16 赤坂薫VS新生浩満

「さて、と……」


 危なっかしくふらつきながら園庭から出て行った装甲車両バスを見送った後、赤坂薫は園舎の中に戻って一息ついた。


 一日三杯が日課になっているコーヒーを淹れてテーブルにつく。

 こいつも飲み収めだな……などと考えながらドボドボと砂糖を注ぎ込んだ。


 そして今後の予定を頭の中で考え始めた、その直後。


「やあ、顔に似合わない甘党はあいかわらずかい」

「っ!」


 思わずシュガーポットを落として中身をすべてテーブルにぶちまけてしまった。


 山盛り砂糖がコーヒーがカップから溢れる。

 いくら甘党でも飲める代物ではなくなった。


「な、なぜ貴様がここに……」

「旧友のご父君へ挨拶に来るのはおかしいことかい?」

「口の利き方には気をつけろ、俺がお前の友達ってわけじゃねえんだ」


 真っ白なスーツに金髪オールバック。

 テーブルの向いにいつの間にか若い男が座っている。


 ラバースの若社長こと、新生浩満だ。


 そう、いつの間にか。

 テーブルに着いた時には間違いなく誰もいなかった。

 ちらりと視線を横に向けると、確かに閉めたはずのドアが開いていた。


 この男はドアから入ってきた。

 そして薫の気づかないうちに正面に座った。


 浩満はくっくっくと可笑しそうに笑う。


「それを言ったら僕はこの街の最高責任者で、あなたはただの雇われ園長じゃないか。社会的な立場を考えればあなたが僕に敬語を使うべきなんだがね」

「御託はいい。何をしに来やがった」


 目の前の男に対する恨み事を積み上げればそれこそ山よりも高くなる。

 つい高圧的な口調になってしまうのは止められない。

 だが、薫は内心かなり焦っていた。


 この後こちらから会いに行くことも考えていたが、いくらなんでも早すぎる。

 まだ子どもたちを乗せたバスは出発したばかりなのだ。

 話を長引かせて時間を稼がないと。


「単刀直入に言うよ。力を貸してほしい」

「どういうことだ」

「実はとても厄介なことが起きているんだ。各地のデータ集積所が何者かに襲撃されている」

「それが俺と何の関係がある」

「暴れている人物を倒して欲しい。あなたなら簡単なことだろう?」

「なんで俺に頼むんだ。自分の部下を使えばいいだろう」

「もう駒がないんだよ。水学生徒会はほぼ壊滅してるし、ヘルサードの残した元四組の密偵も気が付いたら全滅してた。街の実力者や社内のエージェント程度じゃ返り討ちに合うのが関の山なんでね」

「お前が自分で行けばいいだろう。その神器は飾りじゃねえだろうが」

「それはそうなんだけどね」


 浩満は肩をすくめて苦笑する。

 薫は数百メートル先から発せられた殺気も瞬時に察することができる。

 そんな彼に全く気配を感じさせることなく、容易く死線を跨ぐことを可能とした新生浩満の能力。


 それは≪白命剣アメノツルギ≫や≪神鏡翼ダイヤモンドウイング≫と並んで『神器』と称されるものである。


「一応、自分で決めたルールがあるんだ。僕自身は実験に干渉しないっていうね。公正さとかは今更どうでもいいんだけど、やっぱり破ったら負けみたいな気がするだろう?」

「お前……!」


 若者を駒と言いきり、ゲーム感覚で物事を語る男。

 薫は腸が煮えくり返りそうになった。


「あなたも一応は運営側の人間だからできれば頼りたくなかったんだけど、仕方ないから力を借りることにするよ。さっさと行ってやっつけてきてくれ」

「俺が素直に従うと思うのか?」


 浩満は顎ひじをつき、ふぅとため息をつく。


「あなたが怒る気持ちはわかる。赤坂綺の件は本当に済まなかった。でもあれは事故だったんだよ。僕としても彼女を失ったのは想定外だった。とても残念に思っている」

「優良な観察対象を一つ失った程度にしか思ってないだろうが」

「だったらなんだ? どっちにせよ君は僕の言うことを聞くしかないはずだよ。あなたにはまだ守りたい者が――あれ?」


 薫は奇妙な感覚を味わった。

 浩満はテーブルに顎ひじをついて喋っていた。

 それが一瞬にして椅子の背もたれに体重を預けるような姿勢に変わった。


 目の前で喋っている姿を薫はずっと注視していた。

 断じて一秒たりとも視線は外していない。


 なのに、まるで映画のフィルムを切り落としたように一瞬にして姿勢を変えた。


 神器の能力を発動させたのだ。

 今の会話の流れの中で能力を使う意味とは――


「翔樹がいないね。いや、子どもたちが誰も建物に残っていない」


 バレた。

 こいつは子どもたちがいないことをきたのだ。


「この時期に引率もつけずに遠足はあり得ないよね。とすると、まさか……」


 薫は思いっきりテーブルを蹴りあげた。

 鍛え抜かれた脚力によって座った姿勢でも木製のテーブルくらい軽々と吹き飛ばす。

 対面に座っている浩満ごと天井に叩きつけるだけの威力はあった。


「何をするんだ。危ないじゃないか」


 声は真後ろから聞こえてきた。

 気づかないうちに肩に奴の手が触れている。

 振り向きざまに裏拳で振り抜くが、拳は虚しく宙を薙いだ。


「どういうことだい? もしかして、ひ孫の命は諦めるつもりなのかな」


 今度は部屋の隅で腕を組んでいる。


「てめえらに預けたところで無事な保証もねえだろうが」

「やれやれ信用ないね。言っておくけど、奇跡に望みをかけて外に逃がすつもりなら絶対に無駄だよ。いくら装甲車両でもL.N.T.出入り口の防衛ラインは絶対に突破できない。そもそも翔樹にかけた呪いは外の医者じゃどうにもならないさ」


 薫は痛いほどに奥歯を噛みしめた。

 たった一人残された薫の肉親に、この男は人工的な病魔を植え付けた。

 数日ごと施設に預けて術者による治療を行わなければ死んでしまうという強力な呪いである。


 しかし、その呪いはすでに小石川香織の能力によって解かれている。


 それを知られるわけにはいかない。

 怒りが限界に達したあまりに暴走したと思わせるべきだ。

 ともかく、この時点で浩満と相対してしまったことで彼の計画は破綻している。


 だが、これは逆に大きなチャンスでもあった。

 この男の能力を使えば子供たちの脱出は容易になる。


 こうなったら、奪い取るまでだ。


「……おいおい、なんのつもりだ?」


 薫はファイティングポーズを取った。

 そんな彼を浩満は小馬鹿にするように嘲笑した。


「お前を殺す」

「冗談を。あなたじゃ僕に勝てないのはわかっているはず――」


 浩満の言葉を無視して薫は地面を蹴った。

 一足跳びで間合いを詰めて拳を叩きつける。


 しかし、やはり浩満は一瞬にしてその場から消えた。


「どうやら本気みたいだけど……」


 声は後ろから聞こえてくる。


「無駄だよ」


 腹に僅かな痛みがあった。

 見ると服が破れて血が滲んでいる。

 攻撃を避けると同時に鋭利な刃物で刺されたのだ。

 浩満は血のついたナイフを持っている。


「ただの人間が神器を持つ能力者に敵うわけがない。お願いだから大人しく言うことを聞いて……」

「うおおおおっ!」


 咆哮と共に踏み込み、回し蹴りを放つ。

 直撃すれば巨木でも薙ぎ倒す必殺の蹴りだ。


 しかし、当たらない。

 代わりに上半身に無数の切り傷ができる。

 両足を床に着いたときには薫の衣服はボロボロに破れていた。


「ぬぅっ!」


 新生浩満は貧弱な青年である。

 薫を上回る超スピードで攻撃をかわしたわけではない。

 ましてや、目にも映らぬ速さで反撃を行うことなどできるわけがない。


 これが神器の力。

 恐らくは時間能力停止。


 攻撃が当たる直前に浩満は自分以外の時間を止めた。

 止まった時の中で悠々と移動し、手にしたナイフで薫を斬りつけたのだ。

 ゆっくりと、何度も、何度も。


 常人ならひとたまりもない、全くの無防備で受ける回避不可能の攻撃。

 なるほど神器と呼ぶに相応しい醜悪で恐るべき能力だ。


 だが、薫は常人ではない。


「まったく、その体は何で出来ているんだよ。ナイフが刺さらないとか普通じゃないって」

「鍛錬の賜物だ!」

「鍛錬でどうにかなる次元じゃないんだけどね……」


 バイブレーションタイプの能力ですら防ぐ鋼の肉体。

 貧弱な坊やがいくら斬りつけたところで致命的なダメージには至らない。

 無論、切られた痛みはあるが、苦痛に耐えつつチャンスを狙うことは決して不可能ではない。


「やれやれ。これは面倒なことになった」


 余裕ぶって大げさに呆れたようなジェスチャーをする浩満。

 腕を伸ばした薫の手が浩満のスーツの襟を掴んだ。


 直後、浩満の姿が消える。

 薫の手にはスーツだけが残った。


「悪いけど返してくれないかな。オーダーメイドだから結構値が張るんだけど」


 少し離れた場所にワイシャツ姿の浩満がいた。

 薫は傷だらけになった手に残ったスーツを投げ捨てる。

 次の瞬間には浩満は再びスーツ姿に戻り、別の場所に立っていた。


「ありがとう」


 まるで瞬間移動を繰り返しているようだ。

 浩満は止まった時間の中を好き勝手に動いている。

 だが、今のやり取りで必ずしも万能でないことがわかった。


 止まった時間の中で好き勝手に振る舞えるなら、わざわざスーツを脱いで逃れる必要はない。

 つまり、掴んだ薫の指を無理やり開かせるだけの力はないということだ。


「うおおおっ!」


 ならば何度でも攻める。

 浩満が隙を見せるその時まで。

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