたスーツの男。


 そんな眠っている街で喧しい男と女。高梨と安恵。


「マージで。マージのマジで」と周りの静寂で余計際立つかん高い安恵の大声。涙を溢しながら笑う。そしてラッパ飲みでゴキュリとビールを喉につっこむ。ギャハハと笑いながら瓶の中のビールは猛スピードで減っていく。とても下品。安恵はとても酔っていた。そして酔い方はとても下品。


「安恵さん、良いっすね。ナイスですねー」とこちらもくるくる独楽のように回りながら瓶ビールを振り回す。ジャイアンツスイング。高梨君も酔っていた。出来上がっていた。タコみたいに顔は真っ赤に染まっていた。くるくるーと回っていたかと思ったら雲一つなくきれいに見える月の下で拳を突き上げる。


「安恵ーーーー。いけーーーーーー。お前ならいけるぞやれるぞ行ってしまえるぞ、天国に、楽園に。だからいけーーーーーー。安恵ーーーー!!!!イッキ!イッキ!IKKI!!IKKI IKKI !!!!!!!」と高梨はモーニング娘。のそうだ!ウィーアー!アライブ!!の努力!!未来!!ばりに力強く、何度も拳を天へと振りかざす。


 何でこんなにこの人は全力なんだろうと狂った目で安恵を応援をしている高梨を見る。ぐびりぬるりぐびりとビールは胃の中へと通っていく。


 まるで月まで手を伸ばそうとしてる。そんな感じで一心不乱に拳を天へと突き上げる、何度でも。月があんなにも綺麗だから?だから手を伸ばそうとしてる?


 んな訳じゃないと安恵思う。相変わらず高梨は狂気のイッキコール。安恵は瓶を空にする。


 いえーいと言いながら安恵はピースサインに高梨もぐぅれーと安恵の飲みっぷりを称えつつ手をピース。二つのピースの人差し指と中指が重なる。安恵は見上げて高梨の顔を見る。


 淡い月の光とアーケードのそれよりも少しは強い電灯の明かりで見上げる彼の顔は可愛かった。ぼさぼさな金髪が映えるなと思ったらキスがとてもしたくなった。


 あ、私、今、高梨君とキスをしたい。


 蒸し暑い夏の夜には絶対に適してない高梨のブーツにぴょこりと乗っかり背伸びをする。そしてキスをする。 キスをした。嬉しかった。


 口を重ねてる間は静かだったのが。二人の間抜けでアホでバカみたいでかい笑い声がまた静かな夜を切って斬って。斬りまくる。


 ギャハハと互いの両手を握りあいながら。ぐるぐる回る。踊る。ぐるぐる。安恵は幸せだった。


「あー。やべーやべー安恵さん」とぐるぐる回りながら高梨は言う。


「何が?」

「マジで吐きそう………」

「ヤバイじゃん」とぐるぐる回り続けながら話す。止まればいーんじゃね?と薄ら安恵は心の中で呟くが止まらない。安恵と高梨は馬鹿のメリーゴーランドだった。


「けど」

「けど?」

「俺めちゃくちゃ幸せっす」


「私も」と言いながらまたぴょこりとブーツに乗っかる。キスをする。彼らを見下ろす月はたぶん綺麗だった。

 

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