第3話 スプルースの森
雨にぬれて黒く光る落ち葉を踏みしめて歩いていた。
ミストシャワーのように降り注ぐ雨が髪と肩を少しずつしめらせていく。
見渡す限りの針葉樹の森。
どこまでも続く緑色の世界———。
見上げると空は黒々と生い茂る葉にかくされていた。隙間からのぞく空はまるで青色のパズルのピースのように見えた。
はるか遠くで鳥か獣のギャーギャーと鳴く声がする。見上げる木の上に猿の群れが枝づたいに移動して行く。深い深い森の中だった。
視線の先をさえぎる丈の高いシダの葉を幾度も払いのけて更に歩を進める。どれほど歩いただろうか。俺は思わず立ち止まってしまった。
林立する針葉樹の薄暗い森の中にその場所だけまるで空から光りのはしごが下りてきたかのように明るい場所があった。
そこにひとつの切り株があった。
「ああ・・・」
ため息とともに声を絞りだして嘆く。
「死んでしまったんだ・・・君は・・・俺たちのギターのために・・・」
思わず木に向かって手を合わせて黙祷を捧げる。
腕をまわしてもなお余りある太く頑丈な切り株は、生きていた頃はさぞ立派で空高くまで背を伸ばしていただろうと容易に想像できた。
「素晴らしい木だったんだ。だから、選ばれてしまったんだろうな・・・ごめんな、本当ごめん・・・そして、ありがとう・・」
ふと、切り株の根元を見ると黄緑色の若葉を持つ幼木が何とも頼りなげに風に揺られて生えている。
その木には、空からさんさんと輝く太陽の光が届いていた。
「この木の子どもだ」
木は切られてもその子どもは生き残っていた。
嬉しくなってその木に触れようとした。
その時———。
若木の方から声が発せられた。
「ボクの母さんの木を切った忌々しい、憎らしい、汚れた人間よ・・・呪ってやる」
ガクン———。
足が抜け落ちる衝撃にみまわれて体がはねる。俺は床の上で飛び起きていた。
「夢・・・・・か・・・」
電気もつけっぱなし、ギターも横に転がったまま、時計を見ると午前4時。冬の夜はまだ明けない。
「参ったな。文士郎の話しにあてられて、えらくリアルな夢だったんだけど・・・」
ペットボトルの冷たい水を飲み干しソファに座り直す。愛用のギターを今は触る気にはなれない。
「呪ってやる——。木がそんなこと言う? あ———ありえんわ———」
そう思いながらもいつものアイデアノートに詩を綴り出していた。ついでに思いつく範囲でコードも書き込んでいく。
君の歌を歌おう
命をもらったお礼に
ギターのためのギターによるギターの歌だ。ちゃちな言葉はいらない。あの幼木の母を失った悲しさを言葉にしてやりたい。誰かに知ってもらいたい。泣いていたんだ、君は———。
冬の夜が白々と明けかかる頃に歌ができた。とてもいい曲が出来たそう思った。
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